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day.40

冬悟に会いたい一心で、無我夢中に家へと走り、玄関の扉に手をかける。

ガチャンと勢いよく開け、バッと部屋の中を見ると、リビングに電気が付いていた。


よかった。

もう家に居てくれている。


後は靴を脱いで、駆け寄るだけなのに、何故か身体が言う事を聞かない。

そこから足が一歩も動かない。


はぁ、はぁと肩で息をしながら、玄関で立ち尽くしていると、なかなか俺が入ってこないのを不審に思ったのか、中から冬悟が顔を覗かせた。


「戻ったのか…………純也?」


あぁ、どうしよう。

あんなに会いたかった筈なのに、今は顔を見ることさえもできない。

一番嫌われたくなかった人に、今日の醜態の全てを知られてしまったことに気が付いてしまった。


俺は今日、きっと冬悟を失望させた。


みんなと同じように、内心では、どうしようもない奴なんだって思っているかもしれない。

いや、ずっと前から、ウザがられていたのかも。


……もう、俺なんて妻でいる資格すらないのかもしれない。


そんな思考にぐるぐると支配され、俯いたままでいると、冬悟の怪訝そうな声が聞こえてきた。


「…純也?どうした?」


「あ、えっと、その」


胸がギューッと締付けられて、苦しい。

何て言われるかわからない恐怖が、喉の奥をも締付けて、上手く言葉が出てこない。


「…っ、今日は来てくれてたんだよな。それなのに、迷惑かけちゃってごめん。それから」


ちゃんとお礼を言わなきゃ。

泣くな、俺。

笑え、笑え、笑え…!


下唇をギリッと噛み、ギュウと強く拳を握り、顔を上げる。

そして、無理やり口角を上げてニコッと笑ってみせた。


「助けてくれて、ありがとう。」


俺の顔を見た冬悟が、スタスタと早足でこちらに近づいてきた。

その姿を捉えている視界が歪んでいき、後退ろうとするよりも速く腕を掴まれ、力強く抱き寄せられた。


「…純也、俺の前では、無理をしなくていい。」


その瞬間、全てを見透かされているのだとわかった。

一筋、また一筋と涙が頰をつたっていく。


今までの、どんな時よりも、力強くギュッと抱き締めてくれているその腕が、その温もりが、匂いやその全てが、壊れそうな俺の心ごと、静かに包み込んでくれる。


とうとう堪えきれなくなって、冬悟に縋り付くようにして、大声を上げて泣き出してしまった。

そんな俺を、冬悟はただただ黙って抱き締めてくれた―。





漸く落ち着きを取り戻した俺を、ひょいと抱き上げた冬悟は、靴を脱がせた後、そのままスタスタとベッドに向かい、ゆっくりとその上に寝かせた。

冬悟も隣に滑り込み、その腕の中にもう一度閉じ込められる。


久しぶりに大泣きした俺の頭は、ガンガンと誰かに殴られているかのように痛い。

俺、一体いつからこんな泣き虫になったんだろう。

冬悟に出会う前は、どんなことがあっても、泣くことなんてなかったのに。


………甘えてんな、俺。


そうは思いつつも、冬悟の胸にスリッと擦り寄る。すると、片手で髪を梳くようにして、優しく頭を撫でていく。


「…落ち着いたか?」


「うん…。」


耳を当てると、ドクンドクンと規則正しいリズムが聞こえて、ひどく安心する。

少し顔を上げると、冬悟のワイシャツが汚れていることに気が付いた。

よく見ると、それは、俺の涙で肩口の一部は変色し、強く握りすぎたせいか、皺になってしまっている。


「シャツ…汚くしてごめん。」


「…別に謝ることではない。洗えばいいだけだ。ところで、一体何があった?」


ん?冬悟は知ってるんじゃないのか??


「多分知ってると思うんだけど、今夜みんなで指輪探してただろ?あれ、俺が失くしちゃって…。」


「………やはり、あの原因はお前だったのか。」


頭上で、はあっと軽く溜息を吐かれた。


あれ?

