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day.45

漸く意識を取り戻せたようで、重たい瞼をゆっくりと開ける。

すると、隣からそっと聞き馴染みのある声が聞こえてきた。


「…起きたか?熱はどうだ?」


「冬…悟……?」


まだ熱でぼんやりとしている頭でも、声の主が誰かははっきりとわかった。

本当は、高熱でヤバくなった時、誰よりも側にいてもらいたかった人―。

冬悟の姿が視界に入ると、ほっと安心する。


そっと大きな手が、額に触れる。

それが冷たくて、気持ちいい。


「…まだ熱が高そうだな。」


少し待っていろと言って、離れそうになる冬悟の服の裾を、力の入らない手で弱々しく握る。


「どうした?」


そのまま気付かないで、行ってしまうかもしれないぐらいの僅かな力だったのに、すぐに気付いて振り返ってくれた。


「行かないで。お願い…。」


熱で弱っているせいか、1人にされると、このままずっと独りになるかもしれないという不安に駆られ、恐怖が襲ってくる。

不安が顔に出ていたのか、冬悟の手が、優しく両頰を包み込んだ。


「…大丈夫だ。お前を1人にはしない。新しい冷えピタとかを取りに行くだけだ。すぐ戻る。」


冬悟の言葉は不思議で、それだけで俺を不安から救ってくれる。


「ん……。」


そっと手を離すと、その隙にぱっと離れて部屋を出て行った冬悟は、本当にすぐに戻ってきてくれた。

手際良く冷えピタや氷枕を替えてくれ、水分補給のためのスポドリを飲ませてくれる。


「そういえば、浩二は?」


漸く少し思考が回りだしたのか、今更ながらに、呼び出した親友がいないことに気が付いた。


「………お前の風邪を移しても悪いから、帰ってもらった。……浩二クンの方がよかったか?」


「?そっか。ゴホッ、んーん、どうしたか気になっただけ。」


いつもより少し間があった気がしたが、気のせいだろうか。


「冬悟がいてくれて嬉しい。」


力なくへにゃっと笑うが、何故か冬悟がスッと視線を逸らした気がした。


これも気のせい?


「…そうか。ところで、何か食べれそうか?」


「うん。ちょっとお腹減ったかも。」


「わかった。作ってくるから、出来るまで寝ておけ。」


この後は、冬悟が会社を休んでまで甲斐甲斐しく面倒を見てくれ、一人暮らしだった時は1週間以上引きずっていた風邪の症状が、僅か2日で治ってしまった。





俺の看病をしてくれてから、何やら冬悟の様子がおかしい。

いつもなら、俺が笑いかけると、優しくて、嬉しそうな瞳をしていたのに、今は寂しそうな瞳をするようになってしまった。


俺、何かやっちゃったのか?

もしかして、冬悟に迷惑をかけてしまったから?

それとも―。


冬悟のおかげで、すっかりと風邪が治った俺は、その申し訳なさから、スキマバイト潜入計画を諦めた。


だけど、今日はすっげー珍しく、冬悟が家に忘れ物をした。それを届けに行くという名目で、運良くアイツの会社に行けることになったのだ。


「ここが、冬悟の今の会社…か。」


前よりも規模は大分小さいが、オフィス街の大きなビルの中に、その会社はあった。

確か、ビルに着いたら、連絡しろって言われてたな。

ポケットからスマホを取り出し、冬悟に電話をかける。


「…純也?着いたか?」


「うん。今1階にいる。」


「わかった。すぐ降りるから、そこで待っていろ。」


そのまま通話は途切れ、ほんの少しだけ待つと、冬悟がエレベーターから降りてきた。


「純也、来てもらって悪かったな。」


「別にいいよ。今日もバイトねぇから暇だったし。」


中身は見ていないけれど、指示されて持ってきた、何かの資料が入った封筒を手渡す。


「…助かった。」


「………じゃあ、俺、帰るな。」


別に喧嘩をしたわけでもないのに、なんとなく気まずい。

逃げるようにその場から立ち去ろうとすると、純也、と呼び止められた。


「何?」


「…いや、気を付けて帰れよ。」


「うん。冬悟もな。仕事がんばって。」


振り返って見た冬悟の表情が、何故か切なくて。

嫌な予感を抱いたまま、俺は冬悟の会社をあとにした。





その後の予定もなくて、普段この辺に来ることがないから、探索がてら周辺をふらふらしていると、いつの間にか辺りがすっかり暗くなってしまった。

確か、冬悟は今日晩飯いらないって言ってたっけ。俺もそろそろ帰って食お。


駅に向かっている途中で、もう一度会社の前を通った時、全く聞き覚えのない声が“冬悟”と呼ぶ声が聞こえた気がした。


え?

聞き間違いか?


「冬悟!」


声のする方をぱっと見ると、ショッキングな光景が目に飛び込んできた。

なんと、知らない男が冬悟に抱きついているではないか。

しかも、冬悟もそれを拒むこともなく、抱擁し返している。

ギュッと誰かに心臓を鷲掴みにされたように、ズキンと胸が痛んだ。


………本当に、ばあさんの情報は正しかったんだ。


あの冬悟が、“冬悟”呼びを許し、抱きつかれても平気なんて、確かに、“ただならぬ雰囲気”の相手だと思う。


今日はどうやら、その男と食事に行くようだ。

2人が動き出した際に、気付かれないよう急いで物陰に隠れる。


……ちょっとだけなら、いいよな。


ただの友達かもしれない。

追いかけちゃいけないって、頭では理解しているのに、不倫じゃないと信じたくて、俺は2人の後をこっそりとつけてしまった。


真実を知ってしまったら、もう後戻りはできないとわかっていたのに―。

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