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ゆきのまちシリーズ

『思う絵』

作者: 謎村ノン

 ようやく、大手のクライアント向けのイラストを仕上げたので、データ入稿で送信する。達成感を感じるものの、仕事が立て込んでいて根を詰めて進めていたので疲れた。少々空腹感を覚えたので、僕は、仕事用に使っている六畳の部屋を出て、暗い廊下にでる。一人暮らしに使うには広いはずの3LDKのマンションの廊下は、資料や何やらで埋もれている。サンダルを履いてドアの鍵をかけ、マンションのオートロックのエントランスをでると、暗い街灯の下、誘蛾灯のように明るいコンビニまで歩いた。もう夜半どころか朝が近い時間帯だったせいか、弁当のたぐいはあまり置いておらず、棚に余っていたサンドイッチと総菜パンを取ってレジに置いた。奥で腰掛けていた店長がでてきて、無愛想な表情でレジ打ちする。この店には、高校の頃から通い詰めているものの、店長どころかどの店員とも言葉を交わしたことはない。野太いありがうございましたの声に追いだされるようにコンビニをでて、マンションに戻る。昨日は、一日中ずっと部屋を出ていなかったので、ポストを確認すると、広告チラシに混ざって秋田の母からの葉書が入っていた。

 母の手紙は、時候の挨拶に続いて僕の仕事の心配と、たまには実家に帰ってこいというものだった。

 そういえば、美大を出てイラストレーターとしての仕事を始めてからもう十年以上経つものの、実家には数えるほどしか帰っていない。

 そもそもその『秋田の実家』というのは、母の生家であり、父と別居して戻った家だ。元々、母方の祖父母と独身の叔父が暮らしていたものの、母の両親は既に亡くなっているので、今は母と叔父だけが住んでいる。

 昼過ぎまで寝て、ふと思いだして母に電話をすると、すぐにでた。

「……あんた、ちゃんと食べられている? 東京は物価が高いから、こっちに来て、畑を手伝ってくれれば、いくらかでも生活費を抑えられるわよ」

「ん、普通に生活できるだけは、稼いでいるよ」

 いくつかの出版社と定期的に仕事をしている。しかし、最近、生成AIが幅を利かせていて、イラストの仕事自体が減ってきたような危機感を感じている。早くからPCを使って描いているものの、中途半端なイラストだと、AIで描いたのか自分が描いたのか分からないと担当者に言われたことがあった。

 例のコロナ騒動の前から、担当者と打ち合わせをするのも、ウェブ会議やメールで済ませることが多くなっていた。

「たまには、帰ってきなよ。美味しいリンゴがあるよ」

「そうだね……。遅い冬休みをとろうかな」

 母と話しているうちに、思いのほか、疲れが溜まっている自分に気がついた。パソコンのToDoリストを眺めて、思い立ったが吉日と、休みを取ることにした。


***


 母からのハガキを鞄に突っ込んで、僕は,秋田行きの新幹線に乗った。

 仙台で切り離されて在来線と同じ線路を進む車内から眺める景色は、徐々に雪をかぶった田畑へと変わっていった。母の声は、電話越しには元気そうだったが、不義理をして、悪かったなあと、思っていた。

 車内は、完全に暖房が効いていたが、僕の指先は冷えていた。スマホを握りしめる手に、汗がにじんでいた。お得意様だった出版社から、次の仕事はないという、丁寧なビジネスお断りの仕事メールがきたのだった。

