夜風はギターの音色とともに
「どうしたのはこっちの台詞なんだよな。なんでこんなところでこんな真夜中にギター弾いてるんだ」
マンションの門を出たところで、ガレキに座ってギターを弾く雪代を見つけた俺は当然そう尋ねた。雪代は即答し、
「だってマンション内で弾いたら迷惑になるでしょ? だから外で弾いてるんだよ。マンション空間って音もシャットアウトされるし」
なるほど、そういうわけか。
普通に殊勝な心がけだったな。
「しかたなく外で弾いてみたけど、結構これいいかも。夜風が気持ちいいし、開放的な気分でゴリゴリに弾けるから、逆に正解だね」
「たしかに、こんな屋外で夜に楽器弾くなんてなかなかないだろうしな。しかし、ギターなんてどうしたんだ? どこか無事な楽器屋でもあったのか?」
「そんなのないよー。通販で買ったんだよ」
「……本気で?」
「安めのやつにしたけど、それでも痛い出費だったなあ。でも、最近はもう生活は結構安定したから、趣味にも走れる!ってことでね」
そんな趣味に大MP使うことはないと思っていたが、していた。
思い切りいいな雪代、俺も思いきってたまには買い物した方が人生楽しめるのかもしれない、と少し思う。
「なんにせよ正体がわかってよかった。夜中に門から出て行く姿が見えたから何かと思ったんだ」
「あ、そうだったんだ。九重さんこんな時間に外に用事があったのかと思った」
「まさか。じゃ、俺は戻る。……そうそう、門を出るまで一切音は聞こえなかったから安心していい」
「オッケー、思いっきりかきならす! あはは」
そして俺はギターの音を背に聞きながら、マンションの門をくぐった。
静かな夜はいいものだ。
だが、「朝」は違った。
翌朝、いつものように朝の準備をして魔石集めに出かけようとエントランスを出て、俺は門までの石畳の小径を歩いていた。
そういえば、ここの両サイドを花で飾ろうって計画を宙ぶらりんにしてたな。
人数増えて一人あたりの負担も軽くなってきたし、また何かで集まる機会があったら提案してもいいな。
住人だけじゃなくアンドラスも増えたから、MPはもっと集めやすくなっていることだ。
石畳の小径を歩きながら、そんなことを考えつつ門を出た。
「なんでこんな近くに魔獣がいるんでしょうか!?」
「知らないわよ! とにかく攻撃の手を止めないで! じゃないと天音の力も意味ないんだから!」
「は、はい! いきます! うおおおおお!」
出たのだが、その瞬間、怒声が聞こえてきた。
またかと思うが今回は楽しくギターを弾いてる場合じゃなかった。
日出と天音が、魔獣と戦っているところだったのだ。
そこにいたのは巨大コウモリのような魔獣。
翼が鋭い刃のように変化していて、低空飛行しながら襲いかかって来ている。
幸い、大きくなった分、普通のコウモリほどすばしっこくはないらしく、日出が前にも使っていた手槍で応戦している。
さらにそれに天音がリプレイで二本槍にしていることもあり、なんとか戦えている……といっても突っ立って見てるわけにはいかない。
「俺も加勢する。とりあえず食らえ!」
「九重さん!」「九重くん!」
魔道師の杖で魔力の矢を放つと、不意打ちを受けたコウモリは右翼に損傷を受けてバランスを崩す。
そこをすかさず日出が捉え、首元を狙って槍を突き刺した。
さらにリプレイで追撃が深く抉り、コウモリ型魔獣の駆除に成功した。
「助かりました! 加勢ありがとうございます!」
「怪我はなさそうだな、よかった。……珍しいな、こんなところに魔獣が?」
「本当本当! 危なかったのよ、門でたら目の前に魔獣がいて、驚いたんだから。まあ、魔獣の方も何もないところから突然天音が出てきたから驚いたみたいだけど」
これまでマンションのすぐ側に魔獣がいたことなんてなかった。珍しいこともあるな。
「どうしてこんなところに魔獣がいたんだろう。初めてのことだ」
「偶然じゃないの?」
「そうかもしれないけど、一度もないことが急にだからな。日出さんは何かあります?」
「うーん。難しいところですねえ……いつもはいないから、やってきたってことでしょう? 何かに惹かれてきたってことじゃないでしょうか? マンションの前のここに」
何かに惹かれて来たか。
この辺に餌でもあったんだろうか?あるいは魔石とか?
しかしそんなもんあったら気付くだろうし。
昨晩から今日にかけていつもと違うことは……。
ひゅん、とその時雪代が門から出てきた。
「あれ? どうしたの朝から皆で集まって」
「雪代か!」
「はい?」
「いや、知らんし!」
これまでで初めてのことが起きた。
魔獣がマンションの門のすぐ近くまで来るということだ。
もう一つ初めてのことが昨日あった。
雪代がここでギターをギャン弾きしていたということだ。
初めてのことと初めてのことが重なって、偶然と考えるのは難しい。
しかも耳のでかいコウモリの魔獣だ。
「情況的にそうとしか考えられない、楽器の音が魔獣を呼び寄せたんだ」
「そんなこと言われてもー、魔獣にそんな性質があるなんて私知らないもんなー」
「でももう知ったからな、ここで楽器弾くのはまずいぞ」
「そうよ、魔獣に出待ちされるのよ? コウモリがしょぼくて天音が鋭いからよかったけど、もっと強い魔獣でもっと鈍い人だったらジエンドだったわ」
俺たちに詰め寄られて雪代は両手をブンブン振る。
「はいわかりました……って、なるかー! マンションの中ならわかるよ? マンションの中で静かにしろっていうのはね、それは騒音被害を出したら私が悪い。でもここマンションの外じゃん。そこで何をするかは私の自由でしょーが!」
今回は雪代も素直にはいとは言わなかった。
「あのギター買うのにMPたっぷり使ったんだから、封印するなんてもったいないことできません。マジで」
「でも魔獣が寄ってくるのよ?」
「それは……皆で何とかしよ! 倒せば魔石も手に入るしね!」
「どんな魔獣が来るか分からないのに、さすがに危険すぎるわよ」
しかし、雪代の言うことにも一理ある。
マンションの外の廃墟の町で何やるかは自由だ。そこに口出す権利は誰にもない。お願いはもちろんできるが、そこまでだ。
それにMPをたくさん使って買ったものを諦めろと言うのも酷な話ではある。
「というわけでー」雪代が俺たちに向かって言う「みんなでどうすればいいかを考えよう! 別に私だって魔獣を呼び寄せたいわけじゃないし、音楽を楽しみつつ安全なうまい方法があればそうするよ」
「まあ……そうだな。雪代の言ってることもわかる。とりあえず三日我慢してくれないか? その間に何か手を考えるんだ。三日くらいならいいだろう?」
「ふんむ……まあそれくらいはね、私も子供じゃないし。じゃあ、うまい方法考えよ。さーて、どうしよっかなー」
日出と天音も納得し、とりあえず話はいったんまとまった。
ギターを安全・安心に弾けるようにする方法を俺も考えなければな。
雪代のためでもあるが、爆音を出していい方法があれば今後俺も遠慮なくやれるようになる。楽器は弾けないけれど、音楽はもっと余裕が出来たらまた昔のように聞きたい。
雪代の弾くギターの音色を聞いていたら、そんな気分になっていた。
天音と日出も何かいい案思いついたら教えると言い、俺たちは各々その日の魔石集めへと出かけていった。
さて、何か手はあるか?