家賃は義務です
「もう休まなくていいのか?」
「ご飯食べてシャワーも浴びたし、もう十分。元気いっぱいよ」
両腕をあげてアピールする雪代とともに、俺はマンションの外に出ていた。
目的はもちろん魔石集めだ。
俺はQOLをあげるため。雪代は家賃を支払うため。
外の世界は昨日と何も変わらず滅びきっている。ガレキがそこら中に積み上がり、花壇の花は押し潰され街路樹は折れている。
支柱の中程が魔石化し折れた信号の上を、平均台のように歩いて一つ目の魔石を回収した。
それからも歩いて魔石を回収する。近くの物は昨日と今日の午前でとっているので、少し遠くまで行かなければいけないが、しかしバックパックのおかげで戻らず探索し続けられるので、
「車が使えればこんな移動一瞬なんだけどなー」
「運転できるんだ」
「この前合宿いって免許とったばっかりだから、バッチリいけるよ。うまいって褒められたし! ……まあ、車も道もないないだけどね。ハハ」
雪代の言うとおり、道路も建物と同じくボロボロである。そこら中ひび割れたり隆起したり陥没したり、とてもじゃないが自動車が走ることなどできない。自分の足で歩くのが崩壊した世界では最適解だ。
「ふぅ……こんなことになるなら、もっと運動しとけばよかったよ」
「正解。最後に頼りになるのは筋肉だった…………本当に、筋肉鍛えとけば良かったかもしれん」
俺たちは足を止めた。
視界に角の生えた四足の魔獣が入って来たから。
じ……っと見つめる。
「ど、どうする?」
「俺は魔獣の相手したことはない。武器もないしな」
「そっか、うん、じゃあ逃げ――」
「待った」
手を横に広げて雪代の足止めをした。
魔石と同じ紫色の角を生やした狼といった風貌の魔獣は、ガレキの下に鼻先を突っ込んで餌でも探すように嗅ぎ回っている。
そして、魔獣のかいでいるガレキの山のてっぺんにはスイカほどの大きさの大振りの魔石がある。
欲しい。
「俺は武器をもってない。でも魔法、雪代も使えるんだろう?」
「え、」
「接触の影響は俺だけに及んでるってことはないだろうし、雪代のが戦えるものならあいつを倒せば大きな魔石が手に入るチャンスだ。逃すには惜しい。家賃も払えるぞ」
「ぐ。そこで家賃を出してくるとは………………でも、無理だよ。たしかに私も九重さんの言う魔法を使えるけど、あの魔獣を倒せるようなものじゃない」
「どんな力?」
「念動力。手を触れないで物を動かす力だよ」
それって結構強そうじゃないか。
たとえばそこら中に落ちてるガレキ、特に先が尖ったガレキを動かして突き刺せば立派な攻撃ができるだろう。
という思いが顔に出ていたのか、雪代は高速で首を横に振って否定した。
「全然、そんな強くないの。動かせるっていっても、そうだなあ」
雪代が地面を睨むと、手のひらくらいの大きさのガレキが浮き上がった。
おお、本当に超能力だ。俺のと違ってちゃんとそれっぽい魔法もあるんだ。
「これを思いっきり……はぁい!」
雪代が眉間に皺を寄せて力を込めると、ガレキが放物線を描き20メートルくらい飛んだ。
「ふぅ、ふぅ。これくらいが限っ界! 体力測定のソフトボール投げるくらいが私のマックスだよ!」
「なるほど。やってることはすごいけど、たしかに魔獣に致命傷を与えるのは難しそうだな」
「でしょ? 逃げた方がいいって」
だな。
魔獣が思ったより弱くて、さらにこっちがうまくやれば勝てるかもしれないけど、そんなリスクをおかさなきゃいけない場面でもない。
大きな魔石は惜しいけど、別に魔石がここにしかないわけじゃないし。
「雪代の言う通りにするのがよさそうだ。別の道に行こう」
「ふぅ、よかったー。あんなのと私が一人で戦わせられるかと思ったよ」
「まさか、そうなったら俺も後から石投げて援護するよ」
「だいぶ不安だ」
俺たちは魔獣に気付かれる前にその場を引き返した。
「うわ、こっちも魔獣か」
「また引き返さなきゃいけないのー?」
魔獣を避けて別の道を行こうとした俺たちだったが、その別の道の先にも別の魔獣を見つけてしまった。
「マンションから東方面は魔獣が多いのかもな。いったん戻って違う方角に行こう」
「はーい」
しかたがないのでいったんマンションまで引き返し、今度は西側に進んで行く。
こちらは東に比べれば魔獣が少なく、2人で魔石を順調に回収しバックパックに詰めていった。
「あんなところに魔石あるのか」
俺が足を止めたのは、かつてマンションだった壊れた建物の前。
これは完全に潰れず、斜めになっているくらいの倒壊具合で形が残っている。
その5階の廊下が大きな魔石と化していた。
「これ中に入るのは危なすぎるよね」
「さすがに怖いな。でもあのサイズの魔石を逃すのは惜しい。500MPくらいありそうだ」
「500! 私の家賃半分払える!」
「ああ。……あ、ちょうどいい能力があるじゃないか」
雪代を見つめると、「え? 私?」と自分を指差す。
まさに念動力が役に立つこれ以上ないシチュエーションだ。
魔石はコンクリートより柔らかい。ということは、その辺にあるコンクリの破片で削れば割れるということだ。