食に感謝
バックパックに詰め込める家電の量には限界があるので、ドライヤーと電子レンジ(魔)と電気シェーバー(魔)を入れて、あとは魔石を詰め込んだ。
他にもイヤホンとか、モバイルバッテリーとかもあったけど、スマホもないのにもっていってもしかたないしな。
場所はわかってるんだから、必要になったら取りに来ればいいだろう。
日が暮れてきたのでその日はいったんマンションに帰り、そして地図に見た物を書き込んだ。魔力強化された電化製品があること、ドライヤーやイヤホンや今はもうなかなか目にしないラジカセがあることなどを書き込んだ。
そして翌日、まだ見逃しや取り逃しがあるかもしれないのでもう一度同じ家電量販店に行った。
二階を探していると無事な炊飯器を見つけ確保。レトルトのパックご飯を毎回食べるよりも、経済的に白米を食べられるな、これで。
「あ、九重さん! ここいいねー」
「雪代も来てたのか」
その時、フロアの青砂を四足歩行でかきわけている雪代が声をかけてきた。
やはりここで物を探すと誰でもこの体勢に行き着くようだ。
「地図の書き込み見て来たんだけど、魔石みたいになったハンディファン見つけたよ」
「ハンディファン持ってなかったっけ?」
「魔石のは普通のより何倍も涼しいんだよ、しかも軽いし電池入れなくても動くし。あとドライヤーもいいのがあってホクホクっすわー。マンション通販のドライヤーより高性能、マイナスイオンも出るし来て正解、だね」
さらに家電量販店の探索を続けていると、雪代以外にも家電を回収しに来ているマンションの住民の姿も見かけた。スピーカーやIHクッキングヒーターを回収しているようだ。
欲しがるものは人それぞれだがしっかりあの地図の書き込みを見て、それを活用して行動しているようだ。これでこそ、あの地図をエントランスにでかでかと置いたかいがあるというもの。仕掛け人の一人としては嬉しいね。
俺も地図情報から探索して新たな発見があり、俺の書いたことで他の住民も必要なものが手に入り、地図計画は成功したと言って良さそうだ。
未知なる魔石と融合したモノまで発見できたし、これからも情報の力を活用して、崩壊世界を快適に生きていくとしよう。
地図の力も見知って必要なものを概ね獲得したので、俺は家電量販店を後にした。
魔石も家電も手に入りホクホクでマンションに帰ると、アンドラスがエントランスのドアのガラスを拭いているところで、砂埃や誰がつけたか指紋もとれて、透明度100%の新品同然のドアになっている。
「すごくきれいになったな、ありがとうアンドラス」
「喜んでいただけたなら光栄です」
「なんだかこんなに働いてもらって管理費だけってのも悪い気がするな」
「お気になさらず。私のような存在にとっては、魔石から抽出される純度の高い力は何よりの報酬なのですから」
そういって清掃用具を片付けて、管理人室に戻るアンドラス。
俺はその間地図を見ていたが、アンドラスがドアを閉めた直後に。
「ああ待って待ってアンドラス君! ちょっと持ってきたものあるのよー!」
ノックをしたのは橘だった。
片手にはビニール袋――良い匂いのするビニール袋を持っている。
「いかがしましたか? 橘様」
「これ作ったのよ、良かったら食べてちょうだい。いつもマンションきれいにしてくれてるでしょー? 全然たいしたものじゃないけどお礼です」
アンドラスは袋を手渡され、中身を取り出す。
それはタッパーにずしりとつまった筑前煮だった。
蓋を開けると良い匂いがふわりと登ってくる。
「食べ物、ですか」
「ええ、デモンですっけ? おばちゃんにはデモンが何かよくわからないけど、ご飯は食べるでしょ?」
「いえ、自分たちの種族はあなた方のような食事は必要ありません」
「あらあらそうなの? 食べられないの? 残念ねえ」
「口から食物を摂取することもできないわけではないのですが。必要がないので普段はやらないのです」
いつもの完璧な微笑を浮かべているアンドラスだが、匂いに鼻が一瞬反応した。
視線が筑前煮のサヤエンドウと鶏肉に一瞬照準が合っている。
「しかし……ふむ……せっかく作っていただいたのですから、一口……失礼」
アンドラスはひょいと指でつかんで鶏肉とサヤエンドウを口に入れた。
一瞬後、表情が固まった。
「これは……!」
さらにタケノコやにんじんを口に放り込んでいくアンドラス。
「これが、この世界の食べ物……!? 橘様、これ全て頂いてよろしいのですか?」
「あらー、気に入ってもらえたみたいで嬉しいわー。もちろん全部食べて欲しくて持ってきたんだから。またいつでも作ってあげるから、遠慮せずたくさん食べてねえ。あ、九重くんも家に届けてあげるわねえ」
「ありがとうございます、橘さん」
橘はにこにこ笑顔で階段を上っていき、いったん自分の家へと戻っていった。
そしてその場に残ったのは、ひょいひょいと筑前煮を食べ続けるアンドラスの姿。
あの完璧な執事のようだった悪魔が今では完全に食欲に負けている。
「そんなに美味しいのか」
「これが”美味しい”という感情なのですね。初めてですよ、このような感覚を抱いたのは」
ふざけているような台詞だが、アンドラスの表情は大真面目なので突っ込みを入れるのはやめておいた。
悪魔的には、料理とかそういう概念がきっとなかったんだろうな。
「人間は美味しいものを食べると幸せになるけど、実は悪魔も同じだったんだな」
「そのようです。これまで知りませんでしたが、これは……素晴らしい。この世界にはかようなものがあったのですね」
俺と会話しながらも、アンドラスの手と口は止まらない。
これは邪魔せずゆっくり食べてもらった方がよさそうだな。
「まあ、ゆっくり食べてくれ。俺も橘さんにもらうのが楽しみだ」
筑前煮って自分で通販で注文しようとはなかなか思わないからな。
そういうの作っておすそわけしてくれるのはありがたい。ありがとう橘さん。
言い残して自分の部屋に俺も戻っていく。
さて、明日はどこに行くかな。物資はいいものが手に入ったし、次は魔石狙いがいいだろうか。
考えながら自室のドアを開けようとした俺の前に、すっと人影が滑り込んできた。
その燕尾服を着た影はアンドラス。
悪魔は、礼儀正しく俺に頭を下げて言う。
「マンション通販、自分にも使わせていただけないでしょうか? そしてMPを、自分も稼いでみたいのです」
「これで使えるようになったはずだ」
管理人室の中にも、モニターがあった。
動作はしていなかったが、俺が触れると【起動しますか?】との問いが出て、OKすることで他の部屋と同じように使える状態になった。
「ありがとうございます、自分では触っても反応しなかったので」
悪魔だからか、それともマンションの主がやることが必要だったのか。
一度起動したらアンドラスの操作にも反応するようになったので、今後は俺抜きでも使えるだろう。
「食べ物を注文するつもりなのか?」
「はい。色々なこの世界の食物を味わってみたくなりました」
マンション通販の食べ物ラインナップはかなり幅広い。
唐揚げ弁当もサラダも寿司も注文できるくらいだからな。
きっとアンドラスも満足できるだろう。
しかし、肝心のMPは0だ。
「そのためにはMPも稼がなければいけないぞ」
「そうですね。自分も魔石を探していこうと思います。とはいえご心配なく、マンションの維持管理の仕事はもちろんこれまでと変わらずこなします。魔石探しは空いた時間を使いますので」
「アンドラスならその辺は大丈夫だと信じてる」
これまでの働きぶりで、手を抜かず真面目にやる者なのはわかっているからな。
魔石を集めにいったからってマンションがどうこうなることはないだろう。
「信頼していただき光栄です。では、早速魔石を採りに行ってきます」
「待ってくれ」
待ちきれないとばかりに管理人室を出ようとするアンドラスを俺は呼び止めた。
振り返った眉目秀麗の悪魔に俺は言う。
「実は一人じゃキツそうなところを狙っていたんだ。手を貸して欲しい――川の魔石の攻略を」




