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最終話 2人の転生者

 世奈の胸元のペンダントが、地下空間を真紅の光で満たしていく。

 それは、怒りや憎しみではなく――理不尽を前に、屈するまいとする世奈の「決意」の色だった。

(……このままじゃ、アッシュたちがやられる!)


 白騎士たちは、武器を振り回し突撃してくる。その勢いに押され、警備兵を次々と叩き伏せられていく。地面に転がった兵士たちを踏み越えて、次の相手に向かっていく。その動きはまるで武装した暴徒のようだった。

「神の力を見たか!? これこそが、“お客様の怒り”の具現だ!正義なんだ!!」

 壇上の男――教団トップが高笑いを上げる。そのブレスレットは赤く燃えるように輝いていた。

 世奈は拳を強く握る。

(ふざけないで……! こんな、ただの破壊が“正義”なわけない!!)

 次の瞬間、ペンダントから黒い霧が勢いよく吹き出した。

 それは炎のように地下空間を渦巻き、白い霧とぶつかり、たちまち視界を覆い尽くす。

「な、なんだ!?」

「また霧が――っ」

 兵士も信者も混乱する中、黒い霧の奥から漆黒の甲冑に身を包んだ騎士たちが姿を現した。

 盾も剣も黒一色。その存在感は圧倒的で、白騎士と対を成すように同じ数が出現する。

 彼らは言葉を持たない。ただ、世奈の意志をそのまま行動に変える存在――“理不尽を矯正する”力の具現だった。

「あの白騎士たちを打ち砕いて!」

 指示を受けた黒騎士たちは、音もなく立ち上がり、一直線に白騎士たちへと突撃していった。


――黒と白がぶつかる。


 金属が激しく打ち合う音が、地下空間に響き渡る。

 白騎士は突撃を繰り返し、黒騎士は重厚な盾と剣で受け止め、反撃を加える。

 一体の白騎士が剣を振り下ろす。黒騎士は盾で受け止め、火花を散らした後、肘で白騎士の兜を殴り飛ばした。

 別の白騎士が突きを放つが、黒騎士は素早く体をずらしてかわし、拳を叩き込んで壁にめり込ませる。

 動きは正反対だった。

 白騎士は、怒りの感情をそのまま剣に乗せたような一直線の攻撃。

 黒騎士は、静かな意志を持って、相手の動きを受け流し、確実に叩き伏せていく。

 アッシュはその戦いを見つめながら息を呑んだ。

「これが……世奈の力……」

 黒騎士は常に集団で行動し、相手を包囲するように陣取る。彼らの作る壁は、まるで黒い城壁のようだった。

「くそっ、なんだこれは!」

 教団トップが怒鳴る。

 世奈はその男を睨みつけた。

「ねぇ……あんたも転生者でしょ!?」

 男は薄く笑った。

「そうだ。俺は前の世界で“理不尽”に殺された。居酒屋で、カワハギとキタマクラを間違えられてな……! 苦しんで、苦しんで、死んだ! 会社は責任を認めず、なぜ混入したのかわからないってな!」

 その言葉に、世奈の胸が一瞬痛んだ。

――確かに、それは酷い。許されるものではない。

「だから俺は決めたんだ。この世界では、客こそが神になるべきだと! 企業も、店も、領主も、すべて膝を折らせる。それが“正義”だ!!」

 男の叫びに、まだ拘束されていない信者たちが共鳴するように「お客様第一!」と叫び始める。

 世奈は叫び返した。

「それは“正義”じゃない! あんたがやってるのは、ただの八つ当たりよ!!」

「何だと!?」

「あんたが受けた理不尽は、本当に酷いことだった。でも、それを理由に、関係ない人たちまで踏みにじるなんて、それこそ理不尽を作る側になってる!!」

 男の顔が一瞬歪む。しかしすぐに狂気を取り戻した目つきで笑う。

「黙れ……!“客が一番”なんだよ!企業も、国も、客が動かしているんだ!それを教えるだけだ! 俺は……間違っていない!!」


 その瞬間、白騎士たちが一斉に男の方を向いた。

 男が腕を突き上げると、白騎士たちは狂ったように雄叫びを上げ、黒騎士たちに再び突撃する。

 だが黒騎士たちは動じない。盾を構え、足並みを揃え、重厚な音を立てながら前進する。

 黒と白が、真正面から激突した。


――ッ!


