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第8話 お客様第一の意味

 領主の館は村の質素な木造家屋とは異なり、石造りの堅牢な建物だった。

 酒場での一件の後、世奈は緊張しながらその重厚な扉をくぐった。

通された広間は豪華ではあるが、どこか実用を重んじた造り。無駄な装飾は少なく、質素な中にも威厳が漂う。


「来てくれて感謝する、世奈殿」

 彼は優しい口調で言葉をかける。

 その眼差しには、権力者にありがちな傲慢さではなく、真摯な人柄がにじんでいた。

「さて……まずはあの場で村を救ってくれたこと、心より礼を言う。息子の非行については、父として責を感じている」


 頭を下げる領主の姿に、世奈は思わず言葉を失った。

 自分の生きてきた中で偉い人の中で、こんな誠実な姿を見るのは初めてだったからだ。

 そんな人柄に信用したのは、世奈は自分の事を説明しだした。

「私の力は……あまり人に説明できるようなものじゃないんです。けれど、理不尽に苦しむ人を放っておけなくて」

 世奈はこれまでの村での出来事を話した。宿屋での恋愛相談、痴話げんかの仲裁、そして酒場での一件。


 領主は深く頷きながら耳を傾ける。

「君は、たくさんの人を救ってきたんだな」

 領主は少し遠い目をした。

「『お客様第一』という言葉を、耳にしたことはあるか?」

 世奈はハッとした。


「この地域のルールでしたよね。私もよく聞きました」

「そうか。この言葉はな、先代領主、つまり私の父が残した言葉だ」

 領主は穏やかに続ける。

「商家の出であった父は、領地を治めるようになっても、商売の精神を忘れなかった。『店は客を第一に思え。しかし客はそれに見合う振る舞いをせよ。信頼は相互の上に成り立つのだ』と、いつも言っていた」


 世奈の胸に、深く響くものがあった。

 それはまさに、日本で彼女が心の奥に抱えていた思いと同じだったから。


「しかし……」

 領主の表情が曇る。

「その言葉を曲解し、『客は絶対的に偉い』と流布している団体がある。彼らは他領地でも問題を起こし、私も頭を悩ませている」


 世奈は拳を握った。

 それはまさに、自分が前の世界で戦ってきたものと同じだった。

「……私のいた場所では、カスハラって呼ばれてました。もし同じように苦しむ人がいるなら助けたい。それが今の私の気持ちです」


 世奈の言葉に、領主はゆっくりと頷くと、懐から一つの指輪を取り出した。

 それは銀色に輝き、家紋を象った紋章が刻まれている。

「これは我が領家の紋章入りの指輪だ。これを見せれば、この領地内は自由に行き来できる。困っている人々を助けるために使ってほしい」


 世奈は驚きとともに、ありがたくその指輪を受け取った。

「ただ……一人では心もとないだろう」

 領主は笑みを浮かべ、後ろに控えていた若者を呼び寄せた。

「紹介しよう。アッシュ・ハマー。我が家に仕える騎士見習いだ」


 現れたのは、金髪に整った顔立ちをした長身の青年。

 絵に描いたような騎士然とした姿に、世奈は思わず背筋を正してしまう。

 これから街や村を行き来するなら、野生動物や話にすらならない賊もいるとなると、一人では心もとないのはたしかだった。


「……よ、よろしくお願いします」

 緊張しながら頭を下げる。

 アッシュは真面目そのものの表情で、固い声を出した。


「はい、こちらこそ、世奈様」


「えっと……」

 世奈は苦笑しながら手を振った。

「もうちょっと柔らかくいきたいな。だから世奈って呼んでほしい。私も『アッシュさん』って呼ばせてもらうね」

アッシュは一瞬、目を丸くし、それから少しだけ笑みを見せた。


「……わかりました、世奈さん」

「うん、よろしくね、アッシュさん」

 二人はしっかりと握手を交わした。


 こうして世奈は、領主の後ろ盾と、頼れる仲間を得て、領地内での新たな役割──揉め事を解決する旅へと踏み出すことになるのだった。


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