第12話 教団の決起
地下のホールは、異様な熱気に包まれていた。
壇上に立つ教団トップの男は、長い白いローブを翻しながら、信者たちを見渡している。その目は狂気を孕み、だが同時に妙な説得力とカリスマ性があった。
「……皆、よく集まってくれた。今日という日は、我らにとって歴史の転換点になる!」
男の声は反響し、まるで聖堂の説法のように信者たちの胸を震わせた。
「私達は、皆悲しい思い、苦しい思いに堪えてきた。商人たちの横暴に耐え、役人の無理解に屈し、領主の理不尽に声を上げることもできず……! しかし、もう我慢する必要はない!」
信者たちは「そうだ!」と声を上げる。それが次第に波のように広がっていった。
「この領主は、我々の苦しみを何一つ分かっていない。偉そうに館に座り、民の声を聞いたふりをするだけだ! だが、真の支配者は誰だ!? 客だ! 我々だ!」
群衆が「お客様第一!」「お客様第一!」と唱和する。その声は熱狂というより、もはや狂信に近かった。
壇上の男は両手を広げ、背後の幕を引き裂いた。そこには、ぎっしりと並んだ木箱があった。蓋が開かれると、中からは鋭い槍、剣、棍棒などが並ぶ。
世奈は息を呑んだ。
(……武器!?)
「今こそ立ち上がる時だ! 言葉では変えられない。この腐った領地を、本当の意味で変える方法は――ただ一つ!」
男は鋭く叫ぶ。
「領主の館に攻め込み、この地域を支配する腐敗を、我ら自身の手で叩き壊すのだ!!」
地下空間が爆発したかのように歓声が上がった。
「おおおおおおおおっ!」
「やるぞ!」「俺たちの苦しみを分からせろ!」
目の前の人々は、完全に正気を失っていた。過去に受けた理不尽を、いまここで晴らすことが正義だと信じ込まされている。
次々と人々が武器を取り、泣きながら笑いながら叫ぶ。その姿はまるで地獄絵図のようだった。
壇上の男が高らかに手を掲げる。
「決起せよ! 我らこそ、この地の真の支配者だ!!」
狂乱の渦の中で、世奈は拳を握りしめた。
(……まずい。このままだと、本当に暴動になる)
その瞬間――
「我々は、街の警備隊です!! 共謀罪および反逆罪にて、この場にいる者を捕縛する!!」
轟く声とともに、地下の入口が破られた。金属音と共に、完全武装した警備兵たちがなだれ込んでくる。
「なっ!?」
「誰だ!?」
「裏切り者がいるぞ!!」
信者たちは一瞬混乱するが、すぐに手にした武器を構えて戦おうとする。だが、訓練された警備兵の動きは圧倒的だった。先頭に立つアッシュの姿が見えた。
「全員、武器を捨てろ! 抵抗する者は拘束する!」
彼の声に応じて、兵たちは素早く散開し、数人がかりで信者を押さえ込み、次々と縄をかけていく。
「アッシュ……!」
世奈は胸の奥に安堵を覚えた。自分の位置を尾行していた彼が、タイミングを見計らって突入したのだ。
だが――
「……」
壇上の男がゆっくりと歩み出てきた。ローブの裾を引きずりながら、余裕の笑みを浮かべている。
「このような理不尽を、私は見逃すわけにはいかない」
男は右腕を掲げた。その手首には、金属製のブレスレットが光っている。宝石が埋め込まれており、それが――赤く、強く、輝きはじめた。
世奈の胸元でも、ペンダントがかすかに反応し、微かに光を放った。
(……同じ……!?)
「神の力を知るがいい!!」
男の叫びとともに、地下空間に白い霧が吹き出した。それは世奈が“わからせ隊”を呼び出すときと酷似した現象だった。しかし霧は黒ではなく、まばゆい白。
霧の中から、白い甲冑を身にまとった騎士たちが現れた。数は十を超える。彼らは一言も発さず、男の指示に従い、ただ警備隊へと向かって突撃してきた。
「なっ、なんだこれは――!?」
「白い騎士だと!?」
剣と剣がぶつかり、火花が散る。だが、警備兵の武器は、白騎士たちの異様な硬さに阻まれ、次々と弾かれていく。剣の腕も、連携も警備隊の上をいっていた。
「ぐあっ!」
「くっ……こいつら、強すぎる!」
アッシュも剣を構えて前に出た。長身の彼は冷静に相手の隙を狙うが、白騎士はまるで人間ではないような機械的な正確さで攻撃を繰り出してくる。
「っ……ちぃっ!」
アッシュは盾で攻撃を受け流しながら、後ろの兵に指示を飛ばすが、戦況は明らかに不利だった。
世奈の胸元のペンダントが、どんどん輝きを増していく。赤い光が染め始めた。
「……同じ力。あの人も、私と同じ……!?」
壇上の男は白騎士を背に、不敵に笑っていた。
「見ろ! 我々は神に選ばれし存在だ! 理不尽を、我々自身の手で叩き潰すのだ!」
その言葉は、かつて世奈が初めて「わからせ隊」を発動した瞬間と重なった。だが
――彼のやっていることは全く違う。
世奈は一歩前に出て叫んだ。
「違う……!!」
声が地下ホールに響き渡る。男が怪訝そうにこちらを振り返る。
「あなた達がやっているのは……ただの逆ギレした子どもと一緒よ!!」
世奈のペンダントは完全に赤く輝き始めた。
その光は、怒りでも恐怖でもなく――強い、揺るぎない意志の色だった。




