懐かしき復活のガチャ
地図を設置してから数日。
皆がどんどん書き込んでくれたおかげで内容はかなり充実していた。
これまでに見聞きしてきたものを一気に放出したから、最初は一気に地図の書き込みも増えた。
「色々情報が集まって楽しみだな」
エントランスで地図を見ていると、その充実っぷりに気分があがってくる。
だがしかし。
「その前に掃除をしないとな」
俺はエントランスの砂と草を箒ではいた。
あの大掃除以来、こまめに掃除をするようにしているのだ。
せっかくきれいにしたのに泥泥にしたらもったいない。
このいい状態を保ちたいからな。
と思ってやってはいるのだが……。
「やっぱり面倒くさいのは面倒くさいよなあ」
掃除って昔っから嫌いだったんだよなー。俺はやらずに済むならやりたくない。
まあやりたくて掃除やる人なんてあんまりいないだろうけど。
「でも雪代は”掃除いいよねー、ピカピカになっていくのが快感”とか言ってたな、前みんなで大掃除した時に。そういう人も世の中にはいるんだな、羨ましい性質だ」
ぶつくさ言いつつも、手は動