 ――生成AIの台頭で、僕の仕事は減り続けていた。イラストレーターとしての自分の価値が、日に日に薄れていく感覚を覚えていた。

 その思いを振り払うように、僕は窓の外を見た。うっすらと積もった雪原が広がり、遠くに黒い森が見えた。その静けさが、逆に不安を煽った。


 最寄りの駅に着いたとき、冷たい空気が頬を刺した。吐く息が白く、僕はコートの襟を立てた。

 改札を抜けると、母が立っていた。

「おかえり」

 笑顔だったが、母の頬は少しこけ、叔父の背中は以前より丸くなっていた。僕は、笑顔を作りながら、胸の奥で小さな痛みを感じていた。

 母の運転する車で家に着くと、懐かしい匂いが鼻をついた。

 畳の匂い、灯油ストーブの匂いだと思った。

「ただいま」

 僕は、靴を脱ぎ、ガラスの引き戸を開けて居間に入った。そこには、祖父母の写真がそのまま残っていた。

 母は、台所でお茶を淹れた。叔父は、炬燵に座って新聞を広げていた。その光景は、記憶の中のままだったが、どこか色褪せて見えた。


 夕食の席で、母は、僕に漬物を勧めながら言った。

「これ、ウチの畑で取れたのを、地下室で着けておいたのよ。ホントに畑を手伝うこと、考えてみて。ほら、今は、インターネットで、田舎で働く人も多いでしょ?」

「そうだね……」

 もともと寡黙な叔父は、黙って酒を飲み、時折、僕をじっと見た。その視線に、微笑んで頷き返した。

「……ときどき、都内で打ち合わせするから、都内にいた方が、仕事のチャンスが多いかな?」

 しかし、その言葉の裏にある不安を、母は、見抜いていたのかもしれない。少し、心配そうに応えた。

「仕事、大変なの?」

「まあ……最近は、AIが強くてね。僕らの仕事、減ってきてる」

 母は、小さく頷き、煮物を僕の皿に移した。

「あんた、絵を描くのが好きで東京に行ったんでしょう? 好きなこと、続けなさいよ」

 その言葉が、妙に重く響いた。好きなことを続ける。それが、こんなにも難しい時代になるなんて、誰が想像しただろう。


 夜、布団に入っても眠れなかった。

 天井の木目を見つめながら、僕は考えた。なぜ、こんなにも胸がざわつくのか。家の中の静けさが、耳を圧迫するように重く感じられた。都会の孤独とは違う、と思った。

 雨戸が震え、地吹雪が唸っていた。その音が、誰かの声のように聞こえた瞬間、僕は布団を頭までかぶった。寝付くまで、心臓の鼓動が、やけに大きく響いて聞こえた。


***


 翌朝、雪が少し積もっていた。 庭の柿の木が白く染まり、枝が重そうに垂れていた。

 まだ、この季節なら、根雪にはならずに溶けるだろう。僕は、スケッチ用のタブレットを片手に、思い出の街を歩くことにした。

 雪に覆われた商店街は、シャッター通りが続いていた。除雪車の音が遠くから聞こえてきた。

 足跡のない路地を歩きながら、僕は、過去を探していた。だが、その過去は、もう僕のものではないような気がしていた。

 十年前、ここには活気があった。人々の声、子供の笑い声、祭りの太鼓の音があった。

 しかし、過疎化が進んだせいか、行き行く人は、ほとんどいないようだった。

「……久しぶりだね」

 背後から、声がした。

 振り返ると、そこに彼女が立っていた。

 中学の頃、片思いしていた女の子だった。驚いたのは、その若さだった。

 十年以上、経っているはずなのに、彼女は、あの頃のままだった。長い睫毛、肩までの黒髪が雪の照り返しを受けて光り、白い肌が寒さにほんのり染まっている。まるで、雪景色の中に咲いた花のようだった。少し照れたような笑みを浮かべていた。

「本当に……君なのか?」

 声が震えた。彼女は、笑って頷いた。

「そうだよ。こんなところで会うなんて、運命みたいだね!」

 その笑顔は、記憶の中よりも柔らかく、僕の胸を強く打った。


 僕たちは、近くの喫茶店に入った。

 古びたドアを開けると、カランと鈴が鳴った。店内は薄暗く、ストーブの熱で、窓が曇っていた。テーブルの木目は擦り切れ、壁には、色褪せた有名人の色紙が貼られていた。そういえば、中学の頃は、一度も入ったことがなかったなあ、と思いだした。