 地面が揺れるほどの衝撃音。

 白騎士たちは怒りの力に任せて突進し、黒騎士たちは静かな意志で受け止め、押し返す。

 その差は次第に明らかになっていく。

 一体、また一体と、白騎士が打ち倒されていった。剣はへし折られ、兜は叩き割られ、地面に沈む。

 やがて最後の白騎士も、黒騎士の盾に叩きつけられ、壁にめり込んで崩れ落ちた。

 教団トップが歯ぎしりをする。

「なぜだ……! なぜ、俺の怒りの方が強いはずなのに……!!」

「怒りだけじゃ、わからせられないのよ!」

「そいつを捕らえろ!」

 アッシュが叫ぶと、警備兵たちが前に出た。

 教団のトップを捕縛しようとした瞬間、男のブレスレットから白い霧が吹き出て、周りが見えなくなる。


「仕切り直しだ、覚えておくぞ。いつか必ずわからせてやる」

 捨て台詞とともに男は消えていった。

 周囲には教団に従った住民だけが残され、次々と捕縛されていく。

 捕縛が終わると、アッシュは世奈の方を振り返った。

「世奈さん……ありがとうございます。あなたがいなければ、あの場は壊滅してた」

 世奈は小さく首を横に振った。

「私一人じゃ何もできなかった。アッシュたちが来てくれたから……みんなが踏ん張ってくれたから、ここまで来られたんだよ」

 そう言いながら、世奈は胸元のペンダントを握った。

 そこからは、まだかすかに熱が伝わってくる。

(あの人も……転生者だったんだ)

 怒りや恨みではなく――ほんの少しだけ、胸が痛かった。

 彼が語った過去は、確かに理不尽だった。

 誰も責任を取らず、苦しんだまま死んでいった。その無念は想像できる。


――だからといって、それを理由に他人を踏みにじることは、やっぱり許されない。


「……似てた」

 世奈が小さく呟いた。

「ん?」

 隣に来たアッシュが聞き返す。

「私も、理不尽が嫌で、力を使った。でも、もしあの人みたいに、自分の怒りを“正義”だと思い込んでたら……きっと、私も白騎士の側にいたかもしれない」

 その言葉に、アッシュはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「でもあなたは、違う道を選んだ。だから黒騎士は、勝ったんでしょう」

 世奈は少し目を見開いたあと、照れくさそうに笑った。

「……かもね」


 地下空間では、捕まった信者たちも次々と外へ連れ出されていく。

 彼らの顔には、怒りや高揚が消え、まるで夢から覚めたような茫然とした表情が浮かんでいた。

 中には、自分が武器を持っていたことすら覚えていない者もいた。

「彼らは……洗脳されてたのか?」

 世奈の呟きに、アッシュは頷いた。

「恐怖と怒りを煽り続けられたら、人は簡単に“正義”を信じてしまう。特に、日頃から不満を抱えている者なら、なおさらですね」

「……怖いね」

「だからこそ、誰かが止めなきゃいけない」

 アッシュは力強く言った。その横顔は、いつもよりずっと頼もしく見えた。


――お客様第一教団は壊滅し、街を騒がせていた大規模な蜂起計画は未然に防がれた。


 だが、世奈の心には小さな棘が残っていた。

(転生者……しかも、ペンダントと同じ力を使っていた)

(あれは偶然じゃない、この力は、いったい何なの……?)

 地下から地上に出ると、夜の空気がひんやりと肌を包んだ。

 瓦礫の散らばる通りを見渡し、世奈は深く息を吸った。

「……まだ、終わってない」

 その言葉に、アッシュも頷いた。

「たしかに、なぜこのような状況になったのか、さらに調査をする必要があります」

 夜空の下、二人は静かに歩き出した。

 この世界に潜む、もっと大きな影……それをわからせるため、彼女たちの戦いは続く。



ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

カスハラを題材にした作品ということで、色々と考えてみたのですが、やはり2つの作品を同時に連載するというのは難しくなり、一旦の終幕とさせて頂きました。

また、色々と考えながら作品作りに励んでいきたいと思いますので、今後も他作品でもよろしくお願い致します。

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