騒音対策の大事さを知る
――地面に倒れる男女二人の姿がそこにはあった。
「二対三じゃ、まあこうなるな」
二人組は不意打ち失敗して破れかぶれで攻撃してきたが、順当に数の通りに俺たちが勝利した。
それはそうなるよな、という話。
こっちも魔石で鍛えたり武装したりしてるわけだから、数が多い方が勝つ。
不意打ちで崩す作戦が破綻した時点で、ヤケにならずに逃げるべきだったな。
「くそ……がぁぁ……」
「さてと。少し聞かせてもらいたいことがある」
「なによ……ムカつくわね……!」
「あんたらは国道沿いに拠点を持ってるのか? そこに大勢仲間がいる?」
これは聞いておかなければならない。
天音の話してたヤバイ奴らと繋がってるのか、それとも特に関係ないごろつきなのか。
それを確認して、もし繋がりがあるなら場所とか人数とか詳細な情報も知りたい、今後の安全のために。
「なんで知ってやがるっ!?」
「やっぱり仲間なのか。どれくらいの規模なんだ?」
「あっ、しまっ……」
「馬鹿なのあんた!? 何漏らしてるのよ!」
女の方が怒鳴ってるところから見て、嘘ではないようだ。
だったらもっと詳しい情報も知りたくなるね。
「この状況だから漏らした方がいいと思うけどな。生殺与奪握ってるっていうやつだし。あんたらならこういう時に何されるかわかるよな?」
「うっ……」
二人組は怯んだ。
やはりそういうことやってる奴らなんだな。
俺はそこまで非道なことするつもりはないのに、自分を鏡で見て恐れている。
トン、トン。
こっそり、指で俺の背中を誰かが叩いている。
さりげなく振り向くと、雪代が聞こえるか聞こえないかの声で、口をほとんど動かさず器用に囁いていた。
(う・え。み・ぎ・な・な・め・ま・え)
右斜め前の上? そこに何かあるのか?
……あれは、まさか。
俺が雪代が教えてくれた存在に気付いた時、男が女に向かって説得するように頷いて、口を開き始めた。
「くそっ……わかったよ。話す……俺たちは……ぁ……で……」
「……え? なんて?」
「ボソ……ボソ……」
「もっと大きい声で言ってくれないと――」
「馬鹿が! 死ねやくそが!」
だまし討ち――。
小声で引き寄せて油断させておいて、俺に向かって殴りかかってきた。
だが、俺は油断していない。
なぜなら……。
「キキィィィッィィッ!!!」
突然男の背後からコウモリ型の魔獣が滑空してきた。
「なっ!? うおお!?」
スピードに乗った蹴爪の一撃に、男は服を裂かれながら吹き飛ばされる。
一方で俺はコウモリの接近に気付いてそれを避けようとあらかじめバックステップしていたので、コウモリの攻撃に加えて、男の不意打ちもかわすことができた。
ありがとうコウモリ魔獣、助かった。
見覚えのある魔物を見て雪代が呟く。
「さっきの音のせいだよね、きっと」
マンションが崩れ去った時の凄まじい轟音。
昼間とは言え夜のギターよりずっと響きわたるその音に引き寄せられたんだ、しかも音が大きい分集まって来た魔獣も多い。
そう、魔獣は多かった。
いのいちに飛んで来たコウモリ魔獣の他に、空にはさらに十数匹ものコウモリ魔獣が群れを成して飛んで来ている。
「逃げるぞ! あんな数いちいち相手にしてられない!」
「りょーかい!」
「かしこまりました」
俺たちは一目散にその場から離れていく。
魔石は後で回収すればいいし、今はとにかく逃げだ。
逃げながら振り返ると、俺たちを襲ってきた三人がコウモリに絡まれながら逃げているのが見えた。
最初の一匹が絡んだから、群れもそれに追従してあいつらを襲ったらしい。
うまくファーストストライクを相手に押しつけることができて大正解だったな。雪代ナイスプレイ。
「なんで私と同じ方向に逃げてくるのよこの馬鹿!」「見捨てる気か!? 三人一緒に耐えるのが当然……っててめぇは一人だけ消えてずらかろうとしてんじゃ――痛てぇっ!」と罵り合う声も聞こえる。
そうやって騒いで引きつけてくれている間に、俺たちは遠くへと無事に避難していくことができた。
「…………もういないみたい、セーフだね」
「じゃあ、残りも回収していくか」
一時撤退して十分距離をとってしばらく待機した後、またマンション跡地に戻ってきた。
その時にはもう例の三人組もコウモリ魔獣もそこにはいなくなっていて、静寂が戻ってきていた。
「結局あいつらのこと聞きそびれちゃったね」と雪代が言う。
「しかたないさ、魔獣があんなにきたんだから。とりあえずこの辺でも派手なことをすると危ないってことがわかったのは収穫だ」
「そうだね。でもああいう奴のせいで窮屈な思いするのはムカつかない?」
「それはある。なんとかできるならしたいところではある。が、とりあえず今はここの魔石を回収しよう」
「りょーかい」
俺たち再び魔石の回収を始め、マンションへと運んでいく。
それを何度か繰り返し、ついに魔石をあらかた我らがマンションに運び込んだ。
「ふー、疲れたー」
マンションのリサイクルボックスの前に積み上げた魔石に雪代がもたれかかって額の汗を拭っている。
「でも良い気分だろ? こんだけあると」
「それはそう。楽しみだー」
魔石を撫でる雪代。
その前に行儀良く立っているアンドラスも期待に目を輝かせている。
「まったくでございます。この魔石がMPになり、食事になると思うと今から頬が落ちそうです」
「気が早すぎるだろ。といっても、俺も楽しみだが……じゃあ、入れるか」
魔石を全部リサイクルボックスに投入していく。
量が多いのでたっぷりいれられて楽しい時間も長い。
そして全て入れ尽くすと、MPに変換された結果が表示される。
【86102MP】
「おお! さすがに凄い量だな!」
「これは――ピザ何個分になるでしょう」
アンドラスもさらに目を輝かせている。
これだけあれば俺も欲しかったものが買えそうだし、いい探索だった。
だが、雪代はなぜか浮かない顔をしている?