 僕は、彼女の向かいに座り、コーヒーを注文した。

「東京で、絵を描いてるんだって?」

「うん……まあ、なんとかね」

 僕は、曖昧に笑った。彼女の視線が、僕の奥を覗くように深かった。

 年老いたマスターが、すぐ運んできてくれた白いカップからは、湯気が立ち上っていた。

「昔みたいに、絵を見せてよ」

 その言葉に、胸が痛んだ。僕は、タブレットを開き、最近描いたスケッチを見せた。彼女はじっと見つめ、指先でスクリーンを、なぞった。

「……優しい線だね。昔と変わらない」

 彼女は、カップを両手で包み込み、湯気に顔を近づけて目を細めた。

 その仕草が、妙に幼く見えた。笑うとき、肩が小さく揺れる。

 僕は、その一つ一つを目で追いながら、心臓の鼓動を抑えられなかった。

「覚えてる? 中学の文化祭で、君が入場門に描いた絵。みんなで見て、すごいって言ってた」

「覚えてるよ。あの時、君は、『私も絵を描きたい』って言ったっけ」

「そうそう。でも、結局、描けなかったな」

 彼女は、笑った。その笑顔に、僕は胸が熱くなるのを感じた。

「君、あの頃から変わらないね」

 僕は、思わず言った。

「そうかな? でも、君は変わったよ。大人になった」

 彼女の声は、少し寂しげだった。


 僕たちは、中学時代の話を続けた。

 放課後の教室で、二人で黒板に落書きをしたこと。図書室で、好きな漫画をこっそり読み合ったこと。ひとつひとつの記憶が、雪のように静かに降り積もっていった。


「この街、変わっちゃったね」

 彼女は、窓の外を見ながら言った。外には、閉じたシャッターばかりが並んでいた。

「昔は、もっと賑やかだったのに」

「そうだね……」

 僕は、言葉を探した。彼女の横顔が、記憶の中の景色と重なった。だが、その重なりは不自然なほど、鮮明に思えた。

「君は、地元の高校に通ったんだっけ?」

「そうそう。卒業したあと、すぐ、信金に勤めたんだよ。君の叔父さんに紹介してもらった」

「そうだったんだね? 僕のほうは、大学を出たあとは、ずっと一人でイラストを……」

 中学後の話をしばらく話したものの、彼女は、現在の様子については、少し言葉を濁した。

 不思議に思いつつも、根掘り葉掘り訊くのは悪いかと思い、適当に相づちを打った。

 別れ際、彼女は、「またね」と言った。その声が耳に残った。

 僕は頷きながら、胸の奥で不安が膨らんでいくのを感じていた――なぜ、彼女はあの頃のままなのか。なぜ、僕の心はこんなにも、ざわつくのか。


 家に戻ると、母が台所で野菜を刻んでいた。

「あんた、誰かに会った?」

「……昔の友達に会ったよ」

 僕は、彼女に出会って、話しをしたことを話した。

 母は、手を止め、僕を見た。

「あの子、最近うまくいってないって噂よ。夫と……」

 言葉が途切れた。

 僕は、黙って頷いた。確かに、彼女は、もう結婚しているようなことを匂わせていたものの、胸の奥で、何かが冷たく広がっていった。


 夜、布団に入っても眠れなかった。彼女の笑顔が、瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

 あの声、あの仕草、まるで時間が止まったような存在だった。天井を見つめながら、また心臓の鼓動を数えた。遠くで風が唸り、雨戸が震えた。

 僕は、目をぎゅっと閉じた。深い闇が、僕を包み込んだ。


***


 秋田から戻った僕は、久しぶりに東京のマンションの鍵を開けた。

 冷たい空気が部屋に漂っていた。外の街灯が窓に映り込み、部屋は灰色の影に沈んでいる。

 鞄を床に置いた瞬間、胸の奥で小さなざわめきが広がった。

 あの再会が、まだ現実感を伴っていなかった。彼女の笑顔、声、仕草が、記憶の中で異様なほど鮮明に輝いていた。


 机に向かい、仕事を始める。クライアントからの依頼で、AIを使った下絵を生成する必要があった。

 僕は、ノートPCにプロンプトを入力し、画面を見つめた。

 すると、現れたのは、彼女に似た女性の姿だった。設定を変えても、結果は同じだった。肩までの黒髪、白い肌、柔らかな微笑み。偶然にしては、あまりにも一致していた。


 背筋に、冷たいものが流れたように思った。しかし、締め切りは迫っている。

 僕は、その絵をベースに、仕上げをした。完成したイラストは、彼女そのものだった。液晶タブレットを握る手が震え、心臓の鼓動が耳に響いた。なぜ、こんなことが起きるのだろう? LoRAも何も設定していないのに……。

