day.30
変装を解いて着替えた後、ソファに座っている冬悟の目の前で、正座をして小さく縮こまる。
「冬悟、あの、今日はごめんなさい…。」
「…謝れと言った覚えは無いんだが?俺がお前に求めているのは、説明だ。」
どうやら完全に怒らせてしまったようだ。
まるで背後から、ゴゴゴゴッという音が聞こえてくるんじゃないかっていうくらいの威圧感に、思わず身体が強張る。
そのまま視線を上げることができずに、自然と俯いた。
ただ、今回の件は、全面的に俺が悪い。
だから、ちゃんと説明するしかない。
「えっと、その…冬悟とケンカして家を飛び出した時、その後たまたま周さんと会って、このパーティーがあることを教えてもらって、俺からお願いして連れて行ってもらいました…。」
はあっと溜息を吐いて、頭を抱えた冬悟は、ボソッと何かを呟いた。
「…そういうことか。あの馬鹿が。」
何を言われたのか聞き取れなくて、ビクッと身体が震える。
だけど、冬悟の冷たい瞳は、まだ俺を捉えて離さない。
「それで?何であんな場所に行こうなどと思ったんだ?」
「それは…冬悟の気持ちを知りたかったから。」
どうやら、予想外の答えだったらしい。
凍てついていた瞳が僅かに揺れ、怪訝そうに目を細めた。
「…どういうことだ?」
「冬悟が俺を知り合いに妻だって紹介してくれなかっただろ?それは、本当は俺とのこと、恥ずかしいって思ってるんじゃないかって、夫夫って思われたくないんじゃないかって思って…。」
喉の奥を詰まらせながら、何とか言葉を絞り出す。
呆れられるかも。
そう思いながらも今は、嘘を吐きたくなかった。
「だけど、もしかしたら、別の理由があるのかもって思ったけど、考えてもわからなくて…。そういう所に行ってみれば、何かわかるのかもって思ったから…。」
段々と罰が悪くなってきた俺は、冬悟の顔が見えないように更に俯いた。
すると、前からはあぁっと長い溜息が聞こえてきた。
「純也、こっちに来い。」
突然呼ばれたことに驚き、顔を上げると、冬悟は自身の隣を軽く叩いた。
その表情は、いつの間にか柔らかくなっていて、瞳には優しさが顔を覗かせている。
言われるがままにそっと近き、冬悟の隣に座ると、優しく頭を撫でられた。この感触に堪えきれず、ギュッと抱きつく。
「…それで?何かわかったのか?」
その声色にさっきまでの鋭さはなく、もう怒っていないんだってわかる。
それに、このパーティーに参加して、俺にもわかったことがある。
コクッと小さく頷いた。
「うん…わかった。冬悟は俺のために、言わなかったんだって。」
なぁ、合ってるよな?
それとも、これはただの俺の願望?
答え合わせをして欲しくて、冬悟をまっすぐに見つめる。
それに応えるように、冬悟は静かに頷いた。
「…お前は、ああいう場所は苦手だろう?それに、素直で馬鹿なお前は、あの世界に飛び込めば、格好の餌食になるだけだ。そんなお前を、見たくはないのでな。お前を誰かに紹介すれば、必ず誘いがかかってしまう。そうなれば、俺はお前を守りきれない。」
―――嬉しい。
本当に、俺のことをちゃんと考えてくれてたんだ。
冬悟が俺のことをちゃんと想ってくれているんだとわかって、心がじんわりと温かくなる。
「それに、結婚していても、相手を見たことがない奴なんていくらでもいる。必ずあの世界に顔を出さなければならないということはない。そして、お前は押しに弱い。そこまで強く断れんだろう。お前には、無理をさせるつもりはない。お前はお前の世界で生きて、俺の隣で笑っていれば、それでいい。」
思いがけないセリフに、カッと一気に顔が熱くなる。
まさか、冬悟の口からそんな言葉が出てくるなんて!!
