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day.2

結婚の契約を結んでしまった次の日。

俺は大学を休んで自宅にいるが、気持ちが落ち着かず、自分の家の中なのに、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、そわそわとしていた。


確か、諏訪が今日家まで迎えに来るって言ってたよな。

だけど、アイツに住所は教えてねぇのに、どうやって来るんだろ?

もしかして、あの契約は幻になる!?


なんて期待半分、残念半分で悶々としていたら、ピーンポーンとチャイムが鳴った。

玄関に飛んで向かい、恐る恐るドアスコープを覗くと、なんと住所を知らない筈の諏訪が、目の前に立っているではないか。


ホラーかよ!


もう一度チャイムを鳴らす諏訪に、内心ゾッとしながらも、渋々この重い扉を開けた。


「遅い。出るのにどれだけ時間がかかるんだ。」


開口一番に文句を言ってきたこの男は、今日も今日とて仏頂面だった。

腕を組み、冷たく俺を見下ろしている。


「来て早々うっせぇなぁ。ってか、マジで来たんだ?」


ヒクッと口元を引き攣らせても、諏訪は眉一つ動かさない。

それどころか、当たり前だとでもいうように、平然と答えやがった。


「昨日迎えに行くと伝えた筈だが?」


どうやら、コイツは俺がドン引きしていることに気付いていないようだ。

いや、それとも、わかっていて無視してんのか?


「いやいや、俺、アンタに住所伝えてなかったと思うんだけど。どうしてここがわかったんだよ?」


くだらない質問だと言わんばかりに、はあっと盛大に溜息を吐かれた。

そして、相変わらず感情の読めない目で、俺を見据える。


「お前、昨日ホテルの床に、財布を落としただろう。その時に中身を少し覗かせてもらった。無論、盗ってはいない。ちゃんと返してあっただろう?」


「………マジ?」


クソッ、一生の不覚!!


いつ落としたんだろうか。

………全く記憶にねぇ〜!

まさかその一瞬だけで、ここに辿り着かれるなんて……!


ギリッと奥歯を噛み締めて、キッと目の前の男を睨みつける。


「ところで、用意はできているんだろうな?」


俺の睨みをスルーした諏訪が、そのまま部屋に入ってこようとするのを、バッと両手を広げ、それをブンブンと上下に振りまくりながら、必死で阻止する。


「うわぁー!今やってる!今やってるから!あと15分だけ時間をくれ!」


「遅い。10分だ。それなら、このまま外で待っていてやる。」


コイツ鬼か。


まさか来るとは思っていなかったから、実は何の準備もしていない。


だが、絶対に、入ってこられたくはない。


「わかったよ!そのかわり、絶対入ってくんなよな!」


そう捨て台詞を吐いて、俺はダッシュで用意するハメになってしまった―。





何とか諏訪を部屋に入れることなく、10分以内で最低限必要な物を用意した俺は、汗だくになりながらも、今度はベンツに乗り込む。

そして、役所に婚姻届を提出した後、諏訪の住む家に向かって、車は走っていった。


それにしても、このベンツのシート、ふっかふかで気持ちいい〜。

エンジンも静かだし、空調も完璧だ。

………そして癪だが、諏訪の運転も、実にスマートだ。

それに、ちらっと盗み見たその横顔は、とても凛々しくて男前だった。


「着いたぞ。」


その言葉にハッとして前を見ると、どデカいタワマンが、目の前にドドーンとそびえ立っていた。


「……まさかとは思うんだけど、アレ?」


「そうだ。」


………あれはどっからどう見ても、億ションじゃねーか!?

某都内の一等地のタワマンかよ!?


これだけで、凄い資産家であることは、容易に想像できる。


「あのさ、賃貸じゃないよな?」


「違うな。」


諏訪はこちらを一切見ることなく、淡々と答える。


「ローンは?」


「ない。」


………マジで社長なんだ。

マジで金持ちじゃん!!

これぜ〜んぶ俺の物になるなんて、最っ高〜!

一体、家にはどんなお宝があるんだろ!?