 なんとか入稿した後、完全食というプロテインだけを飲んで、ソファに横になった。気づいたら、寝てしまっていた。


 翌日、インターホンが鳴った。

 ドアを開けると、そこに彼女が立っていた。

 黒いコートに雪の粒をまとい、頬を赤らめて、微笑んでいた。

「えーと、ここの住所を教えたっけ?」

 彼女は、首を振った。

「叔父さんに聞いたわ。それより、夫と別れたから、行き場がなくてさ。しばらく居させてくれないかな?」

 その言葉は、現実感を欠いていた。しかし、僕は、戸惑いながらも、頷いてしまった。


 同居生活が始まった。

 彼女には、元々、あまり使っていなかった一部屋に、ソファベッドを運んで、住んでもらうことにした。

 彼女は、朝食を食べると時折、仕事を探すといって出かけたものの、家にいるときは部屋に花を飾り、カーテンを替え、空気を変えていった。

 朝、彼女が淹れるコーヒーの香りが漂った。笑い声が、部屋に満ちた。

 僕は、幸福感を感じながら、リビングに置かれたPCに向かって仕事をした。

 家事をしている彼女は、時折、僕の後ろにいて、僕の描いた絵を見ていた。

「どうかな?」

 感想を求めると、彼女は、無邪気に微笑んだ。

「この部屋、もっと明るくしようよ」

「分かった」

 僕は、プロンプトを変更して、カーテンを明るい色にした。

 次の日、起きてみると、カーテンが、白いレースに変わっていた。

「あれ?」

 昨日、描いたイラストの絵のようだと思った。

 その日、ちょっと豪華な夕食を用意した彼女は、発泡ワインを開けて、微笑んだ。

 僕は、彼女の意図について、よく分かっていた。

「わたしたち、このまま、うまくいけるんじゃないかな?」

 彼女の言葉に、僕は頷いた。

「結婚しよう」

 彼女は、大輪のように笑って頷いた。

 彼女の用意してくれた夕食は、大変、美味しかった。


 次の日、朝起きると、彼女は出かけた後だった。

 用意されていた朝食を食べた後、僕は、母に電話をした。

「母さん。実は、彼女がこっちに来てさ……」

 結婚する報告をしようとしたら、電話の先で、母が驚いたような様子が伝わってきた。

「母さん?」

「……ニュースを見なさい!」

 母の言葉に、僕は、スマホを開いた。

 そのニュースを見た瞬間、僕の世界は音を失った。

 スマホの画面に映る文字が、氷の刃のように、胸を刺した。

『夫に殺害された女性の遺体を地下室で発見』

 ……その名前は、彼女だった。推定された殺害の日付は、彼女が僕の部屋にきた日と同じだった。

 僕は、気づいたらスマホを落としていた。

 膝が震えた。彼女は誰だ? 幻覚か? 狂気か?

 頭の奥で何かが軋むような音がして、現実感が薄れていった。

 よろよろと拾い上げたスマホを握りしめた指先が冷たかった。

 幻覚を見たのか、病院に行こうかと思った。

 そのとき、視界の端で異様なものが動いた気がした。PCの壁紙にしたモニターの中の彼女の絵が、にこりと微笑んだ気がしたのだ。

 目の錯覚だろうか。僕は瞬きを繰り返した。だが、絵の中の唇は、確かに動いた。

 笑みを、浮かべていた。


 背筋に冷たいものが走り、心臓が早鐘を打った。

 僕は、慌ててスマホで、その超常現象の検索を始めた。

 すると、一件のサイトが目に留まった。

『電子供養サービス、リモート霊視対応。相談費用は、三十分まで無料』。

 胡散臭いと思いながらも、藁にもすがる思いで、僕は、SNSの指定された会議室へコールした。待機音が異様に長く感じられた。

「はい、こちら電子霊能者センターです」

 女の声がした。妙に落ち着いた声だった。僕は、息を整え、状況を説明した。

「絵が……笑ったんです。彼女の絵が……」

 声が震えていた。でも、なんとか、何が起こったか説明した。

 女は、しばらく黙った後、低い声で言った。

「リモート霊視を行います。カメラをオンにしてください」

 僕は、スマホを絵に向けた。画面越しに、霊能者が何かを呟いた。祝詞のような感じだった。

 数分後、霊能者は告げた。

「どうも、彼女の魂が、生成AIのモデルに一部、取り込まれているようです」

 その言葉に、僕は息を呑んだ。

「そんなことが……あり得るんですか?」

 声が裏返った。霊能者は、淡々と続けた。

「AIは、膨大なデータを学習しています。その過程で、強い怨念や残留思念が混入することがあります。あなたが使ったモデルは、通常のものとは、違っているはずです」

 僕は、慌ててPCを開き、モデルのハッシュ値を確認した。

 ダウンロードサイトに記載された値と、今の値を比較する。

 違っていた。確かに異なっていた。背筋が凍った。

 誰かが、改ざんしたのか? それとも、本当に……彼女が?

 僕は、霊能者に叫んだ。

「どうすれば、いいんですか!」

 返事は、冷たかった。

「供養するしかありません。私の方で、リモート供養しますので、終わったら、モデルとデータを削除し、彼女の絵を印刷して、燃やしてください」

「いえ、やっぱり結構です!」

 僕は、そう告げて、会議室から退出した。

 絵を燃やす? 彼女を消す? ……そんなこと、できるはずがない!