照れて恥ずかしくなって、それを隠すように冬悟にぎゅうぎゅうと強く抱きついた。
すると俺の頭を、大きな手が優しくぽんぽんっと撫でてくれる。
その手の心地良さに、そっと目を細めた。
そんなこと言われたら、俺も無理をするのは、やめにする。
冬悟の胸に顔を埋めて、口を開いた。
「パーティー、全然楽しくなかった。それに、俺はまだまだ冬悟の隣に立てるレベルじゃないんだって、思い知らされた。だから、俺…今はまだ従兄弟でいいや。」
だけど、本当は、守られてばかりなのが、少し悔しい。
いつか必ず、胸を張って妻だって冬悟の隣に立ってみせる。
でも、それは、今じゃない。
「…そうしておけ。」
優しい声色が頭上から聞こえ、ふわっと抱き締めてくれた。
その優しさに触れた瞬間、胸がズキッと痛んだ。
そういえば、俺は、こんなに俺を想ってくれている冬悟を、信じきれなかったんだ。
自分自身に絶望して、突然、涙が溢れてきた。
そして、言うつもりはなかったのに、気付けば言葉がひとりでに漏れていく。
「冬悟、ごめっ、ごめんなさいっ…!あの時、俺、変な噂に惑わされて、冬悟のこと信じきれなくって、俺、俺っ…!」
突然泣き出して、嗚咽を漏らしながらごめんと繰り返す俺に、冬悟は驚いて目を見開いたが、落ち着くまで黙ってずっと抱き締め続けてくれた。
漸く落ち着いてきた頃を見計らって、心配そうにどうした?と聞いてきた。
「実はっ…!」
全てを包み隠さず話した。
呆れられるならまだいい。だけど、最悪、嫌われるかもしれない。
そんな不安を抱えながらも、話さずにはいられなかった。
その話を聞いた冬悟は、何かが腑に落ちたように、軽く頷いた。
「…だからあの時、お前の様子がおかしかったのか。お前が噂話に振り回されるのは、想定内だ。だから、もうそんなことで自分を責めるな。」
身体に回された腕に、ギュッと力が入り、今より強く抱き締められる。
こんな俺でも、受け止めてくれた―。
冬悟の優しさと温もりが、俺の心を掬い上げてくれる。
甘えるように、ぐりぐりと胸に頭を擦り寄せた。
「気にしねぇの?」
それでもやっぱり不安が残り、ちらっと冬悟の方を見上げる。
すると、揺らぎのない、まっすぐな瞳が見下ろしてきた。
「噂なんてものは、勝手に生まれて勝手に消える。だから、放っておけ。それに、お前の思い込みの激しさに振り回されるのは、今に始まったことじゃない。だから、別に気になどしていない。」
「………そっか。」
これはどう受け取ったらいいのだろうか。
だけど、今回は深く考えないことにして、素直によかったと思うことにした。
それに、きっと次は間違えない。
だけど、あの噂って本当なんだろうか?
火のないところに煙は立たないって言うし…。
いいや、自分で考えると、またろくでもないことになりそうだから、直接冬悟に確認するか。
「なぁ、冬悟。俺のいないところで、他のヤツに手なんて出してねぇよな?」
牽制するように、うーっと軽く睨むと、呆れた眼差しが返ってきた。
「…お前と出会ってからは、誰かさんの世話で忙しいからな。残念だが、余所見をしている暇がない。」
どれだけ俺を夢中にさせたら気が済むのだろうか、この男は。
冬悟に俺のことをもっと好きにさせるつもりが、気付けば俺の方がもっともっと好きになってしまっている。
冬悟への好きがずっと溢れて、止まらない。
「じゃあ、もっと忙しくさせちゃおっかな?」
「…いらん。頼むからお前は大人しくしていてくれ。」
「それはムリかも。」
そっと冬悟の首に手を回し、そのまま力強くグイッと引き寄せた。
そのまま、ソファに背中を預けにいく。
「っおい、純」
不意を突かれたようで、バランスを崩した冬悟は、俺に覆い被さるような体勢になった。
「冬悟、大好き。」
そのまま更に引き寄せ、その唇に噛み付くようにキスをする。
少し長めに口付けた後、ゆっくりと離れた。
久しぶりのキスに少し照れて、へへっとはにかむと、穏やかに、そして嬉しそうに目元が緩んでいき、フッと笑みも零した。
「…久しぶりにお前の笑顔を見たな。」
〜〜〜っ!!
その顔で、そのセリフは反則だろ!?
そして、時々出してくるそのデレで、俺を殺す気か!?
心臓が、ドキドキとうるさくなる。
だけど、時々こういう表情を見せてくれるようになったのは、純粋に嬉しい。
それに…一度触れてしまったら、もっと触れたくなってしまった。
まだ首に回していた腕を、もう一度引き寄せ、俺の鼻先を冬悟の鼻先にちょんとくっ付ける。
「なぁ、冬悟。たまには、もっと俺を求めて…?」
至近距離で、熱を帯びた視線を絡ませ、もう一度、お願いとキスをする。
後は、言葉なんてもう必要なかった。
何度も唇を触れ合わせ、俺達はただ、互いの温もりを確かめ合いながら、ゆっくりと、甘く深く、心と心を重ねていった―。




