day.49
前に冬悟の会社に来た時は、ビルの1階までで、中に入ることはなかった。
だけど、何故か今、陽介さんと一緒に、応接室のソファに座って、冬悟を待っている。
どうして、こんなことになってしまったのか。顔を合わせ辛いこともあり、緊張して周りを見る余裕がない。
「大丈夫だよ、冬悟は怒らないさ!」
俺とは対照的に、陽介さんはあっけらかんとしている。
絶対に怒ると確信している今の俺には、その明るさが羨ましい。
ほんの少し待っていると、コンコンとノックする音が聞こえ、カチャと静かに扉が開いた音がした。
「待たせたな、陽介………と純也?何故お前がここにいる?」
部屋に入ってきた冬悟は、俺の姿を確認するなり、目を細めて睨んできた。
「えっと、その……。」
やっぱり怒らせちゃったよ……。
バツが悪そうに口籠り、身を縮こませると、隣に座っていた陽介さんが、スッと立ち上がった。
「やあ、冬悟!会いたかったよ!彼が君に用事があるって近くにいたから、僕が連れて来たんだ!妻だから会社に来ても、何も問題はないだろう?」
そう言いながら、両手を広げて冬悟に近づき、軽くハグをした。
「…問題大ありだ。どこで知り合ったのかは知らんが、勝手に連れて来るな。」
はあっと溜息を吐きながらも、冬悟もそれに応える。
あれ?この構図、どこかで…………?
ああ〜〜〜っ!!
あの時の抱擁は、挨拶だったのか!!
俺の中で、完全に誤解が解けそうになった瞬間、陽介さんはそのまま冬悟にスッと顔を近づけ、頬にキスをした。
え――?
それを目撃した途端、ザワッと胸がざわつき、今度は俺がバッと勢いよく立ち上がって、2人を指差して叫んだ。
「やっぱり不倫してんじゃねーか!!!」
「えっ?」
「………………………。」
冬悟をキッと睨みつけ、ゔーっと唸るも、陽介さんはきょとんとし、冬悟は呆れている。
2人の反応が思っていたものと違って、俺自身もあれ?と戸惑い始めてきた。
………………………。
謎の沈黙の時間が、数秒間流れる。
この痛い沈黙を破ったのは、冬悟の溜息だった。
「………悪いな、コイツは馬鹿なんだ。」
「えっと?………もしかして、僕に嫉妬したってことで、合ってるかな?」
不倫を疑われたにも関わらず、頭を抱えた冬悟と、肩を震わせながら、微笑ましく俺を見つめる陽介さんに、もしかして、やっぱり勘違いだったかもしれないという思いが、むくむくと大きくなっていく。
「だ、だ、だって、今キスしただろ!?」
間違っているかもしれないという気持ちから、羞恥心が芽生え、段々と顔が熱くなっていき、挙動不審になる。
「本当に可愛らしい人だね。あんなキスでも嫌なのかい?」
そんな俺のところに、不敵な笑みを浮かべた陽介さんが、スッと近づいてきた。
そして、急にズイッと至近距離までその整った顔を近づけられ、ビクッと身体が強張る。
「い、嫌だ!」
キッと強く睨みつけるも、目の前の陽介さんは、ただ楽しそうに笑っている。
「ぷっ…くくっ、そうなんだ。なんなら、君にもしてあげようか?」
「えっ?」
その瞬間、ドゴッと机を殴ったような大きな音が響き渡った。
「…おい、陽介、いい加減にしろ。」
それと同時に、怒りに満ちた低い冬悟の声も聞こえ、陽介さんはピタッと固まり、ゆっくりと振り返る。
「ご、ごめんね、冬悟。あまりに反応が可愛いいから、ついついやり過ぎちゃったよ。」
「…いいから、純也から離れろ。」
何故かすごい剣幕で、冬悟が陽介さんを睨んでおり、陽介さんは、ヒエッと怯えた様子で俺からすぐに離れ、ちょこんと静かにソファに座った。
「と、冬悟?」
「…お前もお前で、警戒心がなさ過ぎだ。」
頭を抱えて、はぁっと溜息を吐きながら、冬悟は俺を、こっちに来いと呼び寄せた。
気まずい筈なのに、体が勝手にピクッと反応し、すぐにタッと冬悟の元へ駆け寄る。
俺のだって抱きつきたい衝動を何とか抑えて、隣にそっと座ると、冬悟はこちらに向き直った。
「…純也、よく聞け。お前が見た一連の流れは、ただの挨拶だ。」
「はぁ!?あ、挨拶だと〜〜!!??」




