表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/35

9 ヨルカ 最悪の出会い

ビクッと身を固め、振り返ると、可憐で小柄な女性が立っていた。


皮鎧と弓矢を装備しており、その手には矢がつがえられ、その目は敵意に満ちている。


「お前達は誰だ? アントスパイダーの大群をこの土地に連れてきたのは、私たちの村を潰す気か!? ゴルド族の手の者だな?」


思いきり敵だと認識されているようだ。

この状況はまずい。

この者の勘違いを解かなければならない。


「いや、俺たちは……」


「問答無用!!」


謎の美女は複数の矢を放ってきた。


「えぇ~!?」


……何のための質問だったんだよ。


と思いながら、放ってきた矢を避ける。

散々走ってきて、へとへとなのに……。

しかし、文句を聞いてくれないんだろうな。


サタンとゾイルは紙一重で矢を避ける。

矢は顔の数センチ横をかすめる。

風切り音が耳もとで鳴る。


なかなかの射撃の名手らしい。

それに、矢の速度が異常に速い。


完全に見切ってかわした――はずだった。

それなのに、サタンの頬には細く血が走っていた。


頬を伝う血を指でぬぐい、サタンは目を見開く。


「なぜだ……?」


驚きのあまり、思わず声が漏れた。


謎の美女は、その反応を待っていたかのように、優越感をにじませた笑みを浮かべる。

そして、わざわざ教えてやるとでも言いたげに口を開いた。


「ふふ。自信満々に避けたつもりだったのでしょうけど、魔力をまとった矢は、威力も攻撃範囲も増すのよ」


なるほど。

矢そのものだけではなく、その周囲を覆う魔力まで含めて避けなければ傷を負う、ということか。

魔力弾をまとわせた矢。

そう考えればわかりやすい。


「なるほどな……」


サタンは、自分がかわした矢へ視線を向けた。

地面に突き刺さった矢は、根元まで深くめり込んでいる。

着弾点を中心に地面はひび割れ、その一撃の重さをはっきりと物語っていた。


あれをまともに受ければ、ただでは済まないだろう。


魔力だけで構成された魔力弾よりも、物質に魔力をまとわせたほうが、質量と運動エネルギーが乗る分、威力も効率も高いらしい。

同じ威力を出すにしても、消費する魔力は少なくて済む。

魔力量の少ない者にとっては、かなり理にかなった戦い方だ。


「これは避けられるかしら!?」


謎の美女は、猫がねずみをいたぶるような不気味な笑みを浮かべると、複数の矢を同時につがえ、空へ向かって放った。

放たれた矢は高く昇り、頂点に達した次の瞬間、放物線を描きながらサタンたちへ降り注いでくる。


矢の雨。


そう理解した瞬間、背筋が冷えた。


「よそ見している暇なんてないわよ」


しかも、それで終わりではなかった。

上空を見上げたサタンたちめがけ、今度は真正面から鋭い一射が飛んでくる。


謎の美女が放つ矢には、どれも濃い魔力が込められていた。

速度も、威力も、普通の射手とは比較にならない。


真上から降る矢。

正面から突き刺さる矢。

逃げ場を奪い、回避の意識をずらしたところへ別方向から仕留める。


それが、この美女の常套手段にして必殺技デスシャワーだった。


「ちょっ……! こ、これはやばい!」


ゾイルが悲鳴じみた声を上げながら、真上と正面から迫る矢を必死にかわす。

だが、矢にまとわりつく魔力のせいで、わずかに避けるだけでは足りない。

大きく動いてかわすしかなく、その分だけ体力を激しく削られる。


しかもゾイルは、先日の傷で血を流しすぎている。

貧血気味なのだろう。

そこへ先ほどまでの逃走劇まで重なった。

すでに体力は限界に近いはずだった。


傷は薬でふさがるが、体力の回復は時間がかかる。


