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day.55

目の前で、スーツを着て、すごい姿勢よく座っている人物に、一瞬で釘付けになる。


「冬悟……?何でここに??」


冬悟は俺に気付いた途端、雰囲気が柔らかくなり、フッと微笑んでくれた。


「…偶々ここの近くで仕事があったから、ついでにお前の働いている姿を見に来たのだが………嫌だったか?」


自分でも驚いたけど、全然落ち着いている。

以前までの俺なら、失敗したら、冬悟に嫌われると思っていたから、もうこの時点で緊張しまくっていただろう。

だけど、今なら、他のどんなお客さんよりも、冬悟の方が安心できる。


だって、失敗したって、絶対に許してくれるって、わかっているから。


それに、偶々なんてウソだって知ってる。

以前、俺にバイト最終日を確認したのは、来てくれるためだったんだ。


覚えていてくれて、嬉しい―。


だから、その質問には、ふるふると首を横に振った。


「嫌じゃねぇよ。来てくれてありがとう。」


ニッと笑うと、冬悟の目が、嬉しそうに細められていく。


「…それなら、よかった。」


「冬悟、遅れてごめん!あぁ、純也さん!また会えたね!」


聞き覚えのある声に振り返ると、そこには陽介さんがいた。眩しいくらいの笑顔で、軽く手を振ってくれる。

冬悟は今日、1人なのかと思っていたが、そうではなかったようだ。


「いらっしゃいませ。陽介さん、お久しぶりです。」


軽く会釈をし、座りやすいように椅子を引いた。


「ありがとう!今日はよろしくね!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。では、お客様。ご注文をお伺いいたしますね。」


ニコッと営業スマイルをし、オーダーを取ろうとすると、冬悟は俺のために、わざわざメニューを広げて、指差しして注文してくれた。


メモを取りながら、ちらっと冬悟の横顔を盗み見る。

家で一緒にいる時とは違い、ちょっとお堅めな冬悟も、カッコいい。


だけど本当は、さっき俺を認識した途端、冬悟の雰囲気が柔らかくなったことが、嬉しかった。

自分が特別なんだと言われているようで、優越感を感じてしまった。


だが、イケメンが2人も揃ってしまったせいか、周りのお客さんも、チラチラとこちらを見ている。


どっちを見ているのかはわからないが、冬悟が見られていると思うと、心がモヤモヤする。


誰にも見られたくない。

俺の冬悟なのに―。


「………以上だ。」


その言葉にハッとして、今は仕事中だということを思い出した。

ちゃんと仕事しなきゃ。


「ご注文を繰り」


「返してる場合じゃないよ!奥ゆかしきジャパニーズカルチャーに、そんな距離感があるなんて、聞いたことないよ!」


「へっ?」


陽介さんが冬悟のいる方向を指差して、何故か焦っているので、隣をパッと見ると、冬悟の顔がすぐ近くにあった。

至近距離で目が合って、ドキッと心臓が跳ねる。

冬悟も俺の方を見て驚いた後、頭を抱えた。


「うわぁ!ご、ごめん!!」


「…いや、いい。俺もお前相手だと、距離感がバグってしまっているようだ。」


無意識に、肩が触れ合うぐらいまで、近づいてしまっていたようだ。

こんなの、従業員と客の距離じゃない。


やってしまった!!


恥ずかしくて、すぐに離れようとするも、グッと腕を掴まれ、その場から動けない。


「と、冬悟?」


トンッと顔の前にメニューを立てて置かれ、冬悟以外見えなくなる。

困惑して隣を見るも、冬悟は何でもないような顔をして、スッと俺の手からメモを取った。

ザッと素早く内容を確認すると、ちらっとこちらに視線を寄越し、ある部分を指差した。


「…お前、人があれだけ丁寧に注文してやったのに、間違えるとはどういうことだ?」


「えっ?マジ!?どこ?」


呆れた視線を浴びながら、指先のメモを覗き込む。


「…………ごめん、これ何だっけ?」


「…まったく、お前は一体どこを見ていたんだ?」


まさか冬悟を見ていたなんて言えるわけもなく、誤魔化すようにえへへっと笑うと、はあっと小さく溜息を吐かれた。

だけど、それ以上は特に何も言わず、自身が持っていたペンで、サラッと書き直してくれる。


「ありがと。」


「…今までのお前の失敗の数々が、目に浮かんできそうだ。」


「んなっ!?あいにく、注文間違いは初めてだっつーの!」


「…そんなくだらんことで威張るんじゃない。ほら、とっととオーダーを持っていけ。」


「はぁい。」


スタスタと俺が厨房に戻っていった後、陽介さんは堪えていた笑いを吹き出した。


「ぶっ…くくくっ……まさか、後ろの壁と窓とメニュー表で、照れた妻の顔を外部から完全にブロックするなんて……ププッ。」


「…何か問題があったのか?」


「いや?だけど、オーダーを間違えられたことを喜んでいるのは、流石に僕でも理解できないかな。」


「…理解らなくていい。」


2人のそんな会話は、もちろん、俺の耳には届かなかった。

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