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10 うまい飯と魔力の増大 怪しい歓待

村に着くと、村人たちが総出で出迎えてくれた。


その目には、なぜか希望の色が宿っている。

先に村へ戻った護衛の若者は、俺たちのことをいったいどう伝えたのだろうか。


「こんな村ですが、どうぞゆっくりしていってください。あなたがいてくだされば、村人たちも安心いたしますので」


族長がそう言った瞬間、俺はぴんときた。


「心遣いはうれしいんだが……何か俺たちに期待してません?」


嫌な予感しかしない。

面倒ごとに巻き込まれそうで、今すぐ逃げ出したくなる。


「フエフエフエ。なに、下心などございませんよ。ただ、聞いてほしい話があるだけです」


それを下心って言うんじゃないか?


(この者は計算高いが、魂は綺麗だ。救いを求めるのであれば、救ってやろうではないか)


ルシファーは相変わらず世話焼きだな。

……まあ、説明も聞かずに文句を言うのはやめておくか。


それに今は、言い争っている場合じゃない。

なにしろ、こっちは魔力がほとんど枯れかけている。


とにかく腹が減った。

一刻も早く飯がほしい。


歩くのもぎりぎりの状態だったが、それでも表面上は平静を装う。

先ほどの戦いがもう少し長引いていれば、追い込まれていたのは間違いなく俺のほうだった。


ヨルカという女魔人も、まだ何か奥の手を残していそうだったしな。


とりあえず、どこでもいいから休める場所がほしい。

そして何か腹に入れたい。


「すぐにお食事の用意ができておりますので、我が家へどうぞ」


「なに!? もうできてるのか?」


その一言で、一気に気分が変わった。

話を聞くのは面倒だが、今すぐ料理にありつけるなら別だ。


それくらいなら聞いてやってもいい。


族長の老婆に案内され、俺たちは村の奥に見える一番大きな建物へ向かった。


その道すがら、村の様子をそれとなくうかがう。


家々は萱葺き屋根のしっかりした造りだった。

だが、いたるところに焦げ跡があり、鋭い刃物で斬り裂かれたような痕まで残っている。


修理も追いつかないほど、何度も襲撃を受けてきたのかもしれない。


サタンは無言で村の奥を見つめた。


この村は、思っていた以上に切羽詰まっている。

そんな気がした。


村の一番奥、小高い場所に建つひときわ大きな家の前で足を止める。

門には大型の魔獣の頭骨が飾られていた。


一メートルほどもある頭骨だ。

この村の誰かが狩ったのだろうか。


「お待ちしておりました。さあ、おあがりください」


玄関に入ると、先ほど族長に一足先に準備を命じられていた若者が出迎えてくれた。

三つ指までついている。


客人のもてなしについて、徹底的に教育されているらしい。


「さあさあ。お二人様、こちらへ」


家の中に入ると、族長の老婆が囲炉裏の前の座布団に座るよう促した。


「さて、まずは自己紹介をしようかね。私がこの村の村長であり、ワ族の族長であるイルカと申します」


「ワ族は他の村にもいるのか?」


「いた……と言ったほうがいいね。今はこの村だけになりました」


なかなか壮絶な過去があったようだ。

だが、この手の話は魔界では珍しくない。

弱い者は食われ、強い者だけが残る。それだけだ。


「先ほど俺たちを襲った女は?」


「あれは私の孫娘のヨルカです。おてんば娘でな。両親が死んで以来、ひどくなる一方で……。この村のために彼女なりに頑張っているのは認めますが、いかんせん思慮が浅い娘でして」


「両親は殺されたのか……?」


「度重なる争いで死力を尽くして闘い、その末に……部族間の抗争です。よくある話です」


イルカは淡々と答えた。

だが、その瞳の奥に燃える怒りを、サタンは見逃さなかった。


「さて、私たちの紹介はこのあたりにして、今度はあなたたちのお名前と、この土地に立ち寄った理由を教えていただけますか?」


「俺の名はサタン。こっちが狩人のゾイルだ。この先にある、ゾイルの出身地の隠れ里に向かう途中だ」


「あの里の出身の方でしたか。私たちも交易させていただいております。しかし、あまり見ない顔ですね?」


するとゾイルは、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「ああ、私は里を十年前に逃げ出し、それから帰っていないからです」


なんと、ゾイルは長いこと故郷に帰っていなかったらしい。

それなのに、俺のために武器を新調しようとしてくれていたのか。


少し申し訳なくなる。

……ていうか、それちゃんと里に入れるのか?


「ゾイル……そういえば、十年前に討伐隊の生き残りの名がゾイルだったような……」


「はい。その通りです。あの日、おめおめと生き延びてしまいました」


ゾイルはうつむき、感情を押し殺すように答えた。


「そんなに自分を責めなさんな。生き延びた幸運に感謝しなきゃね。そんなゾイルさんが、なぜ村に?」


「はい。今は狩人を生業としているのですが、先日、巨大な一角イノシシの攻撃で瀕死の重傷を負ったところを、このサタン様に助けていただきました」


「なんと、あの暴れん坊の魔獣に勝ったとな?」


イルカが言うには、あのイノシシはこの辺りを根城にするエリアボスだったらしい。

確かに、あれほど巨大で狂暴なイノシシを捕食できる肉食魔獣は、この辺りにはいないだろう。


「はい。サタン様は見事に打ち取ってくれました。傷の手当てもしていただき、私は一命をとりとめました。それから怪我が治り、恩返しとしてサタン様の武器を新調するために里へ向かっていました。そして途中でアントスパイダーに遭遇した次第です」


