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1-2 ゾンビ巨大獣

片方の盗賊が一歩下がる。

石を踏み、靴が鳴る。


“ドシンドシン”


盗賊の足音ではない。


「おや~? 光はこの辺に落ちてきたはずなんだがな~? お前達何か知っているか? 知っているよな?」


重量感を感じさせる足音を響かせ、木々をなぎ倒し森の奥から現れたのはネクロヴォロスという巨獣だ。


森の奥に潜む、魔人の背丈の三倍ほどある獣。

熊のような胴体に、狼の顔、両腕のほかに背中からさらに二本の腕が生えている。

皮膚のあちこちが裂け、筋肉や黒い血管がむき出しになっている。

長く伸びた爪は木の幹を貫き、触れたものを黒く腐らせる。

動くたびに、肉と骨が擦れるような音が森に響く。


濁った眼。

焦点は定まっていない。

だが確かに、こちらを向く。


喉の奥から、掠れた空気が漏れる。

声ではない。

呼吸でもない。

ただ、存在が軋む音。


小柄な盗賊が息を呑む。


「……ネクロヴォロス」


もう一人の大柄の盗賊が一歩下がる。

短剣を抜くが、構えが定まらない。


「俺はな……天界のものを手に入れる。この腐った、激痛に蝕まれた呪われた体を治すためだ。俺の呪いは……神力を取り込めば……きっと治る。痛い目にあいたくなければ、隠し立てせず教えろ」


