KAZARITSUKE
「へーっ! すごい! 見てよ九重くん、このトリートメント良さそうよ。ジャスミン好きなのよね」
天音が楽しそうに美容室内をあれこれ見て回っている。
アンドラスも初めて見る美容室を興味深そうに天井を見たり、しゃがんで床に近い所を見つめたりしている。
俺にとっても、なかなか面白い光景だ。
マンションだけでなくそれ以外の施設の完全に無事な姿をまた目にする日が来るとは思っていなかった。
素直にこれをやってよかったという気持ちになるな、ここにいると。
「……っ! これは!?」
とそのとき、美容室の中ににゅうっと影が伸びた。
それは群青色のシルエット――前に訪問美容師を注文した時に髪を切ってくれたあの謎の人型物体だ。
美容室の中央で生まれたそれはレジカウンターのところに行くと、少し傾いて立ち、そのまま無言で立ち続けた。
「ねえあれって」
天音が群青色を指さす。
「ああ、ここの店員ってことみたいだな」
「マンションが美容室になってさらに謎の従業員まで出てくるとは。とんでもないマホウですね」
アンドラスも群青色を見てうんうんと頷いている。
だが天音は。
「それアンドラスくんが言う?」
「たしかに、自分も似たように出てきたものでした。フフフ」
さて、美容室は完璧にととのった。
あとは自警団の人達に場所を教えればすぐに利用できるはずだ。
だがその前に、やることがある。
「じゃあ、予定通り仕上げをやっていこう」
俺は天音とアンドラスに言い、持ってきた魔法の鞄から造花を取り出した。
美容室を出た俺たちは、さらにマンション空間からも外に出た。
するとこれまでのおだやかな景色は一変、ガレキの廃墟の中にある駐車場になる。
そこには黒い門扉があるが、これは第一マンションと同じものだ。
「なるほど、たしかにまったく同じものですね。これを見た上で、我々の住んでいるマンションのあの門を見たら、共通点に気付く方がいるかもしれません」
そう、アンドラスの言ったことが問題だった。
俺達は自警団の人達にもマンションのことを隠しておきたい。
しかしこの門をそのまま見せると、何かの切っ掛けで俺たちのマンションの近くを通りがかった時、同じ門を見て何かに気付かれるやもしれない。
わかったからと言って別に乗っ取ろうなどとはしないだろうけど、しかし無用なトラブルの可能性は消しておくに越したことはない。
「だからこの門を飾り付けて、天音達のマンションと同じに見えないようにする、ね。単純だけどまあやって損はないかもね」
「ああ。始めよう。すぐ終わる作業さ」
俺たちは門の改造を始めた。
まずは黒い門をペンキで白く塗る。
通販で必要なものはそろえてある。
案外むらなくぬるのは難しいな、かすれたり厚くなったりコツを掴むまでが難しい。
………………。
結構うまくできるようになってきたかな。
これなら違和感なく白い門に見えるだろう。
「こっちもできたわよ!」
といってノコギリを片手にもった天音が門の支柱と同じ太さの角材を投げてきた。
これを門の支柱の上に重ねて、門の高さが俺たちのマンションとは違うように偽装する。
これも白いペンキで塗って同じ色にする。そして重ねれば、うん、最初からこういう門だったみたいに見える。
「触ったらバレバレじゃないかしら」
「言うな天音。まあ、別にバレてもいいんだ。その場合は途中から材質が変わってる門だと思うだけだから。いずれにせよ俺たちにはたどり着かない」
「なるほどね、うまいことやってるわ」
「最後は飾り付けだ」
最後の仕上げに、造花を門につける。
ここまで装飾してやれば、見ても俺たちのマンションの出入り口とは似ても似つかない姿になっている。この二つが同じ意味を持つものだとは思わないだろう。
外側を変えたらマンション空間の内側から見る門の姿も変わっていた。
表側と連動しているようだ。
最後に、マンションの室の101号室と書いてある表札の上に、美容室と書いてあるプレートを重ねて貼り付ければ完成。
