管理コマンド
頭の片隅に騒音解決のことを置きつつその日の魔石集めを行った。
魔石は並に集まったが、特に名案は浮かばないまま、マンションに帰って来た。
「中はうるさい外は魔獣。一見手詰まりだが――」
「申し訳ありません、少しよろしいですか、九重様」
考えながらエントランスのドアを開いた俺に声をかけて来たのは、管理人室のアンドラスだ。
いつも通り執事の正装で、管理人室から出てきた。
「ああ、いいけど、何かあったのか」
「お疲れのところ恐れ入ります。ですが、異変に気付きまして、お知らせした方がよいかと」
「異変?」
「こちらへ」
アンドラスは俺を管理人室の中へと導いた。
そして管理人室の通販端末を起動する。
「これでございます」
アンドラスが指差したのは画面内の『マンション管理メニュー』という項目だった。
こんな項目、見たことない。
「これは?」
「わかりません、気付いたらあったのです。最初からあったのに自分が食品に心奪われていて気付かなかったのかもしれませんし、今日追加されたのかもしれません」
「なるほど……試してみた?」
「いえ、それが、自分が触っても無反応なのです」
「無反応――それで俺を呼んだのか」
初めて見る項目だが、しかしアンドラスが操作できないことと、『マンション管理メニュー』という項目名から考えれば、このマンションのマホウを使っている本人のみができることだと推測できる。
つまり俺しか操作できないということだ。
理解した俺は人差し指で画面にタッチした。
キララララーン、という普通とは違う効果音が流れ、画面がホワイトアウトする。
「俺が操作する必要があったみたいだ」
「やはりそうでしたか。思った通りです」
管理人室の端末から、マンションのマホウの主が操作することでやれること、がこのマンションにはあったようだ。
これもまた魔石をたくさん投入してきたから解放された、新たな機能か。はたまた管理人室を使えば前からできたのか。
「さて、どんなメニューがあるんだろうか?」
・指紋認証 10000MP
・部屋割変更 20000MP
・防音導入 20000MP
・サウナ部屋 40000MP
・部屋結合 100000MP
・壁色変更 100000MP
・床色変更 100000MP
・
・
・
高っ!
それがファーストインプレッションだった。
最低価格1万MPで、軒並み高額のMPを要求される。
高いのなんて10万MPもあるぞ、こんなの無理だ。
「しかし、今度はこう来たか。なるほどマンションの持ち主の承認が必要というのもわかる大きなものばかりだな」
いくつもあるが、その中でも気になったものをタップしてより詳細を見ると。
・部屋割変更
マンションの部屋ごとの間取りを変えることができる。
デフォルトでは2LDKのものを一部屋を大きくして1LDKにしたり、逆に細かく3LDKに区切ること、他の部分を削り風呂場を大きくするなど可能。
・防音導入
マンションの特定の部屋の中の一角を防音仕様にする。
そこからの音漏れ、そこへの音漏れともに防げるようになる。
・壁色変更
マンションの外壁の色を変える。
色の候補はカタログ参照(ホワイト、アイビー、黒、グレー、桜色、緑色、模様つき、等様々なパターンがある)
マンションそのもの、マンションの部屋そのものに変更を与えるような大がかりなことを、この『マンション管理メニュー』ではできる。
普通の通販ではできないことができるし、たしかに管理者の承認が必要そうな内容だ。
俺とともに画面を見ているアンドラスが言った。
「なるほど、こういったことができるのですね。たしかにこれは、自分が操作してはいけないもののようです」
「アンドラスの一存でいきなりマンションの色が変わったらそれはそれで面白いけどな、ははっ。とりあえず各部屋ごとのものもあるし、この内容は他の人達にも周知しておこう」
掲示しておけば、興味のある人がいれば言ってくるはず。
そしたら俺が操作して実行してあげればいい。
そして……。
「今の俺たちにおあつらえ向きのがあるとはな……ん? さらにちょうどだ」
管理人室の窓から、エントランスに入ってくる雪代の姿が見えた。
俺は窓ガラスを叩き、身振りで入ってくるように伝える。
「どうしたの? 九重さんとアンドラス、何か管理的なアレコレでもやってた感じ?」
「ここ、見てみ」
「へー、管理人室にも通販端末あるんだ。中でまじまじ見るのは初めてだなー………………え!? 防音導入!?」
俺は雪代に向かって頷いた。
「これなら外に出ずに騒音もなく、いけるはず」
「わあー! こんなすごいのあったんだ! 早く言ってよ~」
「俺もアンドラスに言われるまで存在を知らなかったんだ」
「ええ、この管理人室限定かつ今日まで自分も含めて誰も気付いていなかったのです。どうやら、現在抱えてる何かしらの問題にとってよい知らせになっているようですね」
「良いも良い、花丸だよアンドラスさん。これなら私も納得して外で弾くのをやめ…………ちょっと待って。2万MP!?」
雪代の笑顔が消え、目を丸くして固まった。
……高いよな、ああ、わかる。
「それはキツいって! もやし生活だよ」
「ま、高いよな。さすがに2万は」
「2万MPなんて無理無理。外で弾くしかないよ」
「逆に言えば、MPさえ大量に稼げればいいってことだろ?」
「もちろん、それはそうだけど、でもあてあるの?」
「実は――気になっていることがあるのです」
言葉を差し挟んできたのは、意外なことにアンドラスだった。
俺たち二人の視線を受けながら、アンドラスは続ける。
「実は自分も、MPを必要としているのです」
「アンドラスさんも? どうして? 何か欲しいものが?」
「はい。食事をとるために、MPが必要で」
「ご飯食べれてないの? えー、かわいそう。言ってくれればパンくらいおごってあげるのに」
「いや雪代、アンドラスの場合は飢えるとかそういうわけじゃないんだ。……というか、この前結構MP稼いだはずなんだが」
「もう全部食べ尽くしてしまいました、お恥ずかしながら」
口を優美に曲げて微笑むアンドラス。
騙されてはいけない、この口はとんでもない口だ。
「まだまだ食べたいものがあるのです。カツ丼、豚骨ラーメン、ハンバーガー、麻婆豆腐、チョコバナナ、アップルパイ、バウムクーヘン……そこでご相談なのですが、お二人もMPを必要としているのですよね。自分と共に、大量の魔石がある場所へ行きませんか?」
「そんな場所知ってるの? アンドラスさん」
「はい。調べていたのです、皆さんが地図に書き込んでくれた図や、文章の情報、そして私も少しだけ外に出たりもして、最も魔石豊富なスポットを」
「おおー、それなら高くてもいいかも。今溜めてる分から使うのは惜しいけど、アンドラスさんおすすめで、皆で取りに行ったMPなら、宝くじに当たったようなもんだしね。ね、行ってみようよ九重さん」
「……ああ、それはいい。俺も雪代と同意見だ、美味しい場所で一攫千金できるというならその魔石を防音室に費やすこともやぶさかではない、というやつだな」
「よし、決まりっ! じゃあ、アンドラスさん、教えてよ。どこにそんな美味しい話があるのか」
急かす雪代にもアンドラスは鷹揚に頷いて答える。
「三者ともが利を得られるようで、喜ばしいことです。自分も遠慮せずにお願いができます。それでは、どこに向かおうと思っているか、述べさせていただきます」
俺たちはアンドラスの顔に注目する。
「我々が向かう場所、それは――マンションです」