第10話 教団の影
夕暮れ時、アッシュと共に人気の少ない裏通りを歩いていると、威勢のいい声が響いた。
「おい! お前、この肉、焼きが甘いじゃないか! どういうことだ!」
屋台で働く青年に、男たちが絡んでいる。見た目は普通の客だが、またもカスハラをしているようだ。
「こ、これ以上は……」
「なんだと?俺達はこうみても知り合いに教団員がいるんだ、教団に報告するぞ! そうなったらお前の屋台なんか二度と営業できなくなるからな!」
青年の顔は青ざめている。
世奈は小声でアッシュに聞いた。
「……ねえ、今、教団って言ったよね?」
「はい。最近、この街では“お客様第一教団”という組織が暗躍しているという噂があります。ですが、表立って捜査しようとすると、なぜか証拠が上がらないんです」
世奈は前に出た。
「すみません、その言い方……脅しに聞こえるんですけど」
男たちは振り向き、世奈を値踏みするように睨んだ。
「なんだお前? 見ねぇ顔だな」
「ただの通りすがりです。でも、その“教団”って、貴方たちが所属しているのではなくて、ただの知り合いなんでしょう?そしてそういう事言う人って、大抵知り合いとかじゃなくて、そういえば引き下がると思っている人だよね?」
世奈が男たちに話しかけ、アッシュが続く。
「現在、街ではその教団の調査をしています。関係者と思われる方への事情聴取がしたいので、ご同行願います。」
アッシュの言葉にあせったのか、男たちは突然、言い訳をはじめる。
「い、いや!そう言うと悪い店が減るって言ってるやつがいて……」
アッシュは更に言葉を続ける。
「では、その方を調査します。名前は?」
男たちは、顔を見合わせて低姿勢になる。
「いや、本当に知らないんだ……でも悪い店が多いから、そういう店をなんとかしないと皆が困る。だからおかしいことは店にはっきり言え、と教えられてなぁ……」
本当に誰かは分からないのだろう。男たちは冷静になったようで、静かに代金を払って出ていった。
「ありがとうございます」
青年は2人に頭を下げた。
「さっきの教団ってのは、よく聞く話なの?」
世奈が青年に尋ねる。
「はい、客の言い分に納得できない店は、教団に密告され悪い噂を流され、営業が出来なくなると聞かされています」
青年は、知っている情報を教えてくれた。
「アッシュさん、その教団の場所って分かるの?」
世奈の問いかけにアッシュは苦い顔をした。
「場所までは把握できておらず、私達のような存在も敵対されているようで情報を集めることが難しいんです」
――ようやく、この地域のいびつな関係が分かるようになってきた
「つまり、アッシュみたいな公的な立場の人間が立ち入るのが難しいってわけね」
世奈がアッシュの言葉から推察する。
このまま街や村のトラブルを解決していくだけじゃ、実際には何も変わらない。
根本的な原因をなんとかしないといけないことが明確になってきた。
世奈はアッシュと共に作戦を練るために一度、帰宅することにした。
一方その頃、ある大きな建物の地下
白いローブに身を包んだ一人の男が、集まった人々に話をしていた。
「商人や領主に嫌な思いをさせられた者たちよ!よく集まってくれた」
そこに集まった人たちは、店側のせいで迷惑を被った者や、犯罪を犯し捕まった者、事情があっても理解されなかった者、今の境遇に納得がいっていない者などが集まり、男の話を聞いている。
「商人や領主は悪だ!価格相当の品に利益という手数料や我々のような民が生きているだけで金をむしりとろうとする領主のような存在がいるから、我々は苦しんでいる!」
「そうだ!そうだ!」
「客の方が偉い!」
男の言葉に扇動され、集まった人々の熱意が上がっていく。
「この集まりは、最初の頃から比べ、このようにたくさんの人々が集まってくれた。皆一人一人が生きているだけで価値がある。私達は自分達の価値を安くしてはいけない!」
「そうだ!私達はえらい!」
男の耳障りのいい言葉に彼らの気持ちは高ぶり、腕を上げ声援を送る。
「お客様が第一!お客様は神様!つまり、この集まりは神の集まりなのだ!店の過ちを正し、この地域を正しい道へ導こう!」
お客様という神が集う、お客様第一教団と呼ばれる新興宗教団体。
この組織が、本来の意味を取り違え、理不尽な要求も店や公的機関を正すためには仕方がないという考え方を広めていた。
何か反論したりする店があった場合は、この会合にて名前が出され、次の日からあらぬ噂を延々と流され廃業へと追い込まれる。
それゆえに、理不尽を受け入れるしかない文化へと地域全体が染まっていったのだろう。
果たして世奈達は、このような人々の思いをどこまで変える事が出来るのだろうか……。




