第6話 領主の息子
村に穏やかな朝が訪れたある日、酒場の主人が困った顔で世奈を呼んだ。
「世奈ちゃん、大変だ……今日、領主の息子が村に立ち寄るらしいんだ。私兵を連れていて、素行が悪くて有名なんだ。あちこちで暴れ回るかもしれない」
世奈は眉をひそめる。
──領主の息子……誰も文句を言えないやつね。前世なら、こういう理不尽に耐えるしかなかったわけだ。
「わかった、何かあったら言って」
と世奈は答えた。
昼過ぎ、村に豪華な馬車が到着した。
中から現れたのは、堂々たる風格の青年──領主の息子である。
その周囲には4人の私兵が付き従い、村人は恐る恐る距離を置く。
「相変わらず、しけた村だなぁ」
と息子が声を上げる。
酒場に入るや否や、ど真ん中に座り、周囲を私兵たちが囲む。
「おい、注文してんだから、早くしろよ。」
村人や店員に対しても、横柄な態度で手荒く接する。机を蹴り飛ばし料理を寄越せと催促する。
「まったく……前世のブラック企業も真っ青だな」
と世奈は小さくつぶやいた。
注文も好き放題、食べ残しや飲み残しも平然と放置する領主の息子。
店員が支払いの話を切り出すと、息子は得意げに笑う。
周囲は言葉を飲み込むしかない。
「僕はここの領主みたいなもんだぞ。細かいことを言うな。それより今日は疲れたから泊まってから帰る。2階の宿の客は全員追い出せ。僕たち以外入れるな」
さすがに理不尽が過ぎる。
世奈は静かに立ち上がり、足を踏み出す。
「少し、その辺にしませんか。いずれは人の上に立つ側でしょう?もう少し領民の事を考えることは出来ませんか?」
首飾りの宝石が黄色く光る。ゲージが溜まりつつある。
「なんだ?この女。おい、村の代表はどこだ。しつけがなってないやつがいるぞ!なんだったら、この村だけ僕の一声で徴税額を増やしてやろうか?」
「そんな言い方してたら、領民だっていなくなってしまいますよ。領民がいない土地で何をされるんですか?見た目からして子どもではないでしょう。」
「うるさい女だな。お前、今日僕の部屋に来い!身の程をわからせてやる」
──救いようがないな、本当に
スキルを発動される。
「うっ……な、難だこの……!? 苦しいっ誰か助けろっ……!」
息子は必死に身をよじり、幻覚の中での圧迫感に耐える。
領民がいなくなり、作物が提供されなくなった中、飢えに苦しむ幻覚を見せられている。
食べ物を粗末にして、それをつくってくれてる人達をないがしろにするやつにはぴったりな末路だ。
数分後、幻覚は消える。
息子は顔を真っ青にし、震える声で私兵に命ずる。
幻覚の中で苦しむ自分を見ても、むしろ怒りを増幅させる。
「こんなことをして許さない! 酒場内の人間を全員連行して、罪に問う!」
その横暴に、ついに他の村人たちも声を上げる。
「そんな理不尽、許せるか!」
しかし、私兵が取り巻きとしている以上、武力で止めるのは至難の業だ。
幻覚を見せても反省しない息子はますます激昂する。
「そんな……」
世奈の胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。前世では耐えるしかなかった理不尽に、またしても立ち向かえない事に心が折れそうになっている。
──どうして……どうして、理不尽には勝てないの……
その瞬間、首飾りの宝石が黄色から赤く輝きだした。
眩しい光に包まれ、世奈の心に熱い衝撃が走る。
「……これは……」
赤く光る宝石は、これまでの黄色の警告とは違い、何かが限界を超えたことを告げている。
世奈は深呼吸し、手に握った首飾りを見つめる。
──まだ、やれる……?
だが、目の前で理不尽を振るう領主の息子は、誰の声も耳に入れず、怒鳴り散らす。
私兵が村人達を捕縛しようとする。
村人たちは恐怖で、逃げ惑う。
目の前の現実の無力感に打ちのめされる。
それでも、胸の奥で小さく火が灯る。
──諦めるのか……私……?
赤く輝く宝石が、世奈に問いかけるように光を放つ。
そして、世奈は気づく。
──これは、私の力が次の段階に進む合図……
酒場の中、暴れる領主の息子を前に、世奈は首飾りを握り締め、覚悟を決める。
この赤い光が何を意味するのか、確実に感じ取ることができた。
「……次は……負けない……」
首飾りの光が強まる中、世奈は震える手を握り締め、深呼吸をした。
酒場では村人たちがざわめき、恐怖と怒りの入り混じった声が響く。
──もう、前世の私じゃない。
赤く光る宝石を胸に、世奈は次の一手を静かに見据えた。




