第4話 相談所
宿屋の2階で朝の光が差し込む。
最近は、1階に降りるとすでに世奈をまっている人がおり、いつもの席に腰を下ろし、村娘の恋愛相談に耳を傾けていた。
「世奈さん、実は……あの人、私のこと気になってるんでしょうか……?」
少女は少し顔を赤らめ、手元の布をもじもじといじっている。
世奈は笑みを浮かべながら、肩を軽く叩いた。
「ふむふむ、なるほどね~。学生時代から人の相談聞く側だったから、案外こういうの得意なんだよね、私」
──社会人になっても、自分の恋愛はそっちのけで後輩を応援していたことを思い出す。
あの子が先に寿退社したときの悔しさ……今こそ昇華させる時。
「まずね、焦らないこと。相手の行動や言動から色々推測してみるのも大事だけど、自分から動く勇気も忘れちゃダメ」
村娘は目を輝かせ、世奈の言葉をメモのように心に刻む。
しばらく相談は続き、アドバイスを一通り終えると、少女はにこにこと笑って席を立った。
「ありがとう、世奈さん!頑張ってみます!」
世奈も自然に笑みを返す。
──よし、上手くいきそうだ。前世の私だったらできなかったことだな。
日が傾くころには、酒場の一角は世奈の人生相談所のような雰囲気になっていた。
恋愛相談だけでなく、痴話げんかの仲裁、家計の相談、果ては経営まがいの相談まで。
世奈は適宜助言し、相手が納得できる形でまとめる役目を果たす。
「はははっ、そのテーブルには世奈ちゃんの人生相談所って書いといてやんよ」
酒場の主人が笑いながら、疲れきった世奈の前に冷たい飲み物を置く。
「ごめんねぇ、マスター。席独占しちゃってるようになってて」
「なあに!ついでに注文していくやつも多いしな、むしろこっちは有難いぜ。俺もあとでカミさんの誕生日プレゼントの相談するからよろしく!」
世奈は心の中でこっそり呟く。
──ああ、マスターも既婚者なのね。爆発すればいいのに……。
相談が終わった後に置いていかれるお金を眺め、世奈は少し考え込む。
──相談ってのは、解決のためじゃなくて、自分の考えを整理するために他人の力を借りてるだけ。
提案された中から選んで実行するのは本人の力だし、知らないことを教えてもらうのは価値あるけど……お金をもらうほどの価値があるのかなぁ?
少し悪いことをしているような気分になっていたその時、最初に世奈が助けた酒場の店員、マリアが声をかけてきた。
「世奈さん、何か変なこと考えてませんか?」
「え? 表情に出てた、私?」
と世奈は驚く。
「わかりますよ、世奈さん悩んでる時、こんな顔してますよ」
マリアは両手で眉を動かし、困り眉を作る。
世奈は思わず笑ってしまう。
「あははっ、マリアさん面白いっ」
「ん~面白いのは世奈さんなんですけどねぇ」
とマリアは首をかしげる。
そして少し真剣な表情になり、続ける。
「でも、気にしなくていいんですよ~。誰かのために役立つことをやっているんですから。少なくとも私は世奈さんにずっと居てほしいです」
世奈はその言葉に心が少し軽くなる。
「ん~、じゃあ。マリアさん私と結婚してくれる?」
「えっ? えーーーっ?」
世奈は冗談を飛ばすと、マリアは急に顔を赤らめる。
「だってぇ~、ずっと一緒に居てほしいんでしょ~? マリア~」
世奈は悪乗りして笑う。
「そんな風に言ってません、もうっ、仕事に戻らないと怒られるんでっ!」
マリアは足早にいなくなり、世奈はしょんぼりする。
──無念、また未婚期間が延長してしまった。
それでも、酒場の一角にある世奈の相談所は、村で評判になりつつあった。
しばらくはお金に困ることもなく、相談に来る村人たちの顔を見て、世奈は前世で培った“相談業務の経験”が役に立つことを実感する。
「前の世界で我慢してやってたけど……こうやって役に立てるのも悪くないな」
首飾りの宝石は青く揺れ、今日も静かに世奈を見守っている。




