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13 戦のあとの真相

魂を食べたサタンの脳裏に、ある情景が浮かぶ。



脳裏に焼きついていた。


草原を裂いて走った、あの白と紫の稲妻。

誇り高く先頭を駆けていた息子のユニコーンが、一瞬で横倒しになった光景を。


「親父、下がってろ!」と叫んだ声も、次の瞬間には肉の裂ける音に呑まれた。


槍を構えた若い腕は宙を舞い、見慣れた顔は血と土にまみれて地に沈んだ。

二人いた息子のうち一人が、草原の土へ還った。


助けに向かった仲間も、馬ごと喉を噛み砕かれ、草原は悲鳴で満ちた。


羊は散り、女や子どもは泣き叫び、部族が積み上げてきた暮らしは半日で崩れた。


カシラは、息子すら守れなかった。

だからこそ、何を失っても、その執念だけが部族を守る。



「終わったな。そいつらを縛り上げろ。話はあとで聞く」


俺は村人たちに命令を下す。


「お疲れさまでした、サタン様」


ゾイルは道脇の木柵をよじ登り、こちらへ駆け寄ってきた。


「ああ、何とか作戦通りに進んだな。みんな怪我はないか?」


戦いが無事に終わったことで安堵し、俺はその場に座り込んだ。

術を発動していた地面がひんやりと冷たい。


範囲型攻撃の新技を使ったせいで、魔力もほとんど空っぽだ。


「軽傷の者はいるようですが、大事には至らないでしょう。ゴルド族が罠を警戒しない性質で助かりましたな」


ゾイルも、ほっとしたような顔で言った。


「わざわざ宣戦布告までしてきたから、てっきり罠の警戒くらいはするかと思ったが……杞憂だったな」


「戦力差が圧倒的だったからでしょう。ここの村人たちなど、逃げ出すとしか思っていなかったのです」


ゴルド族は最後まで、自分たちが蹂躙する側だと信じて疑わなかったようだ。

だが、その油断こそが自分たちの明暗を分けた。


そこへ、ヨルカとイルカが近づいてくる。


「サタン様、今回は本当に助かりました。この通り、お礼を申し上げます」


イルカは恭しく頭を下げた。


「その……出会ったときは申し訳なかった……です。ちゃんと謝れてなかったから」


ヨルカも、ぺこりと頭を下げる。


「いいよ。顔を上げてくれ」


なんだか照れくさくなって、俺は二人にそう言った。


「ところでサタン様。ゴルド族は縛り上げて牢に入れるとして、ユニコーンの生き残りはどうされますか?」


イルカが尋ねる。


開戦前であれば、族長であるイルカが決めることだっただろう。

だが参戦の条件として、この村は俺に忠誠を誓った。


今や、この村の頂点は俺だ。

終戦した以上、俺の意見を仰ぐのは当然なのだろう。


「ユニコーンは馬屋につないでおけ。ゴルド族から生態を聞いて、それから判断する。この里の労働力になるかもしれない」


「かしこまりました。お望みのままに」


「戦後処理は任せる」


実質的に頂点へ立ったとはいえ、面倒ごとはなるべく避けたい。

俺はこの魔界の料理を楽しむために生きると決めたのだ。


戦後処理はイルカに任せ、俺は俺のやるべきことを考える。


――では、死んだユニコーンの魂も回収しておくか。


サタンはその場を歩き回る。


すると、頭の中でルシファーが話しかけてきた。


(そなたの糸の罠、見事だったぞ)


珍しく、ルシファーが俺を褒めてくる。


「それはどうも。俺もあれは予想以上だった。機動力の高いユニコーンに乗っていたのが、かえって仇になったな」


(あの糸は、アントスパイダーの魂を食って得たものだろう? それを魔力で強化するとは、考えたものだ)


「魔力で強化する発想は、ヨルカのおかげさ。あいつ、矢に魔力を込めて威力を上げていただろ。だから、もしかしたらできるんじゃないかと思ってな。まあ、糸の張力でユニコーンから落馬してくれればいい、くらいに考えていたんだが……まさか切断できるとは思わなかった。思った以上に強力だったな」


(魔力弾もしっかり扱えるようになってきたようだし、われも少し安心した。だが、魔力を身にまとって戦うのはよいとしても、魔力量頼みのごり押しが少々過ぎるな)


(……肉弾戦については、追々だな)


あの魔力弾も、コツをつかんでからはかなり滑らかに撃てるようになった。

おそらく魔力の総量が増えたおかげで、体の隅々から無理にかき集めずとも済むようになったのだろう。


「ルシファーも氷魔法を使えるようになったんだな」


(まあ、われの場合、本来の体であればさまざまな属性の魔法を扱えるのだがな。そなたの魔力や体質をいじりながらでなければ、うまく出力できんのだ)


体質をいじる?


