6 魂喰らいと狩人ゾイル
(しかし、魂を食べる奴は初めて会ったな)
ルシファーは興味深そうに、俺の魂の食事シーンを観察している。
「そうなのか?」
(ああ、おそらく大抵の生物には、魂の姿すら認識できないと思う。われは元天使で魂を導いていたから見えるんだがな)
そういえばルシファーは元天使だったが、天界を追われていたんだった。
天使は魂をどうしているのだろう?
食べたりしていないのだろうか?
(魂には、善性=軽さ、罪=重さがある。死ぬと魂は肉体から離れる。善い魂ほど軽く、自然に上へ浮かぶ。ある高度に達すると、天界の結界に吸い込まれるのだ)
「天使は魂を天界に行った後は、どうしているんだ?」
(どうってことはしてないさ。その魂が天界で生活したかったら放置だし、天界生活に飽きたら、勝手にどこかの世界に転生している)
なるほど、死後の魂は、特に天界に行っても何もしていないようだな。
「なぜ天使は魂を天界に居させることをする?」
(そんなものは知らん。生まれた時から、神から、そうするように命じられていたからな)
ルシファーはぶっきらぼうに言い捨てた。
まるで、つまらない風景を思い出すかのように。
「あまり、魂に興味なさそうだな」
(ああ、天国に連れて行った魂に自我は無い。ぼんやり光っているだけの光みたいなもんだ。面白味は無いさ……ところで、イノシシの魂を食べてみて、何か変わった様子はないか?)
「ああ。どうやら身体が硬くなったみたいだ」
サタンは身体硬質化を手に入れた。
防御力が上がった。
(……それだけ?)
「……それだけだな」
(……)
「……」
(道のりは長いな)
ルシファーは残念そうにつぶやく。
「俺は別に強くなりたいわけじゃないぞ」
嫌な予感がし、釘をさす。
俺を強くするため、ルシファーはこんな戦闘を繰り返し行わせるようだ。
戦闘ほぼ未経験である自分に、戦闘を繰り返させる無茶ぶりを。
そんなことをくり返したら、下手したら死ぬ。
いや、下手しなくても死ぬ。
なんたって大抵の魔族は、弱小魔人の自分より強いのだから。
(われを信じろ)
ルシファーは自信満々だ。
「いや、だから……」
「おーい……誰かいるか?」
サタンが反論しようとしたとき、少し遠くから誰かが呼びかける声が聞こえる。
茂みの向こうにいるのか、その姿は見えない。
「ん? この声はちゃんと耳から聞こえたな……ということはルシファーじゃないな。だれだ?」
「おーい。誰かいるか?」
再び呼びかける声が聞こえた。
その声はどこか弱々しく聞こえる。
サタンは声のする方へ、ゆっくり歩く。
サタン自身も先ほどの戦闘で少なからず怪我を負っていたからだ。
茂みの陰に魔人の姿が見える。
腹部が血にまみれた、狩人らしき姿の男の魔人が、手で傷口を抑えながら座り込んでいた。
大人びた雰囲気の、彫りの深い顔立ちだ。
「おい、あんた。どうしたんだ?」
血の量から判断すると、早く処置しなければならないようだ。
俺は慌てて狩人のもとに駆け付ける。
「ハアハア……。さっきの一角イノシシだが、あんたが倒してくれたのかい? おかげで命拾いしたよ」
「あのイノシシにやられたのか? ケガ、ちょっと見せてみろ」
狩人は血まみれの手を動かし、サタンに傷口を見せた。
「ざっくりやられたな。傷口の形状からして、あの牙の攻撃だな」
まるで大きなナイフで切られたような傷が見える。
「ああ、牙にかすっただけでこのありさまさ。あんたがあのタイミングで魔力弾を撃って、標的を変えなかったら、きっと俺は食われていた」
ルシファーの指示で撃った最初の一発が、この狩人の命を救ったようだ。
ルシファーはこの狩人を助けるために、俺に指示を出したのだろうか?
