第3話 仕事探し
世奈はまず生活の拠点を確保した。
宿として世話になった酒場の2階をベースに、世奈は情報収集と仕事探しを始める。
この辺りは領主の管理下にある地域で、いくつかの村が点在しており、その中心には街があり、街の中心には領主の館があるという。村人たちは農業や林業、狩猟などで生計を立てている人が多く、OLだった世奈の前世の技術はあまり役立たない。
──まあ、まずは話を聞くことからだ。
そんなことを考えながら歩いていると、遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、世奈ちゃん!」
振り返ると、初老の男性が駆け寄ってくる。村の薬草師だ。
医療設備のないこの村では、実質的に医者のような存在であり、村人からの信頼は厚い。
「何かあったの?」
と世奈が聞くと、男性は両手を頭の上に合わせて頼み込んできた。
「いやぁ、申し訳ない。今、うちに来ている患者さんなんだが、薬が効かなかったのは詐欺だ、金を払えって怒鳴り散らしててなぁ。なんとかしてもらえんか?」
──異世界でもこういう所作があるんだ、と世奈は少し笑ってしまった。
「いいよ。お話聞くだけになるかもだけど」
と世奈は答え、薬草師に案内され歩き出す。
宿屋のマスターが気を効かせてくれたのか、村の人達の中で、客とのトラブルになった時は、世奈を頼るといいと噂になっていた。そのおかげで村を歩くと、声をかけられることも出てきたのだ。
店に入ると、まだなお怒りの収まらぬ客が、店員に声を荒げていた。
「結局、高い金だしたのに、大して効果もないもん渡しやがって。すぐ効くと思ったのに碌なもの食えなかった!どうせ適当なもん混ぜて売りつけたんだろ、迷惑料として金を払え!」
世奈は客を見ながら心の中でため息をつく。
──大の大人がやるべきことじゃない。ごねれば得すると思ってるのか。未就学児でもやらないだろうに。
「先生、実際はどうなの?」
と世奈が尋ねると、薬草師は肩をすくめる。
「いや、おそらくただの食あたりでさ。胃の不快感を和らげる薬を出してやれば数日で治るんだが、効かなかったの一点張りさ」
世奈は納得したように頷き、客の前まで進む。
「その辺にしといたら? よかったじゃん、無事でなんともなくてさ。本当にこの店が信用ならないなら、もう来なきゃいいだけの話じゃん。それじゃダメなの?」
しかし、客は納得せず、声を荒げる。
「俺がどれだけ苦しかったかわからねーだろが! この店のせいで、家で寝込むしかなかったんだぞ! 見立て違いに決まってる!」
世奈はため息をつき、呆れ顔で言う。
「本当に、馬鹿ね」
首飾りの宝石が黄色く光り、スキル「強制共感」が発動する。
この後の展開が予測できたため、世奈は客の手をひっぱり、無理矢理店の外に連れ出した。
突然、客の視界に、薬草を処方されなかった状態の胃の不快感が3日間続く苦痛の幻覚が映し出される。
地面に吐しゃ物をまき散らし、涙を流す客。
店員は驚きつつも手を出せず、世奈の演出によって幻覚の中で苦しむ姿を目にすることになる。もちろん幻覚なので実際には安全だ。
「お、おぇええええええ……!」
客は苦しみにのたうち回りながら、ようやく幻覚が消えると、怯えた顔で世奈を見た。
「薬が効いててよかったね。なかったら、言っていた碌なものすらも食べられなかったんじゃない? 勝手な判断で人を責めるのはやめなよ。誰も助けてくれなくなるよ」
客は意気消沈し、静かに頭を下げたまま店を後にする。
世奈は薬草師に振り返る。
「これでよかったかな?」
「助かった。これはお礼じゃ」
少しばかりのお金を世奈に包む薬草師。
「あんなやつに払うくらいなら、世奈ちゃんに渡したほうがいいからな」
世奈はそっと受け取り、少し笑う。
「うーん、悪い気もするけど、仕事探し中の身だから、遠慮なく受け取っちゃうね。ありがとう!」
こうして世奈は、前世の総合クレーム窓口のような仕事を、村で一手に引き受けることになっていく。
客に直接注意しづらい店にとっては、世奈の存在が必要不可欠だった。
――前の職場と変わらない気がするけど、皆が感謝してくれて、役に立ってるって実感だけで、少し違うなぁ
世奈はそう思いながら、再び村の周辺を歩き、情報収集と次の仕事のために動き始めた。




