day.8
俺と浩二、それに冬悟の3人で並び、同じ授業を受けているなんて、一体どうしてこうなった。
普段なら、寝不足を取り戻すべく、先生の声をBGMに惰眠を貪るというのに、隣に冬悟がいるんじゃ、寝ることなんて許されない。
というか、緊張して、寝れねぇ!
ちらっと冬悟の方を盗み見ると、ぼうっと黒板を眺めていた。
その横顔は、やっぱり俺達よりも、大人びている。
何だか、変な感じ。
絶対に同じ学生になる筈のないヤツと、一緒に講義を聞いているのが不思議で、だけど、新鮮で。
本当に同じ歳になったんじゃないかって、錯覚に陥りそうになる。
もし、今、冬悟が同じ歳の同じ大学生として、俺達が出会っていたなら、どうなっていたんだろう。
……きっと、こんなことには、ならなかっただろうな。
そんな妄想をしながら、頬杖をついて、その横顔をじっと見つめる。
すると、冬悟は俺の視線に気付いてしまったようで、軽くこちらに視線を投げてきた。
「どうした?」
しまった、見過ぎちまった。
まさか、冬悟の横顔を見てました、なんて言える筈もなく、咄嗟に言い訳を考える。
「あ〜、えっと、その、ここ!ここがわかんなくて!冬悟ならわかるかなぁって。」
へへっと誤魔化すように笑うと、呆れられてしまった。
「…まだ講義中だ。後で教えてやるから、ちゃんと授業を聞いてろ。」
「はぁい。」
前に向き直ると、冬悟とは反対側の机がカタカタと小刻みに震えている。
何だ?と思い、今度はちらっとそっちを横目で見ると、浩二が肩を震わせて、必死で笑いを堪えていた。
………。
そんな浩二の足を、見えないように机の下で、げしっと軽く蹴ってやる。
すると、浩二からげしっと蹴り返され、俺達は何度も、水面下で足の蹴り合いをしていた。
漸く、地獄からの解放の合図が、教室に鳴り響いた。
「やっと終わった〜!」
ん〜っと伸びをした俺の横で、ガタッとすぐに冬悟が席を立った。
「もう帰るのか?」
「何度も言わせるな。もうここに、用はない。」
「そっか。今日はサンキューな。また家で。」
冬悟はここにいないのが当たり前の筈なのに、何故だか寂しくなってしまった。
今日の俺、おかしいな。
「え、もう帰るんスか?今からお昼ッスよ?諏訪さん、せっかくなんで、お昼俺らと一緒に食べていきましょうよ!」
まさかの浩二が、2度も冬悟の前に立ちはだかり、出ていこうとするのを阻止する。
コイツ、今日はどうしちまったんだ?
珍しく浩二がしつこくて、内心で戸惑ってしまった。
もしや、浩二も、この座を狙ってんのか!?
「いや、だから、俺はもう帰る。」
さすがにイラッとしたらしい冬悟は、そこを退けといわんばかりに、目を細めて浩二を睨みつけた。
「ね?偶にはいいじゃないッスか。」
一瞬、浩二と冬悟の間に、バチッと火花が散った気がした。
2人の間に、ただならぬ雰囲気を感じて、オロオロとしながらも、止めに入る。
「ちょっ、どうしたんだよ!?浩二、帰らせてやれよ!」
「瀧本く〜ん!」
そんな中、空気を読まない女子達が、わらわらとこちらに向かって、大人数でやって来た。
「な、何?」
こんな人数の女子、いや、人に囲まれたことがない俺は、感じたことのない圧の強さに、狼狽える。
こ、怖ぇ……。
「その人瀧本くんのお知り合い〜?」
その人とは、恐らく冬悟のことだろう。
女子達の視線が、熱くそう語っている。
「えっと、コイツは俺の」
「従兄弟です。いつも純也がお世話になってます。」
夫と言おうとした俺を遮って、突然割って入ってきた、冬悟の“従兄弟”発言に耳を疑った。
「そうなんだ〜!従兄弟さんなんだ〜。そりゃ仲良しだよね〜!どこの大学に通われているんですかぁ〜?」
営業スマイルを張り付けて、聞かれた質問全てに、嘘で答えていく冬悟を目の当たりにし、愕然とした。
それに、いつもみたいに、冷たくして、振り払ったりもしない。
……やっぱり、女の子の方が、いいんじゃねぇかよ。
モヤモヤした気持ちが心に溜まっていき、堪らず、ぐいっと強く冬悟の腕を掴んだ。
「ちょっ、ごめん。冬悟、おばさんから電話きた。から、こっちに来て。」
まだまだ質問攻めをしたい女子達を掻き分け、グイグイと引っ張っていく。
人気のない場所まで連れて行くと、パッと離して冬悟に向き直った。
「ちょっ、お前、嘘吐き過ぎじゃねーか!?それに、何で俺の従兄弟なんて、嘘吐いたんだよ!?」
「…わざわざ他人の“おもちゃ”にされにいく馬鹿が、どこにいるんだ?」
既に無表情に戻っていた冬悟は、冷たく俺を見下ろした。
「ど、どういうことだよ?」
言われた意味がわからず、困惑している俺を見て、やれやれという風に、はあっと溜息を吐かれる。
「…アイツらに真実を話す必要は、どこにもないだろう?それに、学生結婚をする人は、そんなに多くはない。結婚したと噂になれば、周りは面白がって、相手は?だの、結婚生活はどう?だの、根掘り葉掘り聞いてくる。それに馬鹿正直に答えていたら、SNSのネタとして、格好の餌食になるだけだ。根拠のない噂や悪意のある嘘を書き込まれて、お前は今の生活を送れなくなるぞ。」
言われてみれば、確かにその通りかも。
そこで初めて、冬悟が嘘を吐きまくった意味を、理解した。
「じゃあ……俺のために?」
「俺の為でもあるがな。」
ふうっと息を吐き、ゆっくりとこちらに近づいてきた冬悟は、ぽんっと俺の頭に手を置いた。
その大きな手が触れた場所から、じわっと温かくなっていく。
「お前は苦手だろうが、嘘を吐くことも時には必要だ。処世術を身に付けろ。」
コイツの手って、優しかったんだ。
同じように頭を撫でられているのに、さっきとは違い、今はほっとする。
………?
