day.33
川崎先輩に連れられて向かった先は、某高級ホテルの中にある、お洒落な洋食レストランだった。
「え………???」
もっと気軽な場所だと思っていた俺は、思わず目を丸くした。
実は、こういうお洒落な場所では、一度もバイトをしたことがない。
この間の豪華客船を思い出させるような高級感を目の前にして、面食らってしまい、その敷居をまたぐのを躊躇してしまう。
「純也、何してんの?早くこっちに来なさい。」
先に入っていった川崎先輩に呼ばれ、恐る恐る入っていく。
白を基調としたそのレストランは、窓が大きく、都会のビルの海が目下に広がっている。
そして、テーブルやイスは、ゆったりとした間隔で均等に配置されていた。
緊張しながら川崎先輩に追いつくと、目の前の厨房から、ガタイのいい男がヌッと現れた。
「よう、川崎。バイトを連れて来たって本当か?」
その人は、白シャツに黒ベストのウェイター姿でも隠しきれないほど、しっかりとした筋肉がついている、体格の良い男だった。
「えぇ、そうよ。夏休みの間だけ、平日だけの希望なんだけど、面倒見てあげてくれない?」
ジロッと睨むような視線を向けられたが、冬悟のような威圧感はない。
昔の俺ならビビっていただろうけど、今は全然恐くない。
「大林、この子は純也、瀧本 純也よ。純也、こっちは大林っていうの。」
互いに挨拶を交わす。
「なんだか、もやしみてぇな奴だが、大丈夫なんだろうな?」
も、もやし!?
確かに、筋肉はそんなに付いてねぇ方だけど、そんなこと言われたのは初めてだ。
フルフルと怒りで震えそうになるのを、なんとか抑える。
「ちょっと、そんなデリカシーの無いこと言わないでちょうだい!これだから、筋肉バカは。」
まさかの、俺の代わりに川崎先輩が怒ってくれた。
ちょっとだけ、すっきりする。
「何だと!?」
「何よ?」
だけど、2人がバチバチになってしまって、今度はどうしていいかわからず、オロオロする。
すると、奥から眼鏡をかけた、柔らかい雰囲気のおじさんが顔を出した。
「大林くん、どうしたんだい?あれ?川崎くんじゃないか。今日シフトだったっけ?」
「「マネージャー!」」
どうやらこの人が、ここで一番偉い人らしい。
川崎先輩が、このおじさんに話をつけてくれ、俺は無事に、ここで働けることとなった。
「ありがとうございます、川崎先輩。」
バッと頭を下げてお礼を言うと、よしよしと頭を撫でられた。
「いいのよ。純也、がんばりなさいね。アタシもここで働いてるから、何かあったら言いなさいよ。それと」
目の前で、1枚の紙をひらひらと揺らされる。
何だろうと思って手に取ると、そこには花火大会の文字が書いてあった。
「そういえば、木曜の花火大会、彼氏に断られたんだったわね。だけどね、純也。花火大会は、平日のものだけじゃないわ。」
そう言って、川崎先輩は、軽くウインクをした。
夕飯を終えて、ソファで寛いでいる冬悟の隣に、すとっと座る。
そして、そのまま、ぽすっと頭を冬悟の肩に預けた。
「どうした?」
冬悟は嫌がる素振りを見せることもなく、自然に俺の頭を撫でた。
「明日からバイト行ってくる。」
「…そうか。どこで働くんだ?」
せっかく高級ホテルのレストランで働けるんだ。
冬悟には、最後の方で、俺の成長を見てもらいたい。
だから、今言って、もし来られたりでもしたら、この計画が台無しになってしまう。
「ん〜、まだ秘密。」
だけど、そう言った途端、何故か冬悟の目がスッと細められた。
「…純也、お前まさか、変な店で働くつもりではないだろうな。」
「!!??」
何の勘違いなんだよ!?まさか、また身体を売って、荒稼ぎするって思われてんのか?
そんなこと、もうするわけねぇのに。
俺はもう、冬悟だけのものなのに。
それでも、それなら許さんと言わんばかりの鋭い視線を向けてくる冬悟に、首をブンブンと横に振った。
「違ぇよ!!ちゃんとしたとこだ!今回はそこでしか働かねぇし、変な店なんかでは絶対働かねぇよ!それだけは、約束する!!」
信じて欲しくて、真っ直ぐに冬悟の瞳をじっと見つめた。
暫く、張り詰めた空気の中、2人は見つめ合う。
やがて、ゆっくりと目元を緩めた冬悟は、そっと頷いた。
「…わかった。お前を信じよう。」
何もやましいことは一切していないけど、ほっと胸を撫で下ろす。
そういえば、俺は冬悟に約束を取り付けたいことがあった。
「あのさ、冬悟。来週の土曜日って空いてる?」
「…ここ暫く土日は、お前のために空けてある。何処か行きたいところでもあるのか?」
なっ!?
さらっと流してしまいそうになるくらい、あっさりと伝えられたが、今すっげぇ発言をされた気がする。
土日を俺と過ごすために、空けておいてくれたんだ―。
それだけで、胸がキュンとして、心の奥がじわっと熱を帯びていく。
「うん。今度の木曜はダメだったから、前のよりはちょっと遠いんだけど、ここの花火大会、一緒に行こ?」
川崎先輩からもらった花火大会のチラシを、冬悟に差し出す。
それを受け取って、内容を確認した冬悟は、小さく頷いた。
「わかった。」
「やったぁ!」
冬悟と一緒に行けることが嬉しくって、ギュッと抱きつく。
ぐりぐりと肩に頭を擦り寄せると、優しく抱き締めてくれた。
平日はバイトして、土日は冬悟と一緒に過ごしてと、夏休みの予定が決まり、ほっと安堵した。
これで漸く、平穏な夏休みが過ごせる、そう思っていた―。
だけど、今回のバイトは、今までみたいに甘くはなかった。
「おい、瀧本ぉ!てめぇは何回言えば覚えるんだ!!お前の脳味噌はスッカラカンなのか!?」
こんなに向いてないと思ったのは、俺のバイト人生で初めてだった。