「ふふ、踊りなさい。私たちの村を襲おうとする愚か者にはちょうどいいわ」


サタンめがけ、矢の雨と魔力をまとう渾身の矢が襲う。


「甘いな」


しかし、それらはサタンに一本たりとも当たることはなかった。


矢は不思議と、サタンの周囲数メートル先で突如方向を変え、獲物のいない地面へと深く突き刺さる。

まるでサタンの周りにはバリアがあるように。


目を凝らすと、サタンの周囲は霧がかったようにかすんで見える。


「な!!? どうして?」


必殺技で勝負はついた。

そう思っていたのに、サタンへ向かった矢がことごとく当たらない。

謎の美女は、その異常な光景に動揺を隠せなかった。


「なんなの、いったい!?」


自分の攻撃が、こうもあっさり防がれている。

その事実を、どうしても認めたくなかった。


美女は意地になり、再び《デスシャワー》を放つ。

先ほどよりも多くの魔力を矢にまとわせ、同じように空へ打ち上げた。

矢は宙高く昇り、頂点から死の雨となって降り注ぐ。


だが――結果は変わらなかった。


当たらない。

一本たりとも、サタンを射抜けない。


「どうなってるのよ!?」


「ふふ。さっき丁寧に解説してくれた礼に、今度は俺が教えてやろう」


サタンは余裕めいた笑みを浮かべながら言う。


「お前の矢は魔力を帯びている。だから俺は、周囲に魔力を流して“向き”をずらしていたのさ」


「……? それだけで防げるわけない!」


「ただ漏らしているだけならな。だが、俺は違う」


そう言うと、サタンは片手を軽くかざした。

その瞬間、空気がわずかに震え、彼の周囲に淡い光がいくつも浮かび上がる。


「見えやすくしてやろう」


彼の周囲に現れたのは、小さな光の粒だった。

数え切れないほどの微細な粒が、渦を巻くように高速で回転している。


サタンは、肉眼では捉えきれないほど小さな魔力の弾を無数に生み出し、自身の周囲を巡らせていたのだ。


矢が迫る。

すると、その粒が横合いからわずかに触れる。


叩き落とすわけではない。

撃ち砕くわけでもない。

ほんのわずかに。

進む向きをずらすだけ。


だが、それで十分だった。


矢は、サタンの身体をかすめることすらできず、その脇をすり抜けていく。

まるで、見えない傘が矢の雨を受け流しているかのようだった。


さらに、矢には魔力がまとわりついている。

そのぶん外側から力が伝わりやすく、横からわずかに押されるだけで軌道は容易くぶれていた。


「なるほど……」


ゾイルが思わず息をのむ。


「矢は横からの力に弱い。それを利用したのか……!」


サタンの戦術に、ゾイルは素直に舌を巻いた。


「そういうことだ」


サタンは無表情のまま、いかにも当然といった口ぶりで答える。


(……ビビったぁぁ~!!!!!)


だが、その内心はまるで違った。

サタン自身、冷や汗をかきながら必死に矢を受け流していたのである。

表情に出していないだけで、心臓はうるさいほど鳴っていた。


(われの言った通りだったろう?)


ルシファーの得意げな顔が、頭の中にありありと浮かぶようだった。

そう、これはすべてルシファーの指示である。


もちろん、先ほど美女に向けて披露した理屈も、ほとんどがルシファーの受け売りだ。

サタンはゾイルと同じく、必死に矢を避け続けていただけだった。

だがその最中、ルシファーが頭の中で冷静に告げたのだ。


矢の性質。

魔力の流れ。

そして、防ぎ方を。


サタンはそれを、無我夢中で実行したにすぎなかった。

ただし、もう魔力はほぼ空だ。

この会話でどうにか誤解を解くしか手はない。


(ほんと頼りになります。はい)


サタンはおざなりに感謝を伝える。


(サタンよ。先ほど手に入れたアントスパイダーの能力も確かめてみるか)


(それはこの場にうってつけだな。よし!)


