策を寄越せ
とある王の口癖は彼の強みと弱みを端的に表している。
「策を寄越せ」
王は武力に秀でていた。
また兵の統率にも優れていた。
だが、知恵や知識に欠けていた。
よーするに脳筋のアホなのである。
「策を寄越せ」
だからこそ、彼は常に周りに知恵を求めているのである。
その点において彼は賢かったと言える。
いや、賢くはないけど、何というかマシだったと言えなくもないかな、と。
「献策いたします」
王に献策をするのはいつだって彼の親友である女性。
彼女は元は従国の姫だった。
かつて、彼女の国は若き王の絵に描いたような脳筋っぷりに目をつけて反乱を起こしたのだ。
その結果、猿の方がまだ知恵があると馬鹿にしていた脳筋に負けるという微笑ましい結果に終わっている。
王は首謀者である従国の王に相応の罰を与えてその首を晒した。
だが、それ以上は何もしなかった。
何せ、脳筋な上にアホなので『兵士たちはただ首謀者に逆らえなかっただけ』という当然でありながらも「だからと言ってそのまま無罪放免は違うようね」という必ず到達しなければいけない結論に辿り着くことが出来なかったのだ。
ここまで行くと慈悲深いというよりただのアホである。
元々アホなので救いようのないアホにレベルアップしたと言えなくもない。
さて、王が後に親友となる従国の姫と出会ったのは自らの国へ戻ろうとした折だ。
従国の王……の息子である新王が服従の証として妹である姫を差し出したのだ。
早い話が人質だ。
王は救いようのないアホなので「姫には自国で健やかに生きてほしい」などと意味の分からないことを口にしたが、その言葉に対し姫は微笑みながら言葉を返した。
「そちらの国の事を学びたいのです」
「あまり変わらないと思うぞ」
「私にはそうは思えません」
「いや、マジで何も変わらんって」
「私は無知ですので些末な違いさえも魅力的に思えるのです」
「でも、絶対この国で過ごした方が……」
そこまで言った時に姫は穏やかな表情のまま近づいてきて小声で言った。
「……陛下は政治という言葉をご存じでしょうか?」
後に姫は「この時は首を刎ねられる覚悟であったし、何なら刎ねられた方が色々嬉しかった」と語っていたが幸いなことに王はアホなのでよく分からないままに姫を受け入れることにした。
王の国へやって来た姫は王が如何に脳筋であるかを三日の内に知った。
そして、それを悟ったが故に姫は王の唯一になることを決めたのだ。
そうすればようやく人質として王は価値を見出すだろうと思ったから。
しかし、王は姫の予想を超えるアホだった。
日常の些事から国の大事まで。
彼はいつだって行き当たりばったりだ。
見かねた姫はそれとなくアドバイスを一度したところ王は子犬のように喜んだ。
そして、それが良い方向へ転がるとさらに尻尾があれば千切れんばかりの勢いで喜んだ。
王はそれから事あるごとに姫へアドバイスを求めるようになった。
「これこれこう言うわけなんだけど、何か良い案はない?」
「これをあれしてほれほれほれで良いんじゃないでしょうか」
「なるほど!!!」
始めの頃こそ姫は自国に被害が向かわぬように遠回しに献策をしていたが、やがて一つの事に姫は気づく。
「陛下。よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「陛下は私が裏切るとはお考えにならないのですか?」
「え? 友達が裏切るとかって普通は考えないだろ?」
王のぽかんとした表情を見て姫は頭を抱える。
「友達でもあっさり裏切るのが政治です」
「じゃあ、親友になれば良いか?」
「……そうですね。その通りだと思います。流石陛下は聡明です」
「もしかして今、バカにした?」
「もしかしなくても馬鹿にしてますよ。ずっと」
姫は首を刎ねられることを期待したが予想通り首は定位置を動きはしなかった。
「とりあえず、今後は私に知恵を求める時は『策を寄越せ』と言ってください」
「え、なんで?」
「王とはどっしりと構えておくべきものですから」
「いや、でもそんな強い言葉を使うのは……」
「国に帰ってもいいんですよ。陛下には本当に人質なんていらないって分かりましたから」
姫の核心を突いた言葉を受けて王は渋々従った。
これが五年前のことである。
*
五年後である現在。
王は相変わらず姫に策を求め続けていた。
姫は姫で相変わらず王へ献策を続けている。
一時は上手く王を操作して良からぬことを考えた時期もあったが存外この役割が気に入ってしまったのだ。
そんなあくる日。
王に呼ばれた姫はただならぬ気配に一瞬で全てを悟った。
「策を寄越せ」
「陛下。何の策でしょうか」
姫の言葉に王は息を詰まらせる。
アホなりに考えた予想図ではこの返しはなかったのだ。
「お前の国と未来永劫仲良くするにはどうすればいい」
「定期的な人質を求めるのが最良かと。兄の子供ももう大きくなりましたし」
虚を突かれたような顔になる王に姫は呆れた。
もし、このまま遠回しの言葉を続けるのであればその全てに付き合う覚悟が姫にはあったのだ。
「人質では窮屈だろう。君の甥は君ほど賢くもなければ肝も大きくはない」
「窮屈? 従国からの人質にはそのような事を考える必要はありません」
「何故だ?」
「それが役目ですから。私もまたどれだけ窮屈でもこうして耐えておりますし」
「え? 君、窮屈さを感じてたの!?」
「陛下。言葉遣い」
「あっ、うむ」
「まったく。先が思いやられます。私が帰国したらどうなることやら……」
「え!? 帰っちゃうの!?」
姫は心底呆れた。
せっかく、このアホのために会話を無理やり戻したっていうのに。
「陛下が止めないのであれば私はいつでも帰国をしたいと思います」
「え。えっ、えー……ごめん。そんなに窮屈だった?」
……もういっそ本気で帰ってやろうか。
そんなことが割と冗談抜きに心に去来する中で姫は言う。
「指輪の大きさが窮屈でないのを願うばかりです」
「あっ? いや、そんなはずは……」
きょどりだす王に姫は頭を抱える。
政治的にも、心情的にもここで断るはずないんだから、とっととそれ渡してくれないかな。
「陛下。お言葉ですが」
「はっ。はい」
「女を口説く策くらいはご自分で考えてほしいものです」
王は赤面するばかりだった。
――姫もまた同じであったのは語るまでもない。




