表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/25

1 弱小魔人のサタンへの受肉

目を開けると、空の色彩が違って見えた。

呆然と宙を眺める。


……どうやら気を失っていたみたいだ。


しばらく理解できず、魔人は仰向けのまま空を見続けた。

視界の端が揺れる。焦点が合わない。

耳の奥で、金属を擦るような甲高い音が鳴り続けている。


何が起きたのだろう?

ぼんやりとした頭では思い出せそうになかった。


地面に倒れこんでいた身を起こし、土を振り払う。

体のところどころに違和感があるが、それよりも不思議な現象が起きていた。


「なんだこれ……目がおかしくなったのか?」


泥まみれの手で、瞼をこする。


暗黒の魔界の色彩はほとんど無い。

しかし、いま自分が見えている景色には、物質によって異なる色彩が主張するかのように光を放っている。


また、それは周りの物質だけではなく、自分の体の色彩もいつもと明らかに違う。

ほんのり皮膚が光って見える。


「色もそうだけど……俺は、いったい……」


突然の変化に恐怖を感じる。

自分の身に一体なにが起こったのかと思い、混乱しかける気持ちを押し殺し、目を開ける前のことを必死になって思い出す。


胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。


必死に思い出そうとした瞬間、頭の奥に白い閃光が走った。


光。


そう、たしかいつもと変わらない日だった。


食事を求め、その日も魔界の森の中を徘徊していた。

森には豊かな木の恵みや、魔界の動物がたくさんいる。

自分はその日に地面に落ちている物を食事として生きてきた。


いつも同じ食べ物ばかりの生活だったが、特に不満もなかった。

大型の魔獣を狩ることができれば、新鮮で上質な肉を食べることもできただろう。

しかし、それでけがをしてもつまらない。


痛いのはいやだし。

安全第一。


楽しい生活ではなかったが、リスクを犯してまでの欲望はないのだ。

それならば、平穏に安全に食料を探す方が身の丈に合っている。


一日歩いていれば、必ず何か落ちているはずだ。

特に風の強い日や落雷があった次の日は、食べ物が地面に落ちている。


昨日は久しぶりに大規模な落雷や暴風、巨大な雹が降り、魔界は荒れに荒れていた。

火炎や岩石も降っていたような気もするが……これはきっと夢だろう。


生まれてから初めての災害級の現象におののきながらも、翌日を楽しみにしていたのを覚えている。

夜が明け、食料を探しに森に入ったのだが……。


周囲を見渡せる丘に登り、果実が実ってそうな木を探す。

その木の下を探せば、お目当ての果実が大量に落ちているはずだ。


しかし、お目当ての品物にたどり着くことは無かった。

突如として空に現れた光球に、視線がくぎ付けになったからだ。


魔界の空には星などない。

常に曇天に覆われ、太陽も昇らなければ、月も見えない。

当然、流れ星など見えるはずもなかった。


「なんだあれ?」


うす暗い魔界に落ちてくるまばゆい光を、驚きと好奇心の入り混じった面持ちで見つめる。

距離で言えば、約五百メートル。

身の危険を感じるほどの距離ではないので、野次馬気分でワクワクしながら観察していた。


光は強烈な輝きを伴って、高度を下げている。

このまま地面に落ちていくのだろうと思いながら、落ちる場所を推測して眺めていた。

落ちた後、あの光の正体を見に行こうと考えていたからだ。


しかし予想に反して、その光は突如、落ちる向きを変えたかのように見えた。

どんどん近づいている気がする。


「う、うそォ!?」


なんと自分のいる方向に向かってくるではないか。

こうなってくると、楽しかった気分は霧散し、全力で警戒し始める。

全身の毛が逆立ち、心は恐怖に染まる。


身をひるがえして逃げようと走り出したが、時すでに遅し。

丘から転げ落ちるように下るも、あっという間に追いつかれてしまった。