「あのさー……やっぱり、ここから3人で分けない?」
「ん? どういうことだ?」
「いやさ、話してたじゃん? 魔石マンションに行く前に、まず防音室を2万MPで作って、残りを分けようって」
「ああ、そうだな」
「でも防音室って私の家に作るわけだし、なんか私だけ得しちゃって悪いな~……とちょっと思うわけ。だからさ……」
俺はため息をついて、言葉を遮った。
「何かと思えばそんなことか。別に悪いことはないだろう。そもそも外で自由に楽器演奏したって自由なところを、やめてくれって頼んでるんだから。頼まれた方だけが負担するのは変な話じゃないか」
「そうかもしれないけど、なーんか……いいのかなー」
「だめなら最初からそう言う。俺が遠慮するタイプか?」
雪代は俺の顔をのぞき込んで。
「それはない」
「じゃあ、本心でそう思ってるってことだ。それに、どういう理由があれ最初にこうしようって言ったのを後出しで変えるのはよくないからな」
「そうですね、そういったやり方は一般的に遺恨を残すことになります。最初に決めた通りにやるべきだと思われます。それでも十分自分はお腹いっぱいになれますから」
「アンドラスもこう言ってるし」
「うん。ありがとう、二人とも。今回はそうさせてもらうね! そのかわり二人が困った時は相談乗るから!」
「ああ。じゃあまずは防音室作ってみよう」
俺もあのメニューを利用するとどんな風になるのか気になってるんだ。
俺たちは管理人室の端末から、『マンション管理』のメニューを開く。
そこから ・防音導入 20000MP の項目を選択し、雪代の102号室を指定。
そうすると102号室の間取りが表示されるので、雪代はあらかじめ決めておいた部屋の一角を選択し、最終確認の『OK』をタップした。
「これで、できたのかな?」
「多分……!」
ズン、と低い音が一つした。
俺たちは目で合図をして102号室へと向かう。
「あっ! すごい、これ!」
雪代が飛び跳ねて指差した先。
リビングの隣の部屋の隅に、サイズ二畳の床から天井までを覆う透明の箱のような、防音ボックスが設置されていた。
「なるほどこういう感じになるのか」
「よっしゃ弾いてみるね!」
椅子とギターを中に持ち込んでボックスのドアを閉めた中で雪代が激しくギターをかき鳴らし始めた。
しかし、手は動いてるのは見えるが、音は何も聞こえてこない。
簡素な設備だが、防音は完璧ということか。
しばらく弾くと手を止め、口を動かし始めた。
何か言ってるようだが、何を言ってるかは聞こえない。これだけ遮音性高いなら、ご近所トラブルになることもないな。
防音ボックスのドアを雪代が開けて「どう!? 聞こえた!?」と言った。
「なるほどそう言ってたのか。全然何も聞こえなかった」
「すごいね、そこまで完璧に防音してくれるんだ。よーっし! これで防音問題、完全解決ってことだねー」
「ああ、騒音も魔獣ももう安心。これで俺も落ち着ける」
「お世話になりました、へへへ。二人ともありがとねー」
上機嫌な雪代に別れを告げ、俺とアンドラスは部屋をあとにした。
「雪代様のお手伝いができて光栄でした。それでは、自分もこの大量のMPで食事の時間とさせていただきますね。まずはパンケーキ……いやチーズケーキでしょうか……」
何を食べるかぶつぶつ考えながら、アンドラスも管理人室に戻っていく。
さて、じゃあ俺もやりたいことをやるとするか。
防音室を抜いても20000MPも稼げた。
これだけ大MPをどう使うか楽しみだが――実はもう使い道は決めているのだ。
部屋に戻り、通販端末を立ち上げ、ページを移動し――
◆ マジックポーチ 5000MP
これだ。
20000MPも稼げたし、今はもう暮らしに必要なものは最低限はそろえた。
となれば、いよいよこれを使って楽に魔石を運ぶ生活を始める時がきた。
通販端末でマジックポーチをタップし、すぐさま宅配ボックスへ。
部屋に戻って箱を開けると、そこには見た目はなんの変哲もない小さな鞄が入っていた。
しかしこの小さな鞄に容積以上のものを入れられるはず。
早速実験として、ちゃぶ台を抱えてポーチの入り口に当てると、すっ、と中に吸い込まれた。
「おお、本当に入るんだな! ついにこの魔法の鞄が俺の手に」
小さな鞄だが大きな成果、というやつだな。
これでこの世界を今よりずっと軽やかに歩けるようになる。
前々から欲しい物も手に入り、マンションの問題も片付き、今夜はいい気分で安眠できそうだ。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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