「“粘糸”」


ねばつく糸が美女の体にまとわりつく。

美女は自由を奪われた。


さて、これで魔力は空になった。

この辺で美女が話を聞いてくれると助かるのだが……。


「うわあ、なんだこの糸~。やはりお前!! アントスパイダーの親玉だな!!」


何を言っているんだ。この娘は。

少しオツムが残念なのかもしれない。


「ゴルド族の手下と言ったり、アントスパイダーの親玉と言ったり……。なあ、この辺にしとかないか? 俺としては戦う理由がないんだけど?」


「うるさい。お前らをここで始末しないと村がめちゃくちゃになる」


「俺はお前達の村なんて知らないんだけど? 俺らが用があるのはもっと先……」


「もっと先にある隠れ里を攻め落とす前に、われらの村を占領しようということだろう!!」


どうやら、何か事情がありそうだ。

以前に襲撃でも受けたのだろうか?


「こうなったら、禁術を使うしか……」


「禁術?」


「ヨルカ!! おやめ!」


しわがれた声ではあったが、そこには強い意志がこもっていた。

声の主は、また別の人物だった。


現れたのは老婆である。

豪華な飾りを身につけているところを見るに、この土地の有力者なのだろう。

その背後には、護衛と思しき屈強な若い男が四人、付き従っていた。


「しかし、おばあ様! この者たちはアントスパイダーを引き連れてきた魔人どもです。きっと私たちの村を襲うつもりだったのです!!」


ヨルカと呼ばれた美女が、なおも食い下がる。

どうやら、その豪奢な衣装の老婆はヨルカの祖母らしい。


「それが勘違いだと言っておるのだ!! 周囲を巡回している警邏隊の話では、その者たちはアントスパイダーを炎の魔法で追い払ったとのこと。この場に焼け焦げた遺骸がいくつも転がっておるのが、その何よりの証拠じゃ」


「ぐぬぬ……」


ヨルカは言い返せず、唇をかんだ。


「それに、ゴルド族はユニコーンにまたがり野を駆ける民。馬に乗れぬ者は一族の恥とまで言われておる。騎乗できることに並々ならぬ誇りを持つゴルド族が、馬にも乗らず、敵地のど真ん中をうろつくものかい」


老婆はそこで一度言葉を切り、サタンたちをじっと見た。


「それに、その方は……ゴルド族ではない。……そんな矮小な存在ではなさそうじゃがねぇ」


「!?」


自分の誤りを完膚なきまでに指摘され、ヨルカは顔を真っ赤にした。


「だいたい、ここにアントスパイダーはおらんではないか。この方たちが追い払ってくれた時、お前はどこで何をしておったんだい?」


「それは……この者たちの後ろに、ぞろぞろとアントスパイダーがついてきているのを見て、撃退しようとしたのです。そしたら急にあたりが明るくなって、私は、その時に追跡していることを相手に気づかれたのだと思いました。案の定、アントスパイダーの何匹かが私に向かってきたので、応戦していたのです」


なるほど。

それで、俺たちがアントスパイダーを引き連れてきたのだと勘違いしていたのか。


「お前さんたち。私はこの先にある村、ワ族の族長だ。私の孫娘が大変失礼なことをしたねぇ。お詫びといってはなんだが、うちの村でゆっくりしていっておくれ。ヨルカ! あんたは反省しときなさい!」


族長である祖母に叱られ、ヨルカはしゅんとうなだれた。

先ほどまでの強気な態度は、すっかり影を潜めている。


「サタン様、いかがします?」


「招待してくれるんなら、行こうじゃないか。ばあさん、うまい飯食わせてくれるかい?」


「貴様、おばあさ……族長に向かって、その口の利き方は……!!」


サタンの無礼な態度に、ヨルカは再び食ってかかる。


「ヨルカ!!!」


だが、サタンの口の利き方を咎めたヨルカのほうが、逆に叱られてしまった。

この娘、学ばないな。


「あなたの口に合う料理があるかはわかりませんが、腕によりをかけて用意しましょう。お前たち、先に村へ行って、歓迎の準備をするよう伝えておいで」


族長の老婆は護衛の一人にそう命じると、その男はすぐさま村へ向かって駆け出した。


「では、私についてきてくだされ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