7 旅の始まり
ぼたん鍋を腹がはちきれるまで堪能したサタンは、満足げにおなかをさすっている。
「ふひー。食った食った。こんなうまいもの食えて満足だ」
人前でなければ、今すぐにでも横になって、しあわせな気分のまま惰眠をむさぼりたいところだ。
いわゆる、ドカ食い気絶である。
しかし、助けた恩があるとはいえ客人の前。
まだ聞かなければならないこともある。
「そういえば、お前の名前をまだ聞いてなかったな」
狩人に尋ねてみる。
「あ、名乗り遅れました。私はゾイルと申します」
狩人の名はゾイルというらしい。
改めてゾイルの容姿を見てみる。
黒髪短髪、上向きの角の武骨なイメージだが、ワイルドな男前な顔だ。
「よろしくな。ゾイル。俺の名はサタンという」
するとゾイルはかしこまり、正座してこちらを向いた。
なにか自分の中で覚悟を決めたようであった。
「サタン様というのですね。あなたは私の命の恩人。あなたが望むことなら、できるだけ協力を惜しみません」
ゾイルは律儀な性格なのだろう。
俺に恩返しがしたいと、丁寧に申し出てくれたのだ。
その好意を俺はうれしく思う。
「協力感謝する。これから俺はこの魔界のうまいものやうまい酒を楽しもうと思っている。だからいろいろ教えてくれ」
「それくらいなら、お安い御用です。ところで、サタン様の望みは武器、防具ではなかったですか?」
すると、今まで黙っていたルシファーがサタンに話しかけてきた。
(そなた、武器の調達も忘れないようにな? こん棒では仕留められる獲物だって限られてくるのだから)
そういえば、そうだった。
指摘されるまで完全に忘れていたが、イノシシの魔獣には辛勝したのだった。
大型の魔獣には打撃は通用しなかった。
やはり今後は、ちゃんとした武器が必要となるのだろう。
生き残り、魔界中のうまいものを食べつくすためには、強力な武器の新調は急務であった。
料理がうますぎて、先ほどの戦いをすっかり忘れていたことを反省した。
「ああ、すまない。料理があまりにもおいしかったので、忘れていた。料理と武器屋の紹介を頼む」
「ええ、ちょうど私もケガが治り次第、里に帰る予定だったので、その際に里の鍛冶職人を紹介しましょう」
「そうか。よろしく頼む。ケガがよくなるまでゆっくりするといい」
「薬草が良く効いているので、数日で動けるようになると思います」
*
翌日。
「さて、むかうとするか」
「ええ、まさか二日で完治するとは……おかげで助かりました」
ゾイルのケガは致命傷の大けがであった。
しかし、サタンの調合薬草のおかげであっという間に治ってしまった。
「そうか? そんなもんだろ?」
サタンは普通だろ?と言いたげだ。
「いえ、正直言うと、動けるまで少なくとも二十日は必要かと思っていたので……」
ゾイルは料理している時も、怪我のわりに調子が良すぎることが気になっていた。
「ふーん、まあ早く治ることはいいことだし、問題ないな」
「それはそうなのですが……」
ゾイルは思う。
この薬草があれば、魔界の種族間の戦争がひっくり返ると。
重傷のケガでも二日あれば、戦線に復帰できるのだ。
この調合薬草の存在は秘密にした方がいいと、ひそかに心に誓った。
森の中を歩いて二時間。
それにしても腹が減った。
理由は思い当たらないのに、胃の奥が落ち着かない。
何かを求めているようで、しかし何が欲しいのかは分からない。
ただ、空っぽだという感覚だけが、じわじわと意識を占領していく。
「ところで、何か食い物もってないか?」
「ああ、それならイノシシ肉の燻製があるのでどうぞ」
「うまそうだな」
布に包まれたイノシシ肉の燻製は、燻煙をまとって色を深めていた。
表面は赤褐色に締まり、脂の縁がわずかに艶を帯びている。
鼻先をくすぐるのは、獣肉特有の野性味に、木の煙の甘苦さが重なった香りだった。
噛みしめると、まず燻製の香ばしさが広がり、続いて濃い肉の旨みが舌に残る。
クセは思ったほど強くなく、脂にはほのかな甘みがある。
噛むほどに野性のコクがにじみ出て、塩気と煙の余韻が長く続いた。
「うまい。燻製というのか。ほんの少しクセもあるが、これもありだな」
「なかなかイケるでしょう? 今回の燻製は結構自信作でして」
ゾイルも自作の燻製をほおばり、満足そうにうなずく。
燻製にすることで、肉は腐らず、保存がきく。
旅人には不可欠の常食だ。
サタンはひとまず胃の中に食物を入れたことで、落ち着きを取り戻す。
先日の料理の味を知ってから、食に対しての欲望が強くなっている気がする。
サタンは自身の中の変化を感じるも、とりあえず置いておこう。
「サタン様は生まれはどちらの方なのですか?」
ゾイルはサタンと話をした。
「うまれ? 俺は物心ついてからほとんど一人で生きてきたからな。詳しいことは知らない。たぶんこのあたりじゃないか? ついでに言うと、見た目はこんなだが、この世界に生まれて、そんなに時間がたってない」
「なんと、今まで一人で。では、薬学の知識は誰から?」
「なんでも、生まれてすぐに旅の者が俺を見つけてくれてな。薬学の知識は旅のじいさんからだ。なんでも探し物しているとのことだったが、気まぐれで一時期育ててくれた。生きていくのに必要だろうってことで教え込まれた。短い間だったが、楽しい思い出だったよ」
サタンは思い出を懐かしむようにそう言った。
謎のおやじだったが、サタンに薬草の知識や、小さな魔獣の捕まえ方など、生きていくうえで必要な知識を教えてくれた。
料理は教えてくれなかったがな……。
結局、あのじいさんが何者なのか、そして何を探していたのかはわからなかった。
俺が一人で最低限の生活が出来るようになってからは、再び旅に行ってしまった。
「だから、正直言って魔界のことはあまり知らないから、できればいろいろ教えてくれ」
「わかりました」