どうやら墓穴を掘ったっぽい。


「…大方、客から指輪を受け取ったが、ちゃんとポケットに入れそびれたといったところか?」


今からだんまりを決め込めば間に合うかもと思ったが、その前に当てられてしまった。

もう、大人しく観念するしかない。


「ソウデス…。」


おそるおそる視線を上げると、バチッと冬悟の視線とぶつかった。

その瞳を見た瞬間、俺の心は絶望に蹴り落とされた。


絶対に呆れられているか、怒られるか、はたまた失望からの無感心かと思っていたのに、その目は呆れてはいるものの、ひどく優しかったんだ。


「何で…?」


思わず、心の声が漏れてしまったが、もうそんなことを気になんてしていられなかった。


「何で、誰も責めないんだよ……?」


バイト先の人達に責められないことよりも、冬悟に何も言われないことの方が、うんとずっと、苦しい。


俺を見放さないで―。


どこにも行かないでと言うように、ぎゅっと縋り付くと、珍しく冬悟が俺の額にキスをした。

驚いて顔を上げると、やはり優しい眼差しが俺に注がれていた。


「…純也、落ち着け。俺はあの店の人間ではない。だから、お前を責める理由はない。今回は庇うような形になったが、あれは偶々だ。」


「たまたま?」


確かに、言われてみれば、冬悟が俺を責める理由はないのかも。

少しずつ冷静になってきて、一切逸らされることのないその瞳をじっと見つめる。


「そうだ。俺はあそこの従業員ではないからな。事の詳細は、当然わからん。お前が失くした指輪の持ち主は、偶々俺の知り合いだった。そして、お前の先輩と思われる奴らが困っていたから、少し手助けをしただけだ。」


「でも、シャンパンを開けたって…。」


「彼らはあの頃には既に、婚約は成立していた。そのお祝いに開けた。ただそれだけだ。」


目を丸くしたまま、パチパチと何度も瞬きをする。

本当に、偶然だったのか。


きょとんとしている俺の頰を、大きな手がそっと撫でる。その手に吸い寄せられるように、スリッと擦り寄ると、フッと笑われた。


「…それで?お前はそのミスを誰にも責められないことが、辛かったんだな?」


ギュッと冬悟に抱きついて、コクッと頷いた。


「…今時、一従業員を叱るのも至難の業だ。純也、この後どうすべきかは、お前もわかっている筈だ。ヘコむのは仕方がない。だが、それは今日だけにしておけ。お前が迷惑をかけてしまった分は、お前自身で挽回するしかない。」


「冬悟は…?」


またぎゅっと強く、冬悟のシャツを握りしめる。


「冬悟は俺のこと呆れてねぇの?俺に………失望してねぇの?」


一番気になっていたことを口にする。

すると、冬悟は何故?というように、少し目を細めた。


「…どうして俺が、お前に失望しなければならないんだ?」


「だって………だって、俺、こんなミスして………。俺、全然完璧じゃない。全然冬悟に相応しくない。」


唇が震える。

冬悟の表情を見るのが怖くて、ギュッと強く目を閉じると、隣が動いた気配がした。

ギシッとベッドが軋む音を聞いて、握っていたシャツが、ゆっくりと手から離れていく。

 

――あぁ、やっぱり失望させてしまったんだ。


瞼が熱くなってきた目をそのまま閉じていると、唇に、何か柔らかいものが押し当てられた。

驚いて目を開けると、俺を見下ろしている冬悟の顔が至近距離にあって、更に驚く。

もう一度、今度はより深くキスをされる。


何で俺、冬悟に覆い被さられて、キスされているんだ??


状況が掴めなくて困惑する。

だけど、この口付けから、冬悟が俺のことをちゃんと受け入れてくれているんだって、伝わってくる。


………まるで、不完全でもいいんだって、言ってくれているみたいだ。


その俺の全てを肯定してくれるような甘いキスに、思考が段々と奪われていき、気付けばもっとと強請っていた。

そんな俺を見ている目元は、穏やかに緩んでいる。


「…お前に呆れることなんて日常茶飯事だ。それに、お前が俺に相応しくないかどうかは、俺が決めることだ。」


「なっ!?」


確かに、ずっと呆れられているけど!


はっきりと言われてしまったことに、むぅと口を尖らせる。


だけど、それよりも―。

後者の答えは、きっと、さっきのキスなのだろう。

わかっているのに、言葉でも欲しくて。


「じゃあさ、冬悟が決めた答えは?」


ピクッと眉を動かし、少し嫌な顔をされてしまった。


「…わかっているのだろう?」


甘えるように、手を伸ばして冬悟の首に回す。


「うん。でも、冬悟の口から聞きたい。………お願い。」


そっと顔を近づけて、至近距離で見つめ合う。

懇願と期待の眼差しをじーっと向けると、根負けした冬悟は、はあっと溜息を吐いた。


「…相応しくないと思っていたら、とっくの昔に捨てている。」


やっぱり、はっきりとは言ってくれないか。でも、その言葉だけで、もう充分。


こんな俺でもここに居ていいんだ―。

ぱっと笑って、感情のままに抱きついた。

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