魔電量販店の冒険
「あれか。地図の通りだな」
マンションから見て東北。
自然公園までの半分くらい北に行き、そこから東に進んで川沿いまで行ったところに傾いた家電量販店の看板があった。
俺も町がまともだったころに来たことがあるが、外から見るとたいしてその頃と変わりなく、今も無事なよう見える。
この家電量販店は二階建てだが、かなりフロアは広いので十分に探索すべき範囲はある。何かが中で見つかる可能性は低くないだろう。
壊れた自動ドアから俺は建物の中に侵入した。
「……中はそうでもなかったか。結構ひどい有様だ」
外からは無事そうに見えたが、中は魔石化が著しかった。
商品棚などは軒並み魔石化し砕け散っていて、崩壊からこれまでの月日の間にそれらは砕けて細かい砂になり、床一面が青い砂に薄く覆われ砂浜のようになっていた。
まさかの家電量販店で美しい光景を目にしたが、しかしそれよりももったいない気持ちになる。これだけの魔石が砂粒にならず塊なら、相当なMPになったのだがと。
だが電化製品さえ手に入れば、それを買わなくてすむ分、相当なMPを手に入れたのと同じことになる。
無事なものがないかを見ながら、俺は家電量販店の中を進んでいく。
棚などと同じく、製品の多くも箱ごと魔石化し、原形無く砂の一部となっているのがほとんどだ。時折、プラスチックや金属の破片が青い砂の上にあるが、大部分が魔石化し砕けた家電のなれの果てだろう。
その中でも無事なものはないかと地面を見ながら歩いていると。
パキッ……パキキッ……。
異音が聞こえ、咄嗟に中級魔道士の杖を発動した。
杖の先から魔力の盾が展開される。
パキッ……再び音が聞こえ……上だ!
杖を、すなわち魔力の盾を上に向けると同時に、魔石の塊が天井からつららのように落ちてきた。
すんでのところで間に合い、盾はそれを弾いてくれたが、
「危ないところだった。……でも、おかげで魔石は手に入ったな」
落ちてきた氷柱状の魔石をバックパックにしまう。これ一つで100MP以上は手に入るだろう。
よく見ると天井にはそういった魔石が点在している。
これは美味しいことに気づけた。
それからはもう一つの杖、初級魔道士の杖で魔力の矢を放ち、天井の魔石を次々に打ち落としていった。
まさに怪我の功名、だいぶ稼ぐことが出来た。
MP的にはかなりここに来てホクホクになれた。
が、まだ肝心の家電が見つかっていない。
天井の魔石を回収したあとは、上も安全になったので、化石を探す考古学者のように地面をはいながら青い砂をかきわけて俺は家電を探していった。
魔石化はしていないが壊れた床や棚の破片や壊れた機械などで、凸凹のある青砂の床を、かきわけながら無事なものの捜索を続ける。
「お! ……いや、青いから魔石か。まあ悪くはないけど今欲しいのは……ん? いや、違う? 魔石……家電……融合してるだと?」
青い砂をかきわけた中から出てきたのは、電気シェーバーだった。
ちょうど髭を剃るのが面倒だと思っていたのでいいものだが、しかしそれは通常の電気シェーバーではなかった。
グリップの部分こそ元々の電気シェーバーのままだが、その上のネックや刃の部分が青紫色に輝く魔石へと置換されていたのだ。
「初めてみた、こんなもの」
普通は一部が魔石化すると、その部分から崩れ去ってしまうのだが、これはどういうわけかどちらもしっかり形を保っている。
あまりにも完璧に形を保っているので、まさかと思いつつ俺はスイッチをオンにした。
ヴィィィィィン!
大きなモーター音がして、なんと魔石シェーバーは動き始めた。
充電が残っているはずもないのにだ。
ということは、他に動力になり得るのは――そう、これは魔石の力で動いている電化製品だと、そう考えるしかない。
ヴィィィィィィン!
