マンションといえば騒音トラブル
大柄で角刈りでジャージ姿の土屋が祈るように俺に頼み込んでいる。
これはなかなか深刻な騒音被害が出てると言わざるを得ない。
「眠ってたら夜中にギターの音で目が覚めてそれからしばらくずっと演奏が続いて、全然眠れないんす! しかもここ数日ずっと! なんとかしてください九重さん!」
「え、数日? 昨日だけじゃなくて?」
「はい、そうッスよ」
俺が気付いたのは昨日だけど、それ以外にも弾いてたのか。
昨日だけ俺の眠りが浅かったのかな。
……いや、昨日はそういえば窓開けたまま寝てたな。
窓開ければ冷房いらないくらいの気温だったから。
「土屋って最近窓開けて寝てる?」
「ッス。最近は死ぬほど暑くはないッスから」
俺は一昨日やその前はまだ窓閉めてエアコンつけて寝ていた。
ということはつまり、窓を閉めてれば防音できるけど開けてるとうるさいくらいの音が響いていたってことか。
これから涼しくなるにつれて窓開ける機会も増えるだろうし、特にここだと防犯上のこと気にしなくていいから窓を平気で開けられるからな。
ちょっと騒音なんとかしなきゃだめか。
寝不足は次の日のパフォーマンスにも影響する。睡眠不足で危険な探索を行うのは望ましくない。
騒音問題……マンションにはよく聞く話だけど、このマンションでも発生するとは。
まあここは人数も少ないし対策はすぐできる。直に言ってやめてもらえばいいだけだ。
ゴミを出す人が通りかかるだろうから心当たりがあるかを聞いていけばいいだろう、ということで俺はエントランスでしばし待つ。
「おはよー。二人揃って立ち話? 珍しいねー」
最初に通りがかったのは雪代だった。
「雪代は昨晩寝られた?」
「ん? 普通に寝たけど……うわっ、土屋さん目の隈すごっ! 大丈夫? 眠れてないんじゃない?」
「そうッス。楽器の音がうるさくて最近眠れなくて」
「…………がっ、き? へー………………」
雪代の目がわかりやすく泳いでいる。
……これは。
「犯人はお前だ」
「なっ、なんのことかな九重さん!? ………………いやー、他の家まで聞こえてたの?」
と、いうことだった。
さらに土屋がギターの音色で眠れなくなったという日時と、雪代が弾き始めた日と時間帯をともに聞いて突き合わせると見事と一致。
間違いなく雪代がギターを弾いてたせいだな。
パン!
「ごめんなさい! 締め切ったら音漏れないと思ってたの!」
俺たちの尋問を受けた雪代は、勢いよく両手をあわせて土屋に謝った。
土屋は責めることはなく、むしろ寝不足が解消されるということでほっとした顔をしている。
「お互いに窓を閉めてたら気にならないけど片方開けてたら聞こえるみたいだな」
「ほんっとごめん! うるさいとわかったからにはもう寝不足にはしないよ」
雪代はそう言っているし、土屋もほっとした顔をしてる。
これで解決か。どっちも面倒なことを言ったりせず、すぐに丸くおさまってよかった。
一応マンションの持ち主?だからな俺が。問題発生するのはお断りだ。
それに俺も安眠できるし、これにて一件落着か。
その夜も窓を開けて寝たが、ギターの音に悩まされることはなかった。
翌朝になって土屋の様子を見るため話してみたが……まあ話すまでもなかった。
顔つきからして昨日と違っていた。目の隈もなくなっていて「最高の朝ッス!」と喜んでたし、ちゃんと雪代は約束通り楽器を弾くのをやめてくれたらしい。
これにて解決、マンションの所有者としての仕事も無事に果たした。
それに睡眠もしっかりとれたので、今日はがっつり探索していける。
その日は遅くまで精力的に探索し、その夜も雪代の楽器が聞こえることなくぐっすり眠って体力を回復できたので、翌日も張り切って探索を行えた。
「魔石もとれてトラブルも解決していい流れだ。……しかしちょっと腹すいたな」
探索を張り切ったせいか、夜中になって小腹が空いた。
久しぶりに夜食っていうのも悪くないな……と思って冷蔵庫をのぞいたが……何もない。
正確には食べるもの自体はあるが、夜食にというには少し重いものしかなかった。それに俺が今食べたいのは甘いものだ。
だが大丈夫、こういうときのためのマンション通販。
俺は通販端末に行き、あんまんを購入した。
宅配ボックスまで少し取りに行けばなんでも食べたいものが手に入る。便利な時代になったものだ。
世界が異変に見舞われる前には、夜中にコンビニに行ったものだな、などと在りし日のことを思い出しながら宅配ボックスに行くと、
「ん? あれは?」
門をくぐってまさに出て行く瞬間の人影が一瞬見えた。
本当に門から出て行き姿を消す瞬間だったので誰だったかもわからないのだが、たしかに人が出ていった。
こんな時間に外に? 妙な――。
今の世界では街灯も建物の灯りもないから、夜は月と星の光だけが頼りの闇の世界だ。そんな時に外に出るのは当然昼間よりずっとリスクが高いので普通は外に出ない。
……とはいえ何か考えがあってのことかもしれないし、イチイチ口出すことでもないか。
その人の考えもあるだろうし。あんまんも食べたいし。
というわけで部屋に戻って俺はあんまんを夜食に食べた。
皮はふっくらしていて、あんこはねっとりと甘い。深夜にこの甘さは脳に効く。
食べて正解。あんまんで正解だな。
さて、じゃあお腹も満たされたことだし今日はもう眠ろう。
「………………」
……やっぱり気になるな、さっきの人影。
俺は布団から上体を起こす。
こんな夜遅くに外に出るなんて何かある。
何かあるなら何があるかは知りたくなる。
このままでは気になってせっかく静かになったのに眠れない。
少しだけ外に出てみるか。
遠くまで行くつもりはない、近くで見つからなかったらすぐ戻ることはきっちり決めておいて、よし、行こう。
俺はマンションのエントランスを出て、門へと向かった。
夜で暗いがまだマンションの灯りがここにはある。
しかし門を出たらもっと暗いはずだ、足元には気をつけて行こう。
そして俺は門をくぐってマンションの外に出た。
ジャアアアアアン!!
ジャアアアアアン!!
ジャアアアアアン!!
「なっ!?」
なんの音だ!?
外に出た瞬間、大きな音が俺の耳に飛び込んで来た。
これはなんの……いや聞き覚えがあるぞ、この音は。
……というかこれ。
「あれ? どうしたの九重さん」
そこにはガレキに腰掛け、ギターをかき鳴らす雪代がいた。