day.62
あの後すぐ、今度は美代子さんが運転する車に乗せられ、今に至る。
あれ?
何でこんなことになってんだ??
「あの、美代子さん……?」
遠慮がちに、助手席から話しかける。
「何かしら?」
「あの、こ、これは一体……?」
「あたくしのお力を貸して欲しいと仰ったのは、貴方でしょう?お若いのに、先程の言葉を、もう忘れまして?」
確かに、ばあさんに力を貸してとは言ったけど、思ってたのと違う気が……?
だけども、美代子さんは本気のようで、車だけが、行き先の見えない道をどんどん進んでいく。
「あたくしの見立てでは、貴方は頭をお使いになるのが苦手でしょう?」
えっ?
何だ?
また悪口かよ??
「…だけれど、貴方のその爆発的な行動力だけは、あたくしも評価しているわ。」
?
何が言いたいんだろう…?
「だから、貴方は実際にご覧になれば、いいだけのことよ。」
美代子さんの言いたいことがわからなくて、頭を悩ませていると、突然、車はゆっくりと停まった。
はっと目の前を見ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「冬悟!!??」
よく見るとここは、冬悟の会社前のだった。
目の前には、沢山の人集りができていて、その中心に冬悟がいた。
「諏訪さん!ぜひとも我が娘と、一度お会いしてもらえないかな?絶対気に入るよ!」
「諏訪様!今日はクッキーを焼いてきたの!ぜひお食べになって!」
「僕は男だけど、それでも貴方とは毎日お会いしている!これって、もう運命だよね!?」
人々が好き勝手言って近づこうとするのを、冬悟の周辺を囲む数名のボディーガード達が阻止している。
なんじゃこりゃ!?
もう、芸能人レベルの騒ぎになってんじゃねーか!!??
冬悟自身は、無表情の無反応を貫いており、全ての人を、自身の視界から完全にシャットアウトしているように見えた。
久しぶりに見たその鉄壁の無表情に、ズキッと心が痛む。
……せっかく、最近冬悟の表情のレパートリーが増えてきたってのに!
俺の冬悟の感情を奪うな!!
居ても立ってもいられなくなって、急いでシートベルトを外す。
「美代子さん、ここまで送ってくれてありがとう。」
「いいのよ。あの子を追放したあたくしにできることは、ここまでだから。…純也さん、あたくしに言った言葉、忘れないでちょうだいね。そして、冬悟さんを……助けてあげてちょうだい。」
ニッと笑って、車のドアを開ける。
「もちろん!任せとけよな!」
冬悟、今行くから、待ってろよ!
そのまま勢いよく飛び出し、愛する人の元へと走っていった―。
今までの俺なら、こんな人混みに飛び込むなんて考えられなかっただろう。
だけど、今は無我夢中に、冬悟に群がる人集りを、もみくちゃになりながら掻き分けて進んでいく。
そして、その中心にいる人物を、漸く視界に捉えることができた。
「冬悟!」
あともう少し―!
しかし、伸ばした手を、ボディーガードに振り払われてしまう。
「邪魔すんな!どけよ!!」
凄い剣幕で睨みつけると、一瞬そのボディーガードが怯んだ。
その隙をついて、ソイツの脇をすり抜け、ダッと駆け寄った。
「っ…冬悟!!」
ガッと腕を掴んだ俺の方を振り返った冬悟は、凍てつくような冷たい眼差しで睨みつけてきた。
しかし、俺だと認識した途端、みるみると驚いた表情に変わっていく。
「純也…!?お前、何故ここに……?」
「アンタを助けに来た。」
「は?いいから、もう帰」
冬悟の言葉を最後まで聞く前に、すぅーと大きく息を吸い込む。
そして、周りにいる人全員に聞こえるように、馬鹿デカい声で叫んだ。
「テメェら、冬悟に触んじゃねぇ!冬悟は、俺のモンだ!!妻である、この俺のな!!」
さっきまでの喧騒が嘘のように、周囲はしんと静まりかえった。
そして、今度はざわざわとどよめきだす。
「えっ?妻??」
「諏訪さんって、独身じゃないの?」
「でも、あの子って、従兄弟じゃなかったっけ?」
口々に話し出す人々を、再度黙らせるため、もう一度高らかに宣言する。
「だから、俺は従兄弟じゃねぇ!!俺は妻だ!冬悟の妻なんだよ!!」
そう叫んだ後、後ろから首根っこをぐっと掴まれた。
「ゔっ!」
「馬鹿か、お前は!ちょっとこっちへ来い!」
珍しく、焦ったように怒号を飛ばしてきた冬悟に、そのままずるずると引きずられそうになるのに抵抗し、その手をぱっと払う。
「嫌だ!」
このままだと、何もできずに、ただ帰らされちまう…!
「純也、いいからこっちに」
振り向くと、必死な眼差しで俺に手を伸ばす冬悟と目が合った。
あぁ、いつもこの手が、その瞳が、俺を守ってくれてたんだよな。
だから、今度は俺が―。
その瞳に、大丈夫だというように、ニカッと笑いかける。
「心配すんなよ!俺が、冬悟を守ってみせるから!」
だが、前を向いた途端、こちらに向かって押し寄せてくる群衆と、ボディーガードの手が俺に迫ってきた。
クソッ、避けきれねぇ……!
「っ……!」
だけど、次の瞬間には、後ろからぐいっと強く腕を引かれ、温かな腕の中に閉じ込められる。
目の前の手は、空だけを掴んでいった。
「…悪いが、コイツには手を出すな。コイツは俺の大事な……妻だ。」
低く唸るような声で威嚇され、殺気立った視線で睨まれたボディーガードは、ヒッとすぐにその手を引っ込め、迫ってきていた人々も、ピタッと止まった。
もう離すまいというように、強く抱き締められ、俺の背中がじんわりと温かくなっていく。
だが、背から伝わってくる心臓の鼓動が、いつもより速く、ドキドキしていた。
「…もう後戻りはできんぞ。」
そっと耳元でそう囁かれ、冬悟の方に振り向いた。
すると、本当にいいんだな?という視線が、俺に向けられている。
その目をじっと見つめ返し、ニッと口角を持ち上げた。
「もちろん。俺はもう、ずっと前から、覚悟できてるぜ。」
数秒間、冬悟と見つめ合う。
この時間だけは、何故だか、周りの喧騒も、風の音も、何も聞こえなかった。
ただ俺と冬悟の、たった2人だけの世界で、互いの意思を、無言で確かめ合った。
―きっと、俺の気持ちは伝わった筈だ。
そっと目を閉じて、もう一度ゆっくりと目を開けた冬悟は、ざわつく群衆に向けて、はっきりと言い放った。
「コイツは…純也は、さっき言った通り、俺の妻だ。俺の妻は、世界中で唯1人……純也だけだ。」
その瞬間、周囲からは、悲鳴が上がった。




