day.61
「……なるほど、それで私のところに、連絡をくださったのですネ。」
俺は、今何故か、周さんの運転する車に乗せられている。
どこに向かっているのかもわからないまま、車はどんどん走っていく。
昨日思い付いた通り、今朝、周さんに、“最近、冬悟の周辺で、何か変わったこと起きてないですか?”って、メールで聞いてみた。
すると、爆速で返事が返ってきたかと思ったら、“今日の15時に、ここで待ち合わせでお願いします”という本文と、地図だけが送られてきたのだ。
俺の今日の授業は、確かに、その時間までには余裕で終わっているし、待ち合わせにも充分間に合う。
こんなに絶妙な時間指定、スゲぇなと思いながらも、“よろしくお願いします”と返信した。
そして、時間になり、待ち合わせ場所に向かうと、あれよあれよと車に乗せられ、今に至る。
「うん。なぁ、周さん、何か知ってることないかな?」
そうですネ、と一呼吸置いてから、周さんは口を開いた。
「一言で申しますと、今、社長にはモテ期が到来していまス。」
「はぁ!?も、モテ期だって!!??」
驚きのあまり、運転席に身を乗り出しそうになったが、なんとか座り直す。
ま、まさか、俺以外に、愛人でも作る気なのか!?
ぐるぐると悪い思考に入っていこうとする俺に、周さんが待ったをかけた。
「恐らく、想像されているような、可愛らしいものではなく、恐怖のモテ期ですヨ。」
「恐怖のモテ期??」
聞き慣れない言葉に、きょとんとしていると、周さんはニコッと微笑んで頷いてみせた。
「はい、トラウマ級でス。会社への出入りの際にはストーカーレベルの待ち伏せ、行き帰りは、家が特定されないように、毎回撒かないといけませン。まぁ、社長の運転技術でしたら、大抵の人は撒けますヨ。そして、会社の郵便受けは、ラブレターでパンパン、メールも同じ内容のものがびっしり、そして、電話も引っ切りなしでス。」
聞かされたその内容に、背筋がゾッとした。
そんなの、俺ならとうの昔に、精神病んじまってる!
「だ、誰だよ!そんなことするヤツ!」
怒りに任せてそう叫ぶも、周さんは静かに首を横に振った。
「お1人ではありませン。ほぼ全て、別の方でス。」
「はぁ!?全員、別のヤツだって!!??」
理解の範疇を超えた事態に、流石の俺も、深く考えることをやめた。
何で、何も教えてくれないんだ?
何で、独りで耐えてんだよ?
だけど、その答えは、今の俺ならはっきりとわかる。
だからこそ、悔しい。
「何で、そんなことになってんだよ!?」
俺の質問に、珍しく周さんは答えなかった。それと同時に、車が静かに停まる。
ん?
「残念ですが、私の口からは、これ以上は申し上げられませン。ですので、こちらの方に、直接聞いてみてくださいまセ!」
さぁさぁ!と降ろされた先は、なんと、冬悟の実家の目の前だった。
「あの…?周さん……?」
「大丈夫ですヨ!」
何が大丈夫なのだろうか。
「それに、私よりもこの方の方が、ご事情をご存知だと思いまス。」
そして、俺の決心がつく前に、勝手にドアのチャイムを押した周さんは、颯爽と1人で車に乗り込んだ。
「えっ!?あの、周さん!?」
「では、奥サマ、がんばってくださいネ!」
爽やかに手を降って消えていった周さんを、ぽかんと眺めていたら、後ろから、嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
「誰かと思えば、貴方、冬悟さんの従兄弟の方じゃない。あたくしに何か用かしら?」
久しぶりの威圧感に、ビクッと肩が跳ね上がる。
「あっ、えっと、その」
心の準備なんて、全くできていなかった俺は、挙動不審になってしまった。
蛇に睨まれた蛙のように、ぷるぷると小刻みに震えていると、周りをしきりにきょろきょろと見回した美代子さんは、突然、俺の首根っこを、思いっきり引っ張った。
「ぐえっ!」
「用があるなら、さっさと入りなさい。ほら、早くなさい!」
そのまま、ずるずると屋敷に連れ込まれ、為す術もなく、もう一度この人と対峙することになってしまった。
「……それで、あたくしのところに、わざわざ、お1人でやって来られたの?ハッ、相変わらず、図々しいったら、ありゃしないですこと。」
目の前で、息を吸うように嫌味を吐いてくるこの人と向かい合うこと約2時間、げんなりしながら、冷めてしまった目の前のお茶に口を付ける。
「ばあさん、あのさ」
「あたくしは、貴方の祖母になったつもりはありません!」
「………美代子さん、あのさ」
このばあさん、今日は暇だったのかな。
あの後、話し出したら止まらない美代子さんに付き合っていると、気付けばこんなにも時間が経ってしまっていた。
「さっきも聞いたんですけど、ここ最近、冬悟の様子がおかしいんだ。何か心当たりとかない?」
すると、何が可笑しいのか、着物の袖で口元を隠しながら、クスクスと笑い始めた。
「どうして、それをあたくしに聞くのかしら?どうせ、冬悟さんから教えてもらえないのでしょう?信用されてないのねぇ。それとも、従兄弟の貴方には、関係ないからかしら?」
このクソバb…。
言いたい放題言いやがって!
机の下で、ぐっと拳を強く握り締め、爆発しそうになるのを堪える。
「………前にも言いましたけど、俺は従兄弟じゃなくて、妻なんで。それに、この間は変な情報をいただいたおかげで、大変だったんスからね。」
文句を言ってやっても、美代子さんは涼しい顔をしている。
「あら?でも、それはあたくしの所為ではなくってよ。あたくしはただ、“勘違い”をしただけですし、それを鵜呑みにしたのは、貴方でしょう?」
コイツっ!マジでムカつく!!