一瞬、俺の体で勝手にそんなことをしていたのかと思ったが、特に不都合はなさそうだ。

ルシファーが使った魔法は俺の体に刻まれ、いずれ俺自身の意思でも使えるようになる。


そう考えれば、俺にとってはメリットしかない。


「なるほどな。魔力があっても、それを扱える状態の体になっていないと意味がないってことか」


(そういうことだ。ただ筋肉を鍛えたところで、空は飛べん。それと似たようなものだ)


サタンは死んだユニコーンの体から魂を回収し、それを取り込む。

先ほど族長の魂とユニコーンの魂を取り込んだことで、筋力強化と視覚強化を手に入れていた。


そろそろ体術や武器を使って戦えるくらいには、体力もついてきた。


「イルカ殿、とりあえず戦ったら腹が減った。飯にしてくれないか?」


戦いの余韻がまだ色濃く残る中、サタンは気軽な調子でそう言った。


「イルカでよいですよ、サタン様。では今晩は、馬刺しと桜鍋にいたしましょう」


イルカは落ち着いた笑みを浮かべる。

その声音には迷いがなく、すでに頭の中では献立が組み上がっているようだった。


「ヨルカ。まず、邪ごぼうと歯キャベツ、くろたき、黒豆腐。それから邪キノコも用意しておくれ」


手際よく食材を挙げていくイルカの言葉に、ヨルカは思わず目を見開いた。


挙げられた品は、どれも貴重なものばかりだった。

一つでも祝いの席に並べば、それだけで豪華だと言われる食材である。


それが今、まるで当然のように次々と並べられていく。

ヨルカは一瞬言葉を失いながらも、慌ててうなずいた。


「は、はい……! でも……こんな高級な食材を使うんですか?」


「当然じゃ。あの方は、この村と村人たちの命を救ってくださったお方じゃ。全力でもてなすつもりで支度をおし」


イルカはそこでいったん言葉を切り、静かに目を細めた。


「それに、これから先、私たちはあのお方に忠誠を尽くしていくことになる。特にあのお方は料理を非常に重んじておられる。ここはうまい料理をたんと食べてもらい、われらは加護を授けてもらわねばなるまい。あのお方が最も欲しているものを、言われる前に献上する。それが重用される秘訣じゃよ」


