day.39
一方その頃。
俺はトイレを必死に探していた。
ここに向かう途中、他の従業員の人達も探してくれているのを見かけた。
恐らく、みんなで探してくれているのだろう。
どれだけ多くの人に迷惑をかけてしまったんだ。
あまりにも自分が情けなくて、泣きそうになるが、泣く資格もないと堪える。
どれだけ探しても見つからない。
トイレは一旦諦めて、厨房に戻ろうとした時、他の従業員達の声が聞こえてきた。
「あの新人、いつか何かやらかすかなと思ってたけど、速攻だったな。」
「なー。まさか指輪を失くすとはなぁ。」
「このクソ忙しいのに、俺達まで仕事中断させられて、マジでウゼェわ。」
「ホントそれな。今日はさっさと帰るつもりだったのに、マジでダルいわ。自分1人で探してくれっての。」
見つからないように壁にもたれて、そっと目を伏せる。
………そりゃそうだよな。
俺が逆の立場だったら、きっと同じことを思うはずだし。
そんな風に思われるのは、仕方がないんだ。
だけど、直接言われるよりも堪える。
胸がチクリと痛んだが、ギュッとキツく目を瞑って、気付かないフリをした。
とにかく、今は探さないと。
だけど、今出ていく勇気はなくて、彼らが通り過ぎた後に、こっそり厨房に戻った。
厨房も隅から隅まで探したが、見つからない。
後は、ゴミ箱か………。
そっと手を伸ばし、素手で漁ろうとした時、誰かにパシッと手を掴まれた。
「君、新人だね?例の指輪を探しているのかい?ゴミ箱の中を探すなら、素手ではいけないよ。このゴム手袋を使いなさい。」
「あ、ありがとうございます。」
今までシフトがあまり一緒になったことのない、シェフの人が渡してくれたゴム手袋を嵌め、ゴミ箱の中を探す。
こんなことをしていると、食べ物を探してゴミを漁っていた幼い頃の記憶が蘇ってきて、なんとも言えないやるせなさと惨めさが、胸を締め付けた。
………俺、この歳になっても同じことしてるや。
段々と、探す手の勢いがなくなっていく。
って、いけねぇ!
早く指輪を、指輪を探さなきゃ。
手を止めないように、頭の中を指輪探しでいっぱいにして、夢中でゴミの中を探していると、後ろから川崎先輩の声が聞こえた気がした。
「純也〜〜〜!指輪見つかったわよ!!」
えっ?ホントに?
ゆっくりと振り返ると、こちらに向かって走ってくる川崎先輩と、その手の中にある、キラリと光るモノが見えた。
「純也!指輪!あったわよ!!」
ぜーっぜーっと息を切らしながら、ほら、と手の中にあるモノを、しっかりと見せてくれた。
そこには確かに、シルバーの指輪があった。
胸に安堵の気持ちがじわじわと広がっていく。
言葉を詰まらせながら、川崎先輩に感謝の気持ちを伝えた。
「よ、よかった!!川崎先輩、ありがとう、っ、ありがとうございます!!」
よかった、見つかって、本当によかった。
漸く、張り詰めていた糸がプツンと切れそうになる。
だけど、自分で見つけることができなかった不甲斐なさも、同時に胸に押し寄せてきて、感情はグチャグチャだった。
その糸が切れてしまわないように、気付かれないようにしてギリッと下唇を噛み締める。
「もう大丈夫よ。だけど、今度から気を付けなさいね。さ、マッハでケーキを作るわよ!」
そう言うと、川崎先輩はケーキ作りに取りかかった。
そんな川崎先輩の背中にもう一度深く一礼をしていると、背後からぽんっと背中を叩かれた。
「瀧本、見つかってよかったな。」
「大林さん!本当にすみませんでした!!一緒に探してくださって、ありがとうございます!!」
大林さんにも深々と頭を下げる。
「だが、次はないからな。ほら、さっさと手を洗ってこい。遅れた業務を取り戻すぞ。」
「はい!」
この後、他の従業員にも謝罪と感謝を伝え、滞ってしまっていた業務を必死で片付けていった。
ただ、不思議だったのが、そのお客さんからのクレームがなかったこと、そして、皆、“次から気を付けろ”とは言うが、それ以上責めることはなかった。
前田マネージャーには、注意を怠ったことについては叱られたが、それでも、責められることはなかった。
だけど、それが逆に心苦しかった。
消えてしまいたいと思うくらいにー。
なんとか無事に1日を乗り切った従業員達が、帰る時間になった。
川崎先輩を帰る前に捕まえて、ずっと気になっていたことを、漸く聞いた。
「あのっ、川崎先輩。あの指輪、結局どこで見つかったんですか?」
「あぁ、あれね。依頼主のお客様の女性側の椅子の下よ。」
「えっ!?」
ってことは、もしかして俺は、そもそもポケットに入れそびれていたってことか!?
「そんな……。」
自分の碌でもなさに、愕然とした。
あの時、焦っていたからって、そんなミスを……。
ギュッと爪が食い込むぐらい、強く拳を握りしめる。
「ホントに、終わったと思ったんだから。それに、見つけるのも大変だったんだからね。」
そう言うと、川崎先輩は見つけた時のことを詳細に話してくれた。
そんなに大変なことになっていたなんて。
そんな時に俺は、ただただゴミを漁っていただけだった。
自分の情けなさが、本当に嫌になる。
だけど、そんな場所からどうやって回収できたんだろう?
従業員である川崎先輩達が近づいたら、バレてしまうかもしれないのに。
どうしても、気になる。
「でも、どうやってお客様にバレないでその場所から回収したんですか?」
「それはね、とあるイケメン紳士様が助けてくださったのよ〜!」
「イケメン紳士?」
きゃー!といきなりテンションが上がった川崎先輩に、ビクッとした。
「そうなの!さり気なくテーブルの横を通って、何か落としたフリをして拾ってくださったのよ!その仕草がめちゃくちゃスマートで、もう〜惚れちゃったわ!!」
ホント素敵だったわぁと惚れぼれしているその横顔は、まるで恋する乙女だ。
それか、推しに出会った感じ。
「そうだったんですか。」
あまりのテンションの高さに、申し訳ないと思いながらも、口の端をヒクつかせた。
だけど、川崎先輩は脳内にトリップしていって、もう俺の姿は見えていないっぽい。
「名乗ってくださらなかったから、名前はわからないんだけど、時々見かける方だわ。」
そんな恋する乙女の脇腹を、後ろからやって来た大林さんが、ドスッと肘で突いた。
「ぅ゙っ!何すんのよ大林!!」
「キモい顔してんじゃねぇよ。瀧本が引いてるだろが。確か、諏訪様だったと思うぞ。」
「えっ!?す、諏訪!!??」
ま、まさか………な。
ただの同姓の可能性もあるし。
「あぁ、確かそうだ。んで、その後、そのお客様と何か話されて、シャンパンを1本空けてくださったんだ。そのおかげで、何とか時間が稼げて、クレームにならなかったんだ。」
………これは絶対に冬悟だ。
何故だかわからないけれど、俺の直感がそう告げている。
そうだと確信した俺は、川崎先輩と大林さんにもう一度深々と頭を下げた。
「今日は本当にすみませんでした!そして、ありがとうございました!!」
お先に失礼します!と言いながら、ダッと家に向かって走り出した。
冬悟に会いたい―。