テンションが爆上がりした俺は、車を降りると、足取り軽くノリノリで家に向かっていった。


俺の新居は、このオートロック式でかつ、コンシェルジュのいるタワマンの上層階で、そして、ワンフロア全部だった。


それだけでも驚いていたのに、いざ部屋に入ると、あまりの広さに目を見開く。

これ、本当に1人暮らしだったのかよ?


中に進んでいくと、リビングの真ん中には大きなソファが置いてあり、それ以外はピシッと整理整頓されている。

その生活感のなさに、今度は愕然とした。


「…もしかして、つい最近住み始めた?」


「いや。もう3年は住んでいる。」


そっかと呟き、改めて部屋を見渡す。

1人で住むには広過ぎるそこには、一応暮らせるだけの家具や家電は置いてある。

しかし、使用された形跡がないものも、ちらほらと見受けられた。


「今日からここがお前の家だ。好きに使え。俺はもう仕事に戻る。」


「えっ!?おいっ!ちょっと待てよ!!」


鍵はこれだと机に置き、俺の呼びかけに振り返ることもなく、諏訪はスタスタと出ていってしまった。

見知らぬだだっ広い部屋に1人取り残された俺は、呆然と立ち尽くす。


「嘘だろ……。」


このクソ野郎!と心の中で悪態を吐きながら、仕方なく各部屋を見てまわる。

寝室にはクイーンサイズのベッドが1つ、別の部屋にはワインセラーがあった。

全く使用していない部屋もあり、多分その内の1つが、俺の部屋になるのだろう。

どこの部屋も、塵一つ落ちておらず、整理整頓されている。

もしかして、綺麗好きなのだろうか。


冷蔵庫には水や炭酸水、お酒といった飲料しか入っておらず、台所には鍋や包丁といった調理器具はない。

どうやら、食事は全て外食のようだ。


広いくせに、置いている物がなさ過ぎて、探索はすぐに終わってしまった。


あーあ、お宝はなかったし、つまんねーの。


暇を持て余していると、突然、疲労感に襲われ、目の前にある大きなソファに、ボフッと倒れ込んでみる。

ふかふかのそれは寝心地がよく、いつの間にか、そのまま眠ってしまったようだった―。






「ん……。」


目を開けると、辺りはすっかり暗くなっており、だだっ広くて、ふかふかのベッドの上に横たわっていた。


あれ?

俺、確かソファにいたような気が……?

まぁいいか。


ふぁ〜と欠伸をし、寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出ると、リビングのソファにワイシャツ姿の諏訪が座っていた。

帰ってきたばかりなのだろうか。


「おかえり〜。もう帰ってきたんだ。」


「もうって、お前、今何時だと思っているんだ?」


はあっと溜息を吐き、冷たい目で見てきた諏訪が、見ろと言わんばかりに時計を顎で差した。

はぁ?と思いながらも、渋々時計を見ると、なんと短針が夜の11時を指しているではないか!


「やべッ!寝過ぎた!そういや、アンタ晩飯」


ぐうぅっと腹の虫が大きく鳴ったことで、昼から何も食べていないことに気が付いた。

そりゃ、腹も減るよな。


頭を抱え、はああっと盛大に溜息を吐かれたと思ったら、どこかから買ってきた弁当を、ぐいっと押し付けられる。


「…これ食ってさっさと寝ろ。ベッドはお前が使え。」


「やった!弁当サンキュー!でも、ベッドはアンタのだろ?俺がソファで寝るよ。」


押し付けられた弁当を、早速開けた。

中身を見ると、どうやらコンビニや弁当屋のものではなく、どこかの料亭で包んでもらったもののようで、具材が豪華で美味しそうだ。


「今日は俺がソファで寝るから、お前が使えと言っている。どうせ明日には、お前のベッドが届く予定だからな。」


「ふーん。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうわ。ってか、この弁当めっちゃ美味ぇー!」


ガツガツと弁当を腹の中にかき込みつつ、風呂場に向かっていく諏訪の背中を、ちらっと横目で追う。

………何だ、ちゃんと釣った魚に餌をやるタイプなんだ。

俺が食べていないかもって、弁当を用意してくれるなんて。

それに、ベッドの用意まで。


案外、悪いヤツでは無いのかも………?