厳しい魔界で長く生き抜いてきただけあって、イルカには抜かりがなかった。


今後、サタンはこの一帯だけでなく、やがて魔界のより広い地域を治めることになるだろう。

それは以前から予測していたことだった。

だが、今回の戦いでイルカはそれを確信へと変えていた。


そして、そうなればサタンのもとには多くの魔人たちが集い、仕えることになる。

その中で最初から厚く遇され、頭一つ抜けた立場を築ければ、発言力もまた強くなる。


一族の存続のために、できることはすべてやる。

そのしたたかさこそが、イルカが長年にわたり族長であり続けられた理由だった。


「わかりました、おばあ様」


ヨルカはイルカの計算高い一面に驚き、思わず舌を巻いた。

だが同時に、それほどのしたたかさがなければ族長など務まらないのだろうとも理解した。


ヨルカは食料保管用の蔵へ向かう。

その奥には、保存魔法のかかった宝箱が厳重にしまわれていた。


彼女はそこから食材を一つ一つ丁寧に取り出し、イルカのもとへ運び込んでいく。


保存魔法とは、細菌や腐敗の原因となるものを滅し、食材の劣化を防ぐ魔法だ。

そのおかげで、貴重な食材も長く鮮度を保つことができる。


イルカは先ほどの戦いで討たれたユニコーンから、特に上質な部位を切り分けた。

赤身は艶やかで、包丁を入れるたびにきめ細かな肉の断面がのぞく。


まずはその肉を鍋で軽く炒める。

じゅう、と音を立てて脂がにじみ、肉の旨みが立ち上った。


そこへ水、邪醤油、そして爆弾ニンニクを加えていく。


たちまち鍋から濃厚な香りが立ちのぼった。


肉の香ばしさ。

まろやかで芳醇な邪醤油の匂い。

さらに爆弾ニンニクの、腹の底を直撃するような力強い香り。


その匂いが鼻腔をくすぐった瞬間、イルカは思わず喉を鳴らした。

口の中に唾液があふれそうになる。


年を取り、唾液の量もすっかり減ったものと思っていた。

それなのに今は、どこにこんな力が残っていたのかと思うほど、食欲がわき上がってくる。


それはきっと、料理人としての本能だった。

うまいものを作る喜びと、それを食わせる相手がいるという高揚。

その両方が、老いた体の奥に火を灯していた。


長年族長を務めてきたイルカといえど、目の前にある最高級の材料をまとめて調理することが、どれほど貴重でぜいたくなことかはよくわかっている。


そしてヨルカは、イルカの料理の様子をじっと見つめていた。


イルカの作る料理は、どれもおいしい。

自分も同じ作り方をしているはずなのに、なぜか味が違うのだ。


そうした理由もあって、客人へ振る舞う料理はイルカが担当している。

ヨルカもまた、少しでもその域に近づけるよう、暇さえあれば観察していた。


「さて、そろそろ完成しそうだ。ヨルカ、サタン様にお食事の用意ができたと告げておいで」


「はい、おばあ様」


ヨルカはサタンたちを呼びに向かった。


サタンはゾイルとともに、ゴルド族の捕虜から話を聞いていた。

捕らえられていたのは、牙巫女――ゴルド族の呪術巫女である。


巨大な牙の装飾を身にまとい、背には髑髏、首には耳の首飾りを下げた老女の魔人。

その姿は、ヨルカから見てもひどく不気味だった。


「あの、サタンさん……様。何のお話をしていたのですか?」


ヨルカはおそるおそる声をかけたが、その胸には好奇心がむくむくと頭をもたげていた。


「ああ、ヨルカか。この者から話を聞いていたんだ。なぜこの村を襲ったのかをな。ゾイルの話だと、こいつらの居住地からここまではかなり距離があるらしい。それで不自然に思ってな」


「光の玉を探していた、ということでは?」


ヨルカは、ゴルド族が金に目がくらみ、欲望のまま動いたのだと思っていた。


「それも無関係ではないが……端的に言えば、この者たちは住む場所を追われたらしい」


「追われただと? 嘘をつけ!! 恥知らずの野蛮人め!!」


ヨルカの目が吊り上がる。


自分たちの住む場所がなくなったから仕方なくここへ来た――。

まるで、この村を襲ったことまで仕方のないことだったと言わんばかりだ。


そんな都合のいい話を、簡単に受け入れられるはずがない。


縛られ、地面に座らされたゴルド族の老女へ向かって、ヨルカは鋭い罵声を浴びせた。


「ヒィッ」


老婆は怯えた顔で身をすくめ、両手で顔をかばった。


ヨルカは、このゴルド族が命乞いのために嘘をついているのだと思い込み、怒りを募らせていたのだ。


「まあ、最後まで話を聞け。そんなに怒るとしわが増えるぞ?」


サタンは軽い口調でヨルカをなだめる。


「この者たちの話では、この村から五百キロほど北にある草原地帯で暮らしていたそうだ。そこで遊牧しながら生きてきたらしいんだが、一か月ほど前に雷虎に襲われたらしい」


「雷虎だと……このあたりにはいない上位の魔獣じゃないか」


ヨルカは震える声でつぶやいた。


雷虎という名を聞いた瞬間、彼女の顔は目に見えて青ざめる。

この森に現れれば、生態系そのものが変わってしまうほど凶暴で強力な魔獣だ。


そんなものが出現したというのなら、魔界のどこかで何か大きな異変が起きているのではないか。


胸の奥を嫌な予感が這い上がり、ヨルカは小さく身を震わせた。


「ああ。勇敢なゴルド族も応戦したらしいが、向かった者たちはユニコーンごと瞬殺されたそうだ。その中には、カシラの息子の一人もいたらしい。飼っていた牧羊もみな雷虎に食われたそうだ」


「それで、新天地を求めてこの地域へ……?」


最近、この森には本来なら平原に棲むはずの魔獣が増えていた。

平原で暮らしていた魔獣たちが、雷虎に棲み処を追われて流れ込んできたのだと考えれば、つじつまは合う。


ヨルカはようやく、この話がでたらめではないのかもしれないと思い始めた。


「ゴルド族のカシラが最後に言っていた、『この先、とても生き残れないだろうさ。この先に……ライ……気を……ろ』という言葉も、そのことだったのかもしれませんね」


そこでようやくヨルカは、この生き残りが適当な嘘を並べているわけではないと認めた。


「ああ。それだけじゃない。あの光る球が現れたことで、救世主が現れたのだと、道中で噂を聞きつけたらしい」


(フフフ、救世主か……)


頭の中で、ルシファーが含みのある声を漏らす。


お前のせいで魔界が荒れているんだよ!!


サタンは内心でそう毒づいたが、もちろん口には出さない。


「救世主が現れるその時まで待機するために、この村を占領しようとしていた、ということか……」


ゾイルもようやく腑に落ちたという顔でつぶやく。


「ああ。それに食料も底をつきかけていたみたいだぞ」


「だからといって、宣戦布告に来た使者たちが暴れ回ったことは許せない。償いはきっちりしてもらう」


ヨルカはきっぱりと言い放つ。


「まあ、その辺はイルカと相談しろよ」


そのとき、族長の屋敷のほうから声が飛んできた。


「おーい、ヨルカ。サタン様を食事に呼ぶんじゃなかったのかい?」


イルカが屋敷のほうから呼びかけている。


「申し訳ございません、おばあ様! すぐ参ります!」


ヨルカは慌てて答え、それからサタンのほうへ向き直った。


「サタン様。お食事の用意ができました。どうぞこちらへ」


「よし、とりあえず飯にしよう」


サタンはぱっと顔を明るくし、あっさりと話を切り上げた。

そして何の未練もない様子で、食事を取りにイルカの家へ向かっていく。


サタンにとっては、魔界のごたごたよりも、まず目の前の飯のほうが大事なのだった。

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