確信犯だって、わかってんだからな!
だけど、嫌味合戦では、俺に勝ち目はない。
「………ソーデスネ。でも、お陰様で、冬悟との愛が深まったんで、もういいですけど。」
負け惜しみで、なんとか口撃すると、キッと強く睨みつけられた。
内心ではヒッとビビりながらも、それを、ふふんと得意気な顔で躱す。
「それに、信用されてないわけじゃないよ。冬悟は優しいから、きっと俺を守ろうとしてくれてるんだ。」
美代子さんは、呆れたという顔をして、やれやれと首を横に振った。
「あらまぁ、ちょっと自意識過剰じゃなくて?あの冬悟さんが、そんなわけないじゃない。」
「そんなことないよ。」
そうはっきりと答えた俺を、美代子さんの冷たい目が、じっと見据えてくる。
この瞳、昔の俺なら狼狽えていたかもしれないけど、今は全然怖くない。
寧ろ、この人は―。
「俺、今ならちゃんとわかるから。だからこそ、冬悟が潰れてしまわないように、俺が支えたいんだ。」
揺るぎない気持ちを胸に、じっと見つめ返すと、美代子さんは、より厳しく目を細めた。
「……貴方如きに、一体何ができるっていうの?結婚の発表1つもさせられないような、半端な覚悟しかない貴方に。冬悟さんを支えるだなんて、とてもじゃないけど、無理だわ。」
だけど、俺は、そう冷たく言い放った美代子さんから、一切目を逸らすことはしなかった。
「………確かに、前の俺なら、無理だって逃げ出したと思う。でも、冬悟は俺を選んでくれた。妻は俺だけだって言ってくれた。だから、俺も決めた。アイツと生きるって、決めたから!アイツが俺を支えてくれるように、次は、俺が冬悟を支えてみせる。」
ほんの僅かな時間、俺と美代子さんは、無言で見つめ合った。
時計の秒針だけが、カチカチと動いている。
張り詰めた空気の中、先に動いたのは、美代子さんだった。
彼女は安心したように、柔らかくその目を伏せた。
そんな美代子さんの表情は、初めて見た。
ちょっとだけでも、認めてもらえたような気がして、口元を綻ばせてしまう。
「……少しはまともになったようね。ちょっとだけお待ちなさい。」
そう言って、美代子さんは、奥の部屋へと消えていった。
すぐに戻ってきた彼女の手には、何やら紙が大量に入った紙袋が提げられていた。
何だろう?
それを、乗っているお茶をひっくり返す勢いで、ドンッと卓袱台の上に置いた。
「はぁ〜重たいわ。これはほんの一部よ。さぁ、中身をご覧になって。」
促されるまま、恐る恐る紙袋の中を覗くと、それらは全て手紙だった。
な、何だこの量!?
1番上に乗ってある手紙を手に取ると、それは冬悟宛のものだった。
自分宛てじゃない手紙を見るのは気が引けるが、既に開封されているため、そっと中の紙を取り出して、目を通す。
すると、そこに書いてあった内容は、冬悟への結婚の申込みだった。
「な、なんじゃこりゃ〜〜〜!!??」
別の手紙を確認するも、どれもこれも同じような内容ばかりだ。
しかし、差出人だけは、全部違っていた。
恐怖のモテ期、マジだったんだ!!
このあり得ない事態を目の当たりにして、思わずひっくり返るかと思った。
「ぜひ、我が娘と一度お会いして?貴方以外の殿方と結婚する気はありません?昨日も貴方をお見かけしました、これはもう運命ですね?はぁ!?もしかして、これ全部……?」
引き攣った顔で振り返ると、美代子さんはふぅっと疲れたように頭を抱え、頷いた。
「そうよ。これぜ〜んぶ、冬悟さんへの求婚の手紙なの。でも、これだけじゃないわ。まだまだ沢山あって、もう1部屋では足りなくなってきたの。ほんと、困ったものよ。」
1部屋って、この馬鹿デカい家の1部屋だろ?
そのえげつない量にゾッする反面、全部燃やしてやろうかとも思ってしまう。
呆気にとられている俺の目の前に、美代子さんはよいしょと座り直した。
「こうなった発端は、冬悟さんと小百合さんの婚約解消が、バレてしまったことよ。どうやら、小百合さんと今の彼氏のデートを目撃されてしまったみたい。」
今の彼氏って………。
こ、浩二〜〜〜!!!
内心で、盛大に頭を抱える。
だけど、パレちまったのは、もう仕方ない。
「冬悟さんが今疲弊している理由、これで理解できまして?あたくしの家には、手紙だけじゃなく、お電話も引っ切りなしに頂くの。時々、直接来られることもあるのよ。冬悟さんの会社にも、同じようなことがあるんじゃないかしら。」
周さんからさっき聞いた話によると、会社でも大変みたいだもんな。
冬悟……。
「あのさ、冬悟宛にこれだけ来てるってことは、小百合さんのとこも同じなのかな?」
「だと思うわよ。両家とも、今はてんやわんや!」
なるほどな。
後で浩二にも連絡しとくか。
美代子さんが俺を真っ直ぐに見てくる。
それで、貴方はどうするの?
その視線は、そう問いかけてきている気がする。
それに目を逸らすことなく、ニッと笑ってみせた。
「美代子さん、心配しないで。アンタの孫は、俺がちゃんと幸せにしてみせるから。だから、俺にちょっとだけ、力を貸して―?」