動作音も、見た目も、俺がよく知る電気シェーバーと魔石以外何も変わらない。
魔石の浸食によって壊れるのではなく、魔石と融合しているんだ。
ということはまさか、使えるのか?
……試してみないとわからないか。
俺は自分の顎に電気シェーバーをそっとあてた。
肌触りはひんやりとすべらかで心地よい。
痛みはないし、引っかかりもなく、滑らかに動く。
「これは……かなりいいんじゃないか?」
手であごを触ってみると、つるっつるになっている。歴代の髭を剃った中でもっともツルツルと言えるくらいに。
ガラスの反射で自分の顔を見ても、そり残しはない。
それでいて、肌へのダメージはまったくない。ヒリヒリしたり赤くなったりということもなく、完璧な剃り心地を実現している。
元の性能を維持しているどころか、むしろ並の電気シェーバーを凌駕した性能に進化している。
……そうか、魔法の肥料と同じだ!
マンション通販にあった魔法の肥料、あれは魔法の力で普通の肥料を超えた性能を持っていた。それと同じようなことが起きているんだ。
「これは、家電をこえた、いわば魔電ってところだな」
家電量販店に来て、こんな掘り出し物が見つかるなんて思わぬ収穫だ。
他にも同じような魔石と製品のマリアージュが見られないかと俺は家電量販店の中を探し続けた。
暗くなるまでひたすら探し続けると、魔石化したものだけでなく、そのまま運良く残り壊れてもいない家電も見つかった。
完全に無事なドライヤーが3つにイヤホンもあった。なぜドライヤーがこんなに被るのかは謎だが探せば結構見つかるものだ。
しかし一つ疑問も残る。
以前行ったスーパーマーケットの中は、もっとそのままの状態で残っている物が多かった。
一方で家電量販店は大部分が魔石になってしまっている。
この違いは何にあるのだろうか?
仮説1
売り物が食品メインのスーパーと電化製品メインのここの違いが出た。
食品は魔石化しづらく、電化製品のような機械は魔石化しやすいというパターン。
仮説2
場所の違いが出た。
自然公園の例で明らかなように、魔力の影響は場所によって大きく違う。
この家電量販店が特殊なスポットに位置しているというパターン。
どちらか、あるいは両方かもしれない。
まだ特定はできないが、ここみたいな場所があり得る、そして色々な物が魔石の力で特殊な性質を帯びることがある、というのは覚えておいて損はないな。他にもあるかもしれないのだから。
「……お、これは」
捜索を続けていると、半分魔石化した電子レンジが見つかった。魔電二つ目だ。
シェーバーと同じなら、電源がなくても魔石で動くのだろうが、でも電子レンジって空で動かしたらだめなはず。試したいが試せない。
どうしたものか……そうだ、小腹が空いた時のためにおにぎりを持ってきていたんだ。これを温めてみよう。
一分くらいかな。
電子レンジにいれて時間を設定して起動すると、コンセントも入っていないのに動き始めた。駆動音とともに、ドアの内側が光るが、それが魔石の青紫色にぼんやりと灯り電子レンジのくせにオーロラのように幻想的だ。
ピーピー。
なに、もう?
一分に設定したが、5秒で終了音が鳴った。
半信半疑でドアを開けたがそこにあるおにぎりは間違いなくホカホカになっていた。
加熱に必要な時間が大幅に短縮できるように性能上昇している、ということか。
しかも、このおにぎりは高速で温めたからといって米がべしょべしょやぱさぱさになっているということもない。ふっくらしっとり、炊きたてのような米で、完璧な加熱がなされている。
これが、魔力の電子レンジの性能か。
魔力の電子レンジになったことで、速度と質が大幅に向上した。
これから先に見つかるかもしれない魔電製品も、おそらくはその製品の機能が強化されているだろう。
もし家電以外にも魔石と融合したものがあれば、それもきっと――。
俺はおにぎりをかじりながら、これから見つかるかもしれない、崩壊世界で進化したモノのことを想像していた。




