day.58
とうとう、最後の仕事が終わった。
あの後は、特に何もやらかすことはなく、無事にやり遂げることができた。
更衣室で着替え終わった後、みんなに挨拶をして回り、残すは大林さんと川崎先輩だけとなった。
「あ!大林さんと川崎先輩!」
2人が一緒にいるところに、タタッと駆け寄る。
「おう、瀧本。お疲れさん。」
「あら、純也。お疲れさま。」
1番お世話になった2人を目の前にすると、少し寂しくなる。
だけど、あまりしんみりしないように心掛けながら、しっかりとお辞儀をした。
「大林さん、川崎先輩、今まで本当にお世話になりました!」
「おう。お前は、ポンコツのわりによくがんばったな。これからは、残りの学生生活、がんばれよ。」
「ポンコツなんて、失礼ね!ねぇ、純也、いつでもまた来て頂戴ね。彼氏と一緒に♡」
「へっ!?」
やっぱり、川崎先輩にはバレてしまったようだ。
元々、冬悟が来た時点で、テンションが上がってしまった俺は、バレるバレないなんて、全く気にしていなかった。
否、本当は今日、川崎先輩には、ホントのことを伝えるつもりだった。
大林さんもいるけど、きっと大丈夫。
冬悟には悪いけど、俺はいつまでも“従兄弟”にも“彼氏”にもなり続けるつもりはない。
俺の周りからでも、俺達の関係を、ちゃんと伝えたい。
グッと拳を握り締め、意を決して口を開く。
「あのっ、あの人……冬悟は、俺の彼氏じゃなくて、夫です。」
「夫………?」
この場の時間が、一瞬止まってしまったようだった。
暫しフリーズしていた川崎先輩は、みるみると驚愕の表情に変わっていき、ガシッと俺の両肩を掴んだ。
「えっ!?お、お、お、夫ですって!!??純也、アナタ結婚してたの!!??しかも、アタシの推しが、旦那様!!??」
「推し?」
「お、おまっ、お前がっ……………諏訪財閥の御曹司の嫁ぇ!?だったら、早くそう言え!この馬鹿野郎!!今日は心配損だったじゃねーか!」
ぽかんと開いた口が塞がらなかったらしい大林さんも、ハッとした後、俺の背中をバシバシと叩く。
「も〜!そうならそうと、早く言いなさいよ!!水臭いわね!純也、おめでとう!!ほら、大林も祝いなさい!」
そう言うと、川崎先輩は俺をぎゅうっと抱き締めてくれた。
「人は見かけによらないって、ガチだったんだな。まぁ、そうだな、おめでとさん。」
俺は気にならなかったが、川崎先輩が、アンタねぇ!と言いながら、大林さんの胸倉を掴んで振り回している。
そのいつも通りのやり取りに、自然と笑みが溢れた。
ほら、全然大丈夫じゃん。
浩二以外に初めて伝えたが、学生結婚を否定されるかもしれないという不安はあった。
それでも構わないとは思っていたけれど、こんなに祝福してもらえたことに、じんと心が温かくなる。
「ありがとうございます!」
「だけど本当に、良い人と結婚できて、よかったわね。」
「はい!!」
川崎先輩の言葉に、笑顔で頷いた。
「アナタが最近安定してきたのは、彼がお金持ちだったのもあるかもしれないけど、それ以上に、彼が純也を愛してくれているからね。」
改めてそう言われると気恥ずかしいが、本当にそうだと思う。
冬悟が愛してくれているから、俺は強くなれる。
だから、今度は俺が―。
大林さんと川崎先輩と別れ、家に帰ろうと店を出ると、スラッとした、スタイルのいいシルエットが視界に入ってきた。
「冬悟!?」
「…あぁ、純也。お疲れだったな。」
まさか、終わるまで待っていてくれたのか……?
急いでタタッと駆け寄ると、その大きな手が、そっと頭を撫でていく。
「もしかして、ずっと待っててくれたのか?」
「…今日はお前と帰りたくてな。」
な、なんだって!?
冬悟が俺と一緒に帰りたいとか、言うなんて!!
