16 荷物の整理と新衣装
「あれ? ゾイル。ヨルカは?」
集合場所の門の前まで来たというのに、ヨルカの姿が見えない。
「いや、私はまだ見ておりませんが?」
俺とゾイルはそろって首をかしげ、あたりを見回した。
すると――
「おーまーたせーしましたー……」
どこからか、やけに苦しそうな声が聞こえてきた。
耳を澄ますと、どうやら門の近くの家の中から聞こえる。
あれがヨルカの家だろうか。
てっきりイルカと同じ屋敷に住んでいるものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
しかし、声はすれども姿が見えない。
どうやら声は家の中から聞こえてくるのだが、肝心の出入り口が見えなくなっていた。
扉は開いている。
なのに中が見えない。
出入り口いっぱいに、巨大な布袋が突っかかっていたのだ。
「このふさいでるの、なんだ? 布袋か?」
「そのようですね」
俺とゾイルは顔を見合わせ、それから扉の向こうにいるはずのヨルカへ声をかけた。
「ヨルカ。この扉をふさいでる布袋、なんなんだ?」
ゾイルが問いかける。
「これは私の荷物です! 扉に引っかかって外に出られなくなりました! そちら側から引っ張ってもらえませんか!?」
「おい……まさか、それ全部持っていく気じゃないだろうな?」
俺は嫌な予感を覚えながら尋ねた。
三日ほどの旅で、どう考えたらこんな量の荷物になるんだ。
「もちろん持っていきますよ。なんたって私、サタン様の専属料理人ですから。必要な調味料や食材、それに鍋と、あと私物も入ってます」
――持っていく気だった。
この娘、本気だ。
第一、森の中をそんな大荷物で歩き回れるわけがない。
絶対に木に引っかかるし、移動どころの話じゃない。
俺たちを襲ってきた時も思ったが、おっちょこちょいにもほどがある。
見た目は可憐なのに、残念な方向に全力だ。
とりあえず、出入り口をふさいでいた布袋をいったん家の中へ押し戻し、俺たちは中へ入った。
家の中は驚くほどすっきりしていた。
家財らしいものがほとんど見当たらない。
おそらく棚に置いてあった物まで、全部この袋に詰め込んだのだろう。
「いや、そんなに荷物があったら移動どころじゃないだろ……」
ゾイルも呆れたようにため息をつく。
どうやら意見は俺と同じらしい。
「ユニコーンに積めば大丈夫ですわ」
ヨルカは悪びれもせず言った。
「いや、草原の整った道ならそれでもよかったでしょうが、ここから先は木々の生い茂った未整備の道がほとんどです。ユニコーンは使えませんよ。……何せ隠れ里ですから」
ゾイルは呆れを隠しきれない様子で、諭すように言った。
「うそ……せっかく荷造りしたのに……」
ヨルカは見るからにショックを受けていた。
「とにかく、少し減らせよ? 家から出られないんじゃ、出発すらできないんだからな」
「……わかりました」
ヨルカの返事は、さっきまでよりだいぶしょんぼりしていた。
その時だった。
「サタン様」
声に振り返ると、そこにはイルカが布を抱えて立っていた。
「どうした?」
「サタン様へ、お召し物を新調させていただきました」
「おお! なんと!」
俺の願望を先回りして用意していただと。
やるな、このばあさん。
俺の中で、イルカの評価はさらに急上昇した。
ヨルカが荷物を整理している間に、せっかくだしイルカの作ってくれた衣装に着替えるとしよう。
しばらくすると、ヨルカは荷物を減らしてきたようで、ようやく出発できることになった。
「あれ、サタン様。服を新調されたんですね」
「ああ、イルカが作ってくれたんだ。似合うか?」
「くそッ、先を越されたッ……やるな、おばあ様……」
ぼそりと悔しそうにつぶやいた後、ヨルカはぱっと表情を切り替えた。
「めちゃめちゃお似合いです!! モノトーンでシンプルですが、細部の装飾が見事ですね!」
ヨルカはなにやら悔しそうな表情をしたあと、素直に褒めてきた。
俺としても、イルカが作ってくれた衣装は、まるで採寸したかのようにぴったりフィットしていて着心地がいい。
実に満足だ。
「ところで、ちゃんと荷物は減らしてきたんだろうな?」
「はい……私のカードコレクションが……」
「旅にカードはいらないだろう……」
魔界で流行っているというカードだ。
一部には熱心なコレクターがいるらしいが、ここにもいたとは……。
結局、ヨルカではなくイルカが荷物を選別したようだが、それは触れないでおこうと思う。
身支度を終えた俺たちは、ゾイルの隠れ里へ向かって歩き出した。
ヨルカは荷物が重そうだが、しばらく様子を見ることにする。
長旅で最初から甘やかしてはダメなのだ。
……といいつつ、実はヨルカの荷物を持つのが少し面倒なだけなのだが。
「ゾイル、里には武器職人のほかに、剣技や武術を師事できる者はいるか?」
「はい。里は傭兵業を生業としている者も多く、なかなか手練れがそろっております。中でも私の師匠は、里随一の剣の達人です。なんでも昔、名を馳せたお人らしいです」