「あ、俺終わった……」


次の瞬間、世界が白に塗りつぶされた。


その謎の光が自分の身を包み込み、気を失っていた。


しばらくたった後。

二つの足音が、森の下草を踏み分けながら近づいてきた。


湿った土。

踏みしめられた落ち葉。

枝の先で、夜風に揺れた葉がかすかに擦れ合う。


二つの影が倒れている魔人を見下ろす。

仰向けのまま、ぴくりとも動かない。

服に土はついているが、目立った傷はない。

血の匂いもしなければ、争った跡も見当たらない。


その姿を見た途端、片方の盗賊が足を止めた。


「……おい」


低い声に、もう片方が眉をひそめる。


「なんだよ」


「あいつ、前にボコしたやつじゃねえか?」


そう言われて、もう一人も倒れた姿をまじまじと見た。

ぼさついた髪。

安っぽい服。

気絶して地面に転がっていても、どこか締まりのない間抜け面。


「ああ……いたな、こんなやつ」


思い出したように、口元がにやつく。


「森の外れで絡んだら、ろくに反撃もできずに転がった雑魚だ」


「そうそう。しけた持ち物しか持ってなかったくせに、妙にしぶとかったやつだ」


二人は喉の奥でくつくつと笑った。


「また倒れてやがるのかよ」


「しかも今度は森の真ん中だぜ。何してたんだ、こいつ」


片方がしゃがみ込み、サタンの顔を覗き込む。

呼吸はある。

傷もない。

殴られた痕も、切られた痕も見当たらない。


「……無傷だな」


「だな。魔獣にやられた感じでもねえ」


「じゃあなんで気ぃ失ってんだ?」


「知らねえよ。腹でも減ってぶっ倒れたんじゃねえのか」


「そこまで弱ぇのかよ」


また笑いが漏れる。


片方が靴先で、サタンの脇腹を軽く小突いた。

身体が少し揺れただけで、反応はない。


「起きねえな。本当に伸びてるだけか」


「都合いいじゃねえか。前は碌なもん持ってなかったが、今回は何か拾えるかもしれねえ」


「ありえるな。無傷で森の中に寝てるってのが、逆に気味悪いけどな」


「気味悪かろうが、寝てる雑魚は雑魚だ」


そう言うと、片方の盗賊が慣れた手つきで腰の帯に触れ、衣服の内側を探り始めた。

もう一人は立ったまま周囲を見張りつつ、鼻で笑う。


「前は殴られて終わりだったが、今回は少しはマシなもん持ってるといいな」


「何もなかったら、今度こそ本当に身ぐるみ全部剥ぐか」


「それでも足りなきゃ、体内の魔晶石でも取ればいい」


短い沈黙。


下位の魔人盗賊。


二人は顔を寄せ、ひそめた声で何か言い合う。

言葉は断片しか届かない。


「……金目の物は無いな」


「食料も?」


「無し」


刃物の柄を握る気配がした。

空気が、少しだけ張る。


「こいつの体内の魔晶石でもいただいておくか」


森の空気が、わずかに張った。


盗賊の一人が、腰の剣に手をかける。


「悪く思うなよ」


刃が、鞘の中で鈍く鳴った。


「前にボコられた時点で、お前は運がなかったんだ」


剣がゆっくりと引き抜かれる。

切っ先は、無防備に倒れたサタンへ向けられていた。


ガキンッ。


盗賊の目に信じられない光景が広がる。


「やれやれ、せっかく手に入れた体を台無しにされてはかなわんな。今はわずかでも力を使いたくないが、致し方ない」


瞬き一つする間に、先ほどまで倒れていたはずの人影が立っていた。

振り下ろされた剣が、止まっている。


刃は、握られていた。

素手で。


肉が裂ける音はしない。

骨の砕ける感触もない。

それどころか……血が、出ていない。


白い刃をつかむ手のひらに、傷一つなかった。

神力で覆われた手。


「なっ……」


声を出せない。

空気が、沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
テンプレかと思いきや設定が斬新でした!ルシファーがこれからサタンとどう過ごしていくのか楽しみです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