「とりあえずこの近くに家があるから、そこで手当しよう。肩を貸すから、動けるか?」
「恩に着る。よろしく頼む」
俺は狩人のわきに入り、ゆっくり自分の家に向かって移動した。
体力と魔力を使い果たし、お互いの怪我もあって、ゆっくりとした移動であった。
「さて、これでしばらく安静にしていれば、じきによくなるはずだ」
粗末な家に帰りつき、狩人のケガの手当てを行う。
傷口を水で清潔にし、調合した薬草とともに煮沸消毒したぼろ布を巻きつける。
「ありがとう。何から何まで助けてもらって、感謝の言葉もない」
「なに、いいってことよ。今はしっかり休んでくれ」
「……」
狩人は安心したかのように眠りに落ちる。
狩人の処置を終え、今度は自分の傷口に薬草をあてる。
「クウッ~! しみる」
わき腹と、足にぼろ布をあて終え、サタンも地面に横になる。
今日はルシファーの再登場、初の魔力弾、大型魔獣との戦闘、見知らぬ魔人の救護と、色々あって疲れた。
そんなことを考えているうち、薬草の作用もあって、サタンは深い眠りに落ちた。
「お、起きたようだな」
「お前も大丈夫そうだな」
目を覚ますと、昨日助けた狩人が身を起こし、こちらを見ていた。
「こんなに早く身を起こせるようになるとは思っていなかった。ありがとう」
感謝されると、なんだか照れくさい。
「いいってことよ」
(フフン)
ルシファーも心なしか嬉しそうだ。
そもそも他人と話すのはかなり久しぶりで、コミュニケーションがなんだかぎこちなく感じる。
「……あのままだったら、俺は出血多量で死んでいたよ」
事実、この狩人は意識を保てるギリギリの所だった。
身体から血の気が失せ、ここまでか……と覚悟を決めていたらしい。
「……この傷口に当ててくれた薬草、良く効くな。いや、良く効くレベルを超えている。全然痛みを感じなくなったよ」
「ああ、これは痛み止めのマンダラアサガオと、止血用のスカヨモギカズラだ」
「薬草に詳しいのか?」
「ああ、以前、育ての親からいろいろ教えてもらって……。これくらいなら朝飯前だ」
狩人の目に尊敬の色が宿る。
「このエリアの主である大型の魔獣も倒せて、薬草にも詳しいとなると、なかなか優秀な方のようだ。お礼に何かしてあげたいのだが、何かお困りのことはあるか?」
困ったこと……ね。
謎の堕天使に憑りつかれて困っています、と言っていいか?
いや、だめだ。
せっかく尊敬の目で見てくれているのに、確実に変人を見るような目に変わってしまうだろう。
他の事といえば……。
そういえば、ルシファーは武器が粗末だとか何か言っていたな。
ちらりと狩人の持ち物を観察してみる。
使い古されている弓は古いが、それなりの品質のようだ。
素人ながらも、細部へのこだわりが見て取れる。
背負っている剣も細かな装飾が見事なのだが、鞘ごと鎖で巻かれていた。
柄と鞘の口を貫くように金具が打たれ、抜けないよう固定されている。
「……妙な得物だな」
男は肩をすくめた。
「使わないからな」
声は低く、落ち着いている。
サタンは少しだけ目を細める。
狩人が使うには大きすぎる剣だ。
「剣士だったのか?」
「昔はな」
「なら、なぜ縛る」
男は一瞬だけ視線を落とし、すぐに戻した。
表情は変わらない。だが、答えない。
沈黙が落ちる。
風が木の枝を揺らす音だけがする。
「……誓いだ」
短く、それだけ言った。
「なんの?」
「恩人だが……話すつもりはない」
拒絶でも、敵意でもない。
ただ、そこから先に踏み込むなという静かな線引きだった。
サタンはしばらく男を見て、やがて小さく息を吐く。
「なるほど。事情持ちか。まあいい。……服が破けてしまった。誰か武器や防具を作ってくれる人、紹介してくれないか?」
ダメもとで言ってみる。
少なくとも、この周辺で魔界の鍛冶屋をしている者など見たことがいない。
「そんなことでいいのか? このケガが治り、歩けるようになったら、必ず紹介すると約束しよう。あと服はとりあえず俺の予備を着てくれ」
狩人は快諾した。
「ありがとう。それじゃよろしく頼む」
サタンは服を受け取り、外で着替えた。
少し大きいが、背中の羽の分、これくらいゆとりがあるほうが良い。