「やめておけ。お前は神力を取り込んでもどうにもならん。後悔する前に帰ることだな」


その言葉に巨獣ネクロヴォロスは激高する。


「お前……誰に物言っているんだ? お前に神力の何が分かる? 俺様はお前ごとき弱小魔人とは違う。中級魔獣だぞ」


ネクロヴォロスは腕の紋章を見せる。

その紋章は魔界の瘴気によって刻まれた階級だった。


「おい、お前悪いことは言わない。逃げろ」


小柄の盗賊は挑発する魔人に声をかける。


「放っておけ。俺たちも逃げようぜ」


二人の盗賊は走り出す。


「あ~、うるさいな。動かないでやるからさっさとかかってこい」


「こ、こしゃくな!!? 後悔するがいい! “この地に刻まれし呪いよ、終わりの溝を呼び戻せ。朽ちて裂けろ――『カース・レンド(呪いの裂断)』”」


低く放たれた声と同時に、森が悲鳴を上げた。

黒い閃光が前方へ奔り、木々を真横に裂きながら腐食させる。

切断面からは血のような樹液が滴り、葉が灰に変わって散った。

裂けた空気の残響が、まるで生き物の呻きのように耳に残る。


「うわぁぁ」


逃げ遅れた山賊の叫びが響き、聞こえなくなる。

森そのものが呪いに侵食され、静寂が再び戻る。


「どうだ!!! 俺様の必殺技の威力は!? まあ、どうせもう死んで……」


「!!!!?」


腐食による煙が晴れ、あるはずのない三つの人影が立っている。


「自慢の割にはそれほどでもないな。腐食は厄介だが、威力そのものは大したことない」


「な、なぜだ?……」


「俺たち……生きてる?」


魔人と山賊の周囲に聖なる結界が展開している。

聖なる結界は腐食の刃を完全に防いだ。


「フム、せっかく魔人の体に入ったのだ。神力と魔力の混合技……試してみるか……」


「それは……神力か? お前は一体・・・?」


「セラフィック・デス(六翼の葬送)」


魔力と神力の合わさった高度な呪文の巨大な六つの魔法陣が宙に描かれる。

薄暗い森の中に光の柱が天高くそびえたつ。

光の柱は少しずつ黒く染まる。


その六つの光の中心で巨獣は見た。

あまりにも完全で、怪しくも清らかな光。


心に巣食っていた暗黒を暴く。

腐りきり、痛みが走るこの肉体はどうやっても救えないと分かっていた。

しかし、いま心は救われた。


――美しい。

――眩しい。


取るに足らないと思っていた魔人は、神々しく輝く。

闇に慣れ切った眼が、思わず細められる。

その魔法陣はとても美しかった。


「俺……このおれにも……安らぎの時が……」


かつて確かに存在していた“感動”という名の心情だった。

柱が巨獣を包み込んだかと思うと跡形もなく消し去った。

痛みも苦しみもなく、巨獣は消滅した。


しばらく、誰も動かない。


盗賊が呟く。


「……今の……」


もう一人が、震えた声で言う。


「……笑ってた」


魔人は答えない。

ただ、空を見ている。

何も降りてこない空を。

しかし胸の奥の熱だけが、まだ残っていた。


「今度は……お前達……」


ルシファーがそう言いかけた途端、山賊たちは素早く逃げながら背後の魔人に叫ぶ。

「前回と今回は本当にすまない!!勘弁してくれ!」

「助けてくれてありがとう。でも俺たちはまだ死にたくない」

「••••••てか、なんであいつ俺たち助けたんだ?」


盗賊二人の背中を見送りながら魔人はつぶやく。


「今度はお前達が誰か助けてやれ……と言うつもりだったんだがな」


「チッ。力を使い果たしたか……意識が……しばし寝るか」



「確か、天から光り輝くものが落ちてきて……それがこっちに向かってくるのを見たんだ」


記憶の一部を思い出す。


「あの光は何だったんだ。体のどこにもけがしていないようだし……。目は光でやられているようだが……」


立ち上がり、体を確認する。

服は破れていない。

肌にも裂け目はなく出血している様子もなかった。

多少の体の違和感があるが、きっと倒れた時にでも体を地面にうちつけたのだろう。


相変わらず、視界は奇妙な色を帯びている。

だが、先ほどの違和感は薄れていた。

石も、土も、枯れ木も今ではそれが当たり前の景色のように見える。

なぜか魔界のものに色を感じる。


「やっと見えるようになった……あの光のせいか?」


(おい)


「ん? 何か聞こえた気がしたが……」


周囲を見渡す。誰もいない。


(おい、聞こえるか)


間違いない。声が聞こえている。


「また聞こえた。どうやら聞き間違いではないようだが……この声はどこから?」


もう一度注意深くあたりの気配を探ってみるも、自分以外の存在は感じられない。


(お前の体の中だ)


「なっ!?……なに? お、お前は誰だ!?」


謎の声の主から自分の中にいるといわれ、状況が理解できない。

思わず、頭部をはたいてみる。


「おかしくなってしまったのか」


パニックになりながらも、なんとか落ち着こうと努めた。


(あわてるな。とりあえず落ち着け)


謎の声はおさまらない。

しかし現実にあたりには誰の人影も気配も感じられない。


(落ち着いて聞け。我が名はルシファー。かつて天界に在ったが、追われ、この世界へ堕ちてきた。天界を逐われる際の戦いで力をほとんど使い果たし、いまは消滅寸前の身だ。

しばらくの間、そなたの内に身を潜め、力を回復させてもらう。不本意であろうが、少しの間、我を受け入れよ)


謎の声は、慌てふためく俺をよそに一方的に説明した。

名前はルシファーというらしい。

天界に住んでいたということは、天使だろうか?

まるで、こちらに拒否権の有無を確認するまでもないという態度だ。


理解が追い付かない。


「な、何を勝手なことを……」


動揺と怒りが混ざったような感情のまま、ルシファーに抗議する。


(そうはいうが、もはやそなたの肉体に受肉してしまった以上、われとそなたは一心同体。切り離す術は、現状はない。そなたが断ったところでどうしようもないのだがな)


ルシファーという者の話では、自分の肉体と謎の声の主は半融合といった状態らしい。


「なんなんだいったい……」


あまりの突然の出来事に動揺し、大した文句の言葉一つも出てこない。

冷静に状況を把握するには、今しばらく時間が必要なのであった。


そんな心中など、知らないとばかりにルシファーはまた口を開く。


(して、そなたの名はなんという)


名をきかれ、思わず答える。


「サタン」


この日、最凶の堕天使が一介の魔人に出会い、この後の魔界、天界の両世界に多大な影響を及ぼすことになることはこの時誰も知る由もなかった。

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