自分の心の筈なのに、感じたことのないこの気持ちに戸惑う。
俺、変なの。
「…あのさ、1つだけ確認してもいい?」
今回の嘘は、俺を守ってくれるためのもの。それはわかったが、どうしてもモヤモヤが晴れないことがある。
「何だ?」
「その…俺が男だから、夫夫だって認めたくなかったわけじゃないよな?」
俺と夫夫なのが嫌なのか?
その質問をした後、暫しの間、2人の間に痛い沈黙が流れた。
ヒューッと乾いた風が、時々吹き抜けていく。
やっぱりそうなんだ……。
俯きかけたその瞬間、俺の頭に置いていた手に、ぐぐっと力が込められる。
「イテテテテテテテッ!!」
ミシミシッと食い込む指が痛過ぎて、人の頭をボールの様に掴むその手を、バシッと振り払う。
ジンジンと痛む頭を摩りながら、冬悟をキッと睨みつけた。
「痛ぇつってんだよ、クソが!何すんだよ!?」
「いい加減、その頭を起こせ。今までの流れで、一体どうやったら、そう解釈できたんだ?」
呆れた眼差しで睨み返され、うっと言葉に詰まる。
「いや、だって!俺が妻なのが、嫌なのかなぁって思って…。」
何言ってんだろ、俺。
変なことを口走ってしまった自覚はある。
段々と恥ずかしくなってしまい、最後の方はもごもごと口籠ってしまった。
だけど、冬悟は容赦しない。
「お前は、俺の話をちゃんと聞いていたのか?それに、俺達のこの関係で、それを気にする必要がどこにある?」
そうだ。
俺達は、契約結婚だ。
本当に結婚しているわけではないのだから、こんなことはどうでもいいことの筈だ。
なのに、何で俺、こんなにモヤモヤしていたんだろう?
何で、コイツに、認めてもらおうとしたんだろう?
……違う、俺は今日、寝不足なんだ!
「うおーっ!もう考えられねー!!」
急に頭を抱えて叫び出した俺に、さすがの冬悟も、ビクッと肩を跳ねさせた。
そんなことをしていると、ひょこっと誰かが、ここに顔を覗かせてきた。
「お〜、いたいた〜。お2人さん、さっさと学食行こーぜ。」
「浩二!無事だったのか!?心配したんだからな~!」
すっかり忘れていたが、浩二をあの場所に、置き去りにしてしまっていた。
どうやら、俺達を探して、追いかけて来てくれたようだ。
そんな浩二の元に、タタッと駆け寄る。
「いや、お前、絶対俺のこと忘れてただろ。あの後、お宅らのフォロー大変だったんだからな。感謝してもらいたいくらいだわ。」
「浩二、サンキュ〜!マジ助かる!」
ギクッとしたのを誤魔化すように、ガバッと浩二に抱きつこうとしたが、途中でおでこを掌で押さえられ、抱きつきキャンセルされた。
まぁ、俺もガチでする気はないけどさ。
そんなに嫌がらなくても、いいんじゃね?
ムキになってジタバタと抵抗すると、浩二はニヤッと口角を上げた。
「ったく、調子いいヤツ。ほら、諏訪さんも、俺にこの借りを返すってことで、一緒に行きましょ。」
「…わかった。」
浩二がまさか、冬悟をやり込めるなんて!
コイツ、意外とやるな!?
ただ、どうしてそんなに冬悟を引き留めたいのかは、俺にはわからないが、どうやら今回は、浩二の粘り勝ちのようだ。
今日は渋々承諾した冬悟と3人で、食堂へと向かうことになった。
多くの学生でザワザワと賑わう食堂で、4人席が1つだけ空いていた。
誰かに取られる前に、そこをダッシュで確保しにいき、無事に腰掛ける。
「なぁ、何食う?」
隣に座る冬悟にもメニューを見せながら、真剣にそれを見つめる。
「…お前ら2人共、今日は俺が出してやるから、好きなものを頼め。」
「マジ!?」
思わずそう反応したが、俺はいつも出してもらっているから、普段と変わらない。
「諏訪さん、あざっス!!」
じゃあ遠慮なくと、俺と浩二は、食べたいメニューを何品か決めていった。
「冬悟は?何がいい?」
ひょこっと冬悟の顔を覗き込むと、俺はいいと言いかけたようだが、すかさず浩二がそれを遮る。
「ここのカレー、美味いッスよ!」
浩二の押しの強さに、冬悟もどうやら根負けしたようだった。
「…では、カレーでいい。」
漸く頼んでくれた冬悟に、ニッと笑いかける。
「わかった。じゃあ、買ってくるな!」
「なぁ、俺のも一緒に買ってきて〜。今ならお前の借りは、これでチャラでいいぜ?」
さっきの、俺にも貸しになってたのかよ!?
今断ったら、次のお願いは、かさ増しされちまう!
「わ、わかったよ!行ってきたらぁ!」
みんなの物を注文しに、ガタッと席を立った。