なんと、魔界で名を馳せるとは、かなりの凄腕の剣豪ではないだろうか。
魔界に住む者の中には、遠方の相手と意思疎通できる魔法を持っている者もいるが、その数はごく少数だ。
つまり、魔界で名を馳せるには、絶大な権力と人脈があるか、魔人たちの口コミで広がるか、その二つしか考えられない。
隠れ里にいる点から考えると、ゾイルの師匠は後者なのだろう。
つまり、ものすごい剣の達人なのだと推測できる。
ぜひともその剣術を拝見してみたい。
「その人に剣を教えてもらうことは可能だろうか?」
「うーん、どうでしょう。気難しい方ですし、私が勝手に里を抜けてから、私と口をきいてくれないかもしれませんし……」
「まあ、だめなら他を当たるしかないか」
なるようになるしかない。
「サタン様は、剣技を覚えてどうするつもりです?」
ヨルカがゾイルとの話に割って入ってくる。
「どうって……強くなるためには必要だろ?」
「!? ……強くなりたかったんですか? てっきり、モテたいとかそういう理由かと」
意外そうな顔で、ヨルカは俺を見てくる。
「モテ……おいおい、違うぞ! お前は俺にどんな印象を持っているんだ?」
俺はヨルカに抗議の声を上げる。
美女にモテたい気持ちは男なら誰でも持っているから否定はしないが、剣技ができるからってモテるわけではないだろう。
「サタン様は、欲望に忠実な方だと……」
ギクッ。
「ば、バカなこと言うんじゃない」
なんだかんだで当たっているけど、そこは否定する。
実際、今の食欲へのこだわりは尋常じゃない。
それに、誰にもまだ言ってないが、これからやりたいこともたくさんあるしな。
ところでだ。
「ゾイルは、剣の達人である師匠の教えを受けていながら、なぜ剣を使わないんだ?」
俺はふと疑問に思う。
ゾイルは少し逡巡したのち、打ち明けるように口を開いた。
「これは……私なりのけじめなのです。里を抜けるとき、里の技術を使わないと決めていました。私は里を捨てた身で、師匠の期待を裏切りましたゆえに」
ゾイルはまだ、すべてを話すつもりはないのだろう。
しかし、ワ族の村で聞いた内容と照らし合わせると、十年前に強敵の討伐を行ったが返り討ちに遭い、ゾイルはただ一人生き残り、ほかの者を死なせてしまった。
その後悔や罪悪感から、里を抜けたのだろう。
師匠に期待されていたにもかかわらず。
「それで……私たちは里に入れるのか?」
ヨルカがゾイルに質問する。
「一応、隠れ里ではあるんだが、里にたどり着いてしまった客人はもてなすのが、うちの里のしきたりなんだ。外の情報を集めたり、口止めの話をつけたりするためにな。最悪、サタン様とヨルカの二人で行ってもらうことになるかもしれないが、ぞんざいな扱いは受けないはずだよ」
なるほど。
偶然、里を見つけてしまった者をただ追い返し、よそで言いふらされるくらいなら、いったん中に招き入れ、こちらが必要な情報を引き出したうえで口止めしたほうが、里の情報は漏れにくいというわけか。
「まあ、それなら問題ないな」
ヨルカは安心したようにうなずいた。
俺が武器を欲しいと言い出したばかりに、ゾイルには余計な気苦労をかけてしまったらしい。
そんな思いでゾイルの顔を見ていると、視線に気づいたのか、ゾイルは静かに口を開いた。
「サタン様、あまり私に気を使わないでください。あなたに救っていただいた命です。そう簡単に返しきれるものではありません。それに、私もちょうど故郷に帰るきっかけを探していたところだったんです」
「そうか。恩に着る」
ゾイルのそういう細やかな気遣いが、俺にはうれしかった。
こいつのためなら、俺もできる限りのことをしてやろう。
自然と、そんな気持ちになる。
最悪、ゾイルが一緒にいても里の者たちにすぐ受け入れてもらえなかったとしても、武器の調達先は別にそこだけではない。
俺としても、いい武器が手に入るなら、どこで手に入れようと構わなかった。
「さて、この先ですが、気を付けていただきたい場所があります。サタン様には一度お話ししたかもしれませんが、この先には毒虫が大量に生息しております。おそらくどこかに巨大な魔虫の巣が存在しているのでしょう。刺されると激痛に襲われ、刺された場所は五倍に膨れ上がります。毎年多くの魔人が命を落とす場所なので、慎重に進みましょう」
「サタン様なら火の魔法が使えるから楽勝なのです」
ヨルカはなぜか自慢げに答える。
確かに、無数の魔虫には焼き尽くすのが一番かもしれない……だが。
「森の中で炎の魔法は危ないだろ。自分たちが丸焼きになるかもしれないし」
ゾイルは的確な指摘を行った。
「確かにそうなんだよな……木がない場所だったら、まだ大丈夫だろうけど」
自滅したくはないから、火の魔法は考えて使うようにしよう。
ルシファーなら、何か的確な魔法が思いつくかもしれない。
そんなふうにのんきなことを考えながら、サタンは道を進んでいった。