俺は案外単純なのかもしれない。

たったこれだけのことで、絆されそうになっている。


食べ終わってソファで寛いでいると、風呂場から諏訪が戻ってきた。


「おい。」


「何?」


振り返ろうとする前に、突然、目の前にドサッと“何か”が落ちてきた。


こ、これは―!?






目の前に落とされたのは、なんと札束だった。


「今月の小遣いだ。」


初めて見る分厚い札束。

それを大事そうにそっと抱え、頬擦りする。


「俺の50万円!!!」


「あと、お前の食事やら必要な物は、このカードを使え。」


上からピッとこちらに向かって投げられたカードは、なんとブラックカードだった。


「ちょっ!こんな最高級カード、雑に扱うなよ!」


まさか自分がブラックカードを手にすることになるなんて!

それに、50万も貰うから、食事もその小遣いから出すものだとばかり思っていた。

ガチで全額、“お小遣い”なんだ!!

顔がニヤニヤとニヤけるのを、抑えられない。


「ただのカードだ。但し、カードで使った明細は、俺は確認できるからな。もし、変な物を買ったら、来月の小遣いから天引きだ。覚えておけ。」


「はぁい。」


チッ、カードはマジで必要な物しか買えねぇな。

思う存分、散財してやろうと思ったのに。


「あと、明日の夕方4時頃に、お前の荷物が届く予定だ。受け取っておけ。」


「あぁ、ベッドのこと?わかった。」


4時ならもう大学の講義も終わっているし、帰ってこれる時間だ。


「必要な物は、もうないな?」


淡々と確認作業を行う諏訪に、忘れられている大事なものを要求する。


「ある。アンタの連絡先。電話番号とメルアドとSNSやってんなら、それも。何かあった時に連絡つかないのは、困るから。」


「…わかった。」


諏訪はスマホを取り出し、俺達は連絡先を交換した。


「…連絡は、必要な時だけ寄越せ。それ以外では、してくるなよ。」


「はぁ?」


意味不明なことを言ってくる諏訪に、顔をしかめる。

いや確かに、何かあった時にとは言ったけど。

基本連絡してくんなって、どういうことだ!?


「仕事の連絡を確認するだけで手一杯だ。悪いが、くだらん連絡に付き合う暇はない。但し、何かあったら、すぐに連絡しろ。」


………前言撤回。

コイツやっぱりイヤな奴だ!

暴君な目の前の男を、キッと睨みつける。


「アンタさ、俺と夫夫になった自覚はあんのか?ただでさえも、すれ違いの生活でコミュニケーション取れねぇのに!契約とはいえ、この関係を続けたいなら、アンタも俺とコミュニケーションを取る努力をしろ。無駄な連絡めっっちゃくちゃしてやるから、全部ちゃんと確認しろよな!」


そう捲し立てても、面倒臭そうに深い溜息しか吐かない諏訪にイラッとし、ソファに置いてあったクッションをぐっと掴み、顔面に向かって投げつけた。

しかし、ひょいと躱される。


「ちゃんとやれよ!」


そう言い残して、フンッと鼻息荒く風呂場に向かった。


「…どうやらアイツは、条件を忘れてしまっているようだな。……だが、どうせ、それ程長い付き合いにはならんだろうから、放っておくか。」


そんな諏訪の呟きを、俺は知る由もなかった。





結局、広いベッドでぐっすりと寝た俺が、次の朝起きると、もう既に諏訪の姿はなかった。

社会人って忙しいのな。

部屋を見渡すと、昨日はなかった筈のパンが、ポツンと机に置いてある。

そして、冷蔵庫を開けると、昨日はなかったジュースが何本かと、小腹が空いた時に食べられそうな物が少し入っていた。

なんだかんだいいつつも、こういう気遣いはできるんだな。


………ズルい奴。


だがこの後、あり得ない事態が発生するなんて、この頃は思いも寄らなかった。

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