「そうかい。なんとなく事情は読めたよ。改めて、私の孫娘が失礼なことをしたね」


イルカは頭を下げる。


「いえいえ」


ゾイルは素直に謝罪を受け入れた。


……だが、サタンは二人の会話をほとんど聞いていなかった。


さっきから、うまそうな匂いが扉の向こうから漂ってきて、話に集中できないのだ。


「お話の途中に申し訳ありません。族長、食事をお持ちしました」


その声とともに、ちょうど食事が運ばれてきた。


「いったん、お食事にいたしましょうか」


サタンは、出された料理に目を輝かせた。


根菜の黒煮つけ。

邪すっぽんのお吸い物。

強大なワニ魚の串焼き。

炊き立ての純黒米。


どれも素晴らしい匂いを放ち、空っぽの腹を容赦なく刺激してくる。


「もう食っていいか?」


「ええ、どう――」


最後まで聞く前に、サタンの手はもう伸びていた。


まずは邪すっぽんの吸い物をひと口すする。


「うまい!」


独特のクセはある。

だが、一緒に入った黒ねぎなどの野菜がそのクセをやわらげ、むしろ深い味わいに変えていた。


邪すっぽんの肉もぷりぷりで、ほどよい弾力がある。

噛むたびに、うまみがじわじわとにじみ出てきた。


次に、ワニ魚の串焼きを頬張る。


こんがり焼けた皮はぱりぱり。

その内側の身は、驚くほどふわりと柔らかい。


一口噛めば、ジュワッと脂があふれ、塩気とともに口いっぱいに広がった。

淡白なのに薄くない。

上品な甘みとうまみがぎゅっと詰まっている。


さらにそれをおかずに純黒米をかき込む。

米の甘みと深いコクが、魚のうまさを何倍にも引き立てた。


「うまい!! なんてうまいんだ!」


口の中が幸福で満たされる。

箸が止まらない。


何度もおかわりし、サタンは夢中で料理を平らげていった。


すると、ルシファーが頭の中で声を上げた。


(そなたは気づいておるかどうか知らんが、料理を食うと魔力の絶対値が上がっているぞ。まあ、同じ料理では変わらないようだから、初めて食べる料理に限るようだがな!)


かなり興奮している。


(何!? やはりそうか? 魔力が回復していたことは自覚していたが……)


(そなたも確信はなかったか。どういう理屈かは知らんが、われもたった今、確信した)


俺は先ほどの戦いを振り返る。


アントスパイダーとの戦闘で火の壁を出し、その後ヨルカの攻撃をかわすために、多量の極小魔力弾を打ち出した。


確かに、魔力の総量は増えている気がする。


(一角イノシシと戦った時は、練習で撃った魔力弾が一つ。あとは小さな魔力弾が数発と、大きな魔力弾を一つ撃いただけでダウンしてたもんな……)


(ぼたん鍋を食べて魔力量が上がったから、先の戦いではあの戦い方もできるようになったのだな。ゾイルの魔力が上がった様子もなかったから、これもサタンの特異体質か)


「じゃあ今後は、魔物の魂を取り込んで術や体質を手に入れて、料理を食って魔力の絶対量を上げていけばいいのか!! 俺って意外とすごいのかも」


サタンは急に自信がわいてきた。

ルシファーもまた、サタンに希望を見出していた。


魔物を狩り、魂と血肉を取り込み、料理として喰う。

それを積み重ねれば、魔界の強者になれるかもしれない。


(われがついているのだ。すぐにでも魔界を支配できるようにしてやるぞ!!)


「いや、支配て……。俺はうまい飯が食えて、死ななければそれで満足なんだが」


(そなたが魔界の上位勢しか飲めない酒とやらを楽しむには、強くなるしかないようだからな。そこまでは目的が一致している)


「ぐうっ!? 確かにそれはそうなんだが……」


くそ。

またルシファーに言いくるめられた。

しかも、反論できないくらい正論だ。


俺は気持ちを切り替え、目の前の料理を最後まで堪能した。


「いやあ~、食った食った」


サタンたちは、腹をさすりながらだらしなく床に座り込む。


その時、イルカが護衛の若者に、ヨルカを呼んでくるよう指示した。


空気が少し変わる。

どうやら、ここからが本題らしい。


高齢の身とは思えないほど背筋は真っ直ぐで、纏う雰囲気も凛としていた。


「サタン様、料理は楽しんでいただけましたでしょうか?」


「ああ、かなりうまかったよ。満足だ」


自然と表情がゆるむ。

腹が満たされたせいか、不思議と気分も軽い。


「それはよかった」


イルカも笑みを浮かべた。


その時、扉の向こうからノックの音がした。


「おばあ様、お呼びですか?」


ヨルカの声だ。


「ヨルカ、入っておいで」


イルカがそう言うと、場の空気が静かに引き締まる。


「さて、サタン様。われらの村の話に付き合っていただけますか?」


族長は姿勢を正し、サタンたちに向き直った。


あ、やばい。

料理がうますぎて、完全に忘れてた。


……仕方ない。

こんなうまい料理を食わせてもらったんだ。

話くらいは、ちゃんと聞こう。


サタンもまた、真剣な顔つきになった族長を見て、聞く姿勢を整えた。

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