 僕は、よろよろと歩くと、ソファに腰掛け、座った。たしかに、彼女の香りがするような気がした。

「おかしい……何が現実なんだ?」

 頭を抱えた。


***


 彼女は、帰ってこなかった。

 それから、僕は生成AIのモデルに、様々なプロンプトを入力し始めた。

 最初は、単なる興味だった。『彼女と朝食をとる風景』『彼女が笑っている部屋』『二人で過ごす静かな夜』――そんな言葉を打ち込むたび、画面に現れる絵は、僕の記憶をなぞるように鮮明だった。

 彼女の笑顔、指先の動き、髪の揺れ方まで、まるで生きているかのように再現されていた。

「おかしいなあ……こんなに高性能なモデルじゃないはずなのに……」

 不思議だった。なぜ、こんなにも正確なのか。

 僕は、AIの精度に驚きながらも、その裏に潜む何かを感じていた。

 霊能者が言った言葉が頭をよぎる――『彼女の魂がモデルに取り込まれている』。

 馬鹿げている。だが、否定できなかった。絵を描くたび、彼女が近づいてくる気がしたのだ。


 やがて、僕は、日常のすべてをプロンプトに変えた。『彼女とコーヒーを飲む朝』『彼女が窓辺で本を読む午後』『彼女が僕を見つめる夜』。生成された絵は、僕の部屋に貼られていった。壁一面に彼女の姿が広がる。笑顔、沈黙、微笑み。その視線が、僕を追っていた。


 そして、ある日、気づいた。部屋が変わっていた。

 カーテンの色が、絵と同じ白に変わっていた。机の上には、絵に描かれた花瓶と同じ形の花瓶が置かれていた。

 僕には、買った覚えがないが、そこにある。

 床の模様も、絵と同じだった。現実が、絵に侵食されていた。

「そうか……」

 恐怖と陶酔が、ないまぜになって、僕は笑った。泣いた。

 しかし、僕は、描くことをやめられなかった。液タブのペンを握る指が、震えた。『もっと』という声が耳元で囁いたように思った。彼女の声だ。

 僕は、プロンプトを打ち込み続けた。そして、『彼女と過ごす日々』と打ち込んだ、次の瞬間、背後から声がした。

「こんばんは、戻ってきちゃった」

 振り返ると、彼女が立っていた。白いワンピースを着て、微笑んでいる。その笑みは甘美で、同時に冷たいように思えた。

 僕は、言葉を失った。

「よかった……」

 声が震えた。彼女は指を唇に当て、しっ、と言った。


 その瞬間、闇の中で、目を覚ました。

 しかし、目を開けても、闇は消えなかった。

 部屋の輪郭が溶け、壁と床の境界が曖昧になっている。僕は、ベッドの中で息を潜めた。耳を澄ますと、何かが囁いていた。

「もっと描いて」

 その声は、ずっと聞いてきた、彼女の声だった。

 僕は、立ち上がろうとしたが、足が床に沈んだ。絵の具のような感触が足首を包み、冷たい液体が皮膚を舐めた。

 壁に目を向けると、そこには、無数の彼女の顔が貼り付いていた。笑っている。泣いている。怒っている――だが、どれも僕を見ていた。僕を、覗き込んでいた。


 そこで、目が覚めた。

 白いカーテンから、朝日が差し込んでいた。

 僕は、思い出していた。母は、大分昔に亡くなっていたなあ、と。そもそも、実家で母が亡くなったから、結局、僕は父に引き取られたのだ。

 あの日、電話で話した声は……誰だったのか。僕は、本当に秋田に行ったのだろうか……?

 そういえば、叔父は、職場の新人の若い女の人と結婚した、と聞いたことがあったような……。

 背筋が凍った。現実が遠ざかる。

 部屋の壁が、絵と同じ模様に変わっていくように思えた。またもや、カーテンが呼吸し、床が波打った。

 僕は、笑ったのか、泣いたのか、自分でもわからなかった。

 そのとき、背後から声がした。

「おはよう」

 振り返ると、彼女が立っていた。白いワンピースを着て、微笑んでいる。その笑みは甘美で、同時に冷たかった。

「今日も、描いてね。あなたの絵を見るの、好きなの」

 ベッド横まで歩いてきた彼女が、僕の手を取る。その手は冷たく、骨のように硬かった。


(了)

これは、十年以上前、今はなき某ゆきのまち幻想文学賞用に書いていた小説を、AIを使って、現代風に書き直したものです。そういえば、最近、秋田へは行ってないですねえ。。

(Noteにも同時投稿しています)

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