意外な冬悟の行動と甘い言動に、ドキドキと鼓動は高鳴っていく。
俺も、今すぐ会いたかったって伝えたら、どんな顔するかな………なんてな。
今すぐ飛びつきたい衝動を、肩に掛かっている鞄の紐をグッと握ることで堪えた。
「言ってくれれば、終わったらすぐに来たのに。」
「…挨拶は大事だろ。さぁ、帰るぞ。」
すぐ後ろに停めてある車に、乗り込んだ冬悟に続いて、俺も助手席に乗り込んだ。
シートベルトを締めると、隣からスッと手が伸びてきて、俺の頬を撫でていく。
「…純也、晩飯は食ったのか?」
「うん、まかない食ってきた。」
「そうか。…なら、大丈夫だな。」
その大きな手の感触が気持ちよくて、スリッと擦り寄ると、フッと優しく微笑まれた。
「…一応、夏休みまでだという約束はしたが、もしもお前がまだバイトを続けたいのなら、別に構わないからな。」
何で今更そんなこと言うんだよと思いつつ、なんだかんだで、俺の気持ちを1番に優先しようとしてくれる冬悟の温かい手に擦り寄りながら、フルフルと首を横に振る。
「ん〜、もういいかな。暫くはちゃんと勉強しようと思うし、俺のやりたいことも、ちゃんと探してみる。それに、バイトは、またやりたくなったらやるから、今はいいや。」
「…そうか。」
穏やかな空気の中、その後は2人で楽しく会話しながら、家に辿り着いた。
「ただいまー!」
手を洗った後、リビングに戻ろうとすると、ソファに座っている冬悟が、珍しく欠伸をしているのが見えた。
その疲れた横顔に、一瞬足を止める。
だが、冬悟は俺に気付いた途端、まるで“おいで”とでもいうように、軽く両手を広げ、小首を傾げた。
………そんなのズルいだろ。
冬悟にそんな風に待たれたら、いかないなんて選択肢、存在しねぇから。
タッと走って、その腕の中にガバッと飛び込む。
すると、ぎゅうって強く抱き締めてくれた。
「冬悟、今日は来てくれてありがとう。」
すりすりと擦り寄ると、髪にキスが落ちてくる。
「…俺も、もう一度、お前の働いている姿を見たかったしな。」
「ホントかよ?でも、見に来てくれて嬉しい。」
冬悟の目をじっと見つめて、えへへっと笑うと、その目元は優しく細められ、フッと笑ってくれた。
そして、ぎゅうぎゅうと抱きついて甘えると、冬悟が嬉しそうに、俺の額や頬、首筋に口付けてきて、くすぐったくなり、身を捩る。
「ふふっ、くすぐってぇよ。」
「…お前は本当に可愛いな。」
やっぱり、冬悟の可愛いにはまだ慣れなくて、カッと顔が熱くなっていく。
だけど、その瞬間、冬悟が困った顔をして、そっと俺の頬に手を添えた。
「冬悟?」
「…純也。今日もそうだったが、あまりその可愛い顔を、俺以外に見せるな。」
普段は見せない独占欲を垣間見せた瞳で、まっすぐに瞳を捉えられると、益々顔が赤くなっていく。
「見せるなって言われたって、わかんねぇよ……。それに、冬悟のこと以外では、照れたりしねぇよ。」
何言ってんだろ、自分。
段々と恥ずかしくなってきた俺は、パッと右手で顔を隠す。
だけど、その手を掴んで剥がした冬悟は、そのまま俺の手を口元へと運び、手首にチュッと口付けた。
ビクッと手が跳ねる。
「お前が照れ屋なのは知っている。だが、その顔を他の奴には、見られたくない。」
まるで、お前は俺のだと言わんばかりのその視線に、きゅううっと胸がときめく。
その顔は、反則だろ!
これ以上見られると、どうにかなってしまいそうで、ぱっと視線を逸らした。
「だ、だから、俺が照れるのは、大体冬悟の前でだけだから。………嫌だったら、冬悟が見せないようにしろよ。」
口から心臓が出そうな程、ドキドキと脈打っている。
ちらっと見上げると、嬉しそうに口元を引き上げた冬悟は、耳元でそっと甘く囁いた。
「…わかった。そうしよう。」
その甘い吐息に、ビクッと身体が震える。
「そ、そんなことよりさ!俺、ちゃんとできてただろ?」
この甘過ぎる空気に耐えられなくて、咄嗟に話題を変えた。
すると、冬悟はゆっくりと頷いてくれた。
「…あぁ、そうだな。そもそも、お前は人にコーヒーをぶち撒けるくらい、そそっかしい奴だったが、今日は落ち着いていたな。」
「そんな昔のことと比較すんなよ!」
むうっと口を尖らせると、冬悟はフッと笑って、その唇に口付ける。
「…冗談だ。成長したな、純也。」
「ホントに?」
「あぁ。よくがんばったな。」
………………………。
成長したと認めてもらったのに、俺の心はモヤモヤしていた。
やっぱり、冬悟は俺に、弱い姿は見せたくないのか……?
ここ数日、冬悟が珍しく、日に日に疲れていっていることに、俺だって気付いている。
だって、一緒に寝ている筈なのに、冬悟の目の下には隈ができている。
何度か大丈夫か?と尋ねたが、いつも大丈夫だって言って、あしらわれた。
でも、いつか俺にちゃんと話してくれるって信じて、黙って見守っていたけど、一向にその気配はない。
何か悩んでいることがあるなら、俺にも教えて欲しい。
直接力にはなれないかもしれないけれど、それでも、俺は冬悟に寄り添いたいのに。
どうしたら、冬悟は俺に頼ってくれるんだろう―?
今はきっと、何を聞いてもはぐらかされるだけだ。
出口の見えない課題を、今だけは見えないフリをして、ありがとと言って、冬悟にキスをした。




