怪しい接触
こちらに歩いてきているのは、俺と同じくらいの年齢の男女二人組。
どちらも足取りはしっかりしている、サバイバルに疲れてフラフラで助けを求めているという様子じゃない。
俺たちの脳裏をよぎったのは、天音から聞いた南の方にいる危険な奴らの話。
縄張りにしてるらしい国道からは多少距離はあるが、ここも南の方ではあるから、可能性が皆無とは言えない。
二人組は無言で近付いてくる。
俺たちも無言で身構え、互いに声を発しない緊張感が場に満ちている。
そのまま表情がはっきり見えるくらいまで近付いて来た。
二人の顔は、薄ら笑いを浮かべていて……どっちだ? 友好的か? 敵対的か?
「私達が怖い?」
最初に声を発したのは、髪の長い女の方だった。
「ろくでもない奴に出会ったことがありそうね。こんな状況じゃ警察もいないし、何があっても誰も助けてくれないものね」
女は口を大きく弓なりに曲げて笑顔を作った。
「さて私達はどっちでしょう?」
俺は杖を構えた。
すると男の方も口を開いた。
「おいおい、落ち着けよ。俺たちがそっちガワだとしても、戦うなんて利口じゃないぜ?」
「ろくでもない奴が物資を奪おうとしてきたら、いやでも戦うしかないだろ」
「いーやもう一つ道がある。戦わないでものを寄越して俺達の命令を聞くって道が。な?」
「なんでいきなり現われた人の命令聞かなきゃならないの。うんって言う人いないでしょそれ!」
雪代も言い返す。
言い返しつつ、背後のガレキに力を込めていつでもサイコキネシスで動かす準備万端にしている。なかなか抜け目がない。
「そうかあ? 怪我してから命令聞くよりは怪我する前に命令聞く方がマシだと思うが。まー、俺はどっちでもいいけどな? 痛い目に会うのはそっちだから」
「でも面倒くさいから一回だけ命令するわ。そこにある大量の魔石を、私達に寄越せ。もちろん、あんた達が私の言う場所まで運ぶのよ?」
その申し出は意外なものだった。
食料や衣服などではなく、魔石を?
「魔石? 食料よりも?」
「ええ。これがなかなか便利でね。私達には必要なものなのよ。ま、あるならついでに食料ももらってあげるけど」
「そういうことだ。なんか景気よく燃え上がってる炎が見えたからわざわざやって来たら、魔石がクソいっぱいあってラッキーってな。しかも運送業者つきときたもんだぁ」
こいつら、魔石を欲しがってるのか?
魔石の使い道と言ったら、マンション通販がないなら能力の強化だ。
つまりこいつらは、魔石で能力を強化に使っていると考えるべきだろう。
そうなるとこの前のチンピラとは違って、手強いことを想定した方がいいな。
「なるほど。でもなんでそんな自信満々なんだ? そっちは二人、こっちは三人なんだぞ。普通に考えればこっちが有利なはずだが」
「ははっ、そんなことかよ。そんなの俺たちが二人でもお前達よりつええから以外にあるか? 鍛え方が違うんだよ鍛え方が……よっ!」
その瞬間、男の体がオーラのようなものを発して一回り大きくなり、筋肉が浮き出る。
これは橘さんのマホウと同じか? 魔獣に対抗できるほどに筋力を増大するというマホウ。
こいつも同じ能力持ちか、やっぱりマホウって結構かぶるんだな。
しかも魔石を使って鍛えてるなら、いっそうパワフルなはず。
だから自信満々というわけか、となるとこっちの方が数が多いからといって油断できな……いや、でも、妙だな?
違和感。
なにかおかしい。
たしかに魔石で自分達を強化してるなら、自信を持つのもわかる。
だが俺たちも魔石を集めている。
それは一目瞭然、相手だって俺たちが魔石を回収してることはわかっているはずだ。
それなら俺たちだって魔石を集めて自分達の能力を向上させてると考えるのが自然なはずだ。自分がやっているなら、そういう発想に自然になる。
だったら条件はイーブンのはず、そう、結局のところ。
その上で人数が負けてるのに強気に攻めてくるなんてことはあるだろうか。
なぜか自信満々……同じ能力……。
………………まさか!
目線は二人から切らずに、俺は小声でアンドラスに尋ねた。
(アンドラス、炎を火の玉以外の形にもできるか?)
(ええ、形状は色々と可能です。火の玉型が一番遠くを狙えますが)
(遠くなくていいし、狙わなくていい。火力も強くなくていい。俺たちの後の広い範囲に炎を撒いて欲しい)
(何か考えがあるのですね、承知いたしました)
「凄い能力だな、だいぶ鍛えてるみたいだ」と俺は言いながら相手に杖を向け、何も気づいていないことを装う。
その間に、アンドラスが炎を背後にまき散らした。
背後のガレキに薄い炎の絨毯が広がる。
魔獣やマンションを焼いた火の玉のような強烈なものではないが、火渡り護摩行を強火にしたような炎のフィールドができあがった。
「ぎゃああああ! あっちいいいいい!」
何もない背後の空間から大声が聞こえ、続いて空気が陽炎のように歪み、男の姿が空気からにじみ出すように現われた。
「えっ!? えっ!? なんか人が急に出てきたんだけど!?」
「やっぱりいたか」
「あっちいぃぃぃぃ! 燃える!? 燃えるぅぅぅう!?」
男は燃える地面から飛び退き、ゴロゴロと転がりながら火のついた靴とズボンを慌てて脱ぎ捨てた。
「なるほど、そういうことでしたか」
「ああ。擬態で俺たちを狙ってた。そうだな?」
妙に落ち着いてる二人を見て、何か裏があるんじゃないかと俺は思った。
そしてまた、同じマホウを使える人が複数いるということを意識したら、気付いたんだ。二人でも三人に余裕を見せられるのは何か不意を突く手段があるからだ、そして不意を打つのに最適なマホウがあることを俺は既に知っている。
土屋の擬態と同じマホウを使える人もいるはずで、それで不意打ちする算段が整っているとしたら、相手の落ち着きも理解できる。
それなら、と思っての炎だったのだが大当たりだったな。
転がりまわっている不意打ち男を見て雪代も、「うわっ、ずるっ! そんな卑怯な戦法しようとしてたんだ」と糾弾している。
一方、作戦がバレた二人は歯がみして、
「ちっ……! 馬鹿が火がついたくらいで能力切らしやがって」
「くそ! 別に私達は普通にやってもあんたらくらい余裕なのよ!」
「ああそうだ! イキってんじゃねえぞてめえら! この間抜けなんかいなくてもやってやるよ!」
作戦が看破されたからといって逃げるつもりはないらしい。
女の方も筋力増大のマホウを持っていて、二人は揃って体を強化し、怒声を上げながら俺たちに襲いかかってきた。