建物自体の見た目があまり美容院っぽくないところは少し気になるが、さすがに建物丸ごとそれらしくするのは俺たちの手に余るので、そこは妥協した。
「よし、これで終わりだ。いつでも人を招ける」
「ふう、開業っていうのもなかなか手間がかかるわね」
「それでは次はどうするのですか?」
「もちろん、自警団を探してここのことを伝える。行こう」
俺たちは外に出て、道を引き返して先日自警団と会ったCDショップの場所へ行く。それからは自警団がパトロールしていたあたりを歩きながら、ついでに魔石を回収していく。
直接東小に行くことも考えたが、いきなり大勢がいるところに行くよりは、すでに知ってる人にあってワンクッション挟む方が話がスムーズだろう。
しばらく歩いていると、
「君達か、またあったな。健在なようで良かった」
自警団のリーダー、田茂と数名の同士に出会った。
前と同じくパトロール中のようだ。
「見つけた見つけた。実は探してたのよ、話があってね」
「話? いったいなんだ?」
俺たちは田茂に美容室の説明を始めた。
最初は「何を言ってるんだ」という顔をしていた田茂達だったが、俺たちの説明を聞くにつれ特に女子メンバーの目の真剣味が増していった。
これは是非行かなければという空気になっていく。
「なるほど話は理解した。しかし美容室とは、そんなものがこの時代に成り立つものなのか?」
しかし田茂はリーダーだけあり、すぐに飛びつくことはしない。
情報をしっかり聞いてからという姿勢だ。
「簡単に話すと、俺のマホウなんです。信じられないかもしれませんが、本当にそうで、店を作り出すっていう妙なマホウです」
「店を作るマホウ!? そんなものが存在するのか? 我々のメンバーも数十人いるがそんなものは一人もいないぞ」
「信じられないのも無理ありません。俺も自分で信じられませんでしたから。だが実際行ってみればわかります。案内しますよ」
最初の一回は場所を覚えてもらうためにも美容室まで案内した。
そして門をくぐると、後からついてきた自警団の面々が。
「なんだこれは!?」
「花の間をくぐったら急に変な所に!?」
「あれ、あの建物がもしかして!?」
見事に驚いている。
ああ、それはそうだ、当然驚くよな。
だが驚きはそれでは終わらない。
美容室まで案内しドアを開くとさらに驚いた。「……世界は広いのね」とぽかんとした顔で呟いた自警団員がいたが、それ以外の人達もただただ呆気にとられていた。
しばらく美容室を眺め、群青のシルエット従業員にぎょっとしたりした後、田茂が俺にこう言った。
「……まるで夢でも見ているようだ。だが現実なのだな」
「ええ。俺の能力でこんなことができたんですけど、使うのは誰でも使えるので、せっかくなら一緒に使えばいいと思って探してたんです。他の、拠点の人にも教えてあげてください」
自警団員の一人が「めちゃくちゃ親切じゃない! 助かる~!」と言ったが、もちろんそれだけじゃない。
「ただ、昔の世の中の美容室と同じで利用料が必要です。といってもこんな世の中なので、お金じゃなくて魔石がお金の変わりです」
「魔石が?」
レジの横には、マンションにもあるリサイクルボックスの小型版のようなものがあり、そこに魔石を入れられるようになっている。
そこで500MP相当の魔石を入れたら、利用できるという仕組みだ。
「ふむ、魔石が必要ということか。力を増すために使えることは知っていたが、強くなるほどちょっとやそっとの魔石じゃ力が変わらないので、最近ではあまり魔石収集も熱心にしていなかった。その使い道が見つかるならちょうどいい」
「そうっすよリーダー! 使いましょうよ俺も髪型キマったほうがテンション上がりますし!」
自警団員も乗り気で、それもあって田茂は首を縦に振った。
「わかった。他の自警団員にも伝えてここを利用させてもらおう」
「腕前は確かよ。天音ももう使ってみたからね」
「それは楽しみだ。では、また会おう」
こうして、俺たちの美容室を自警団に宣伝することに成功した。
果たしてどれくらい利用してもらえるか。
結果が出るのが楽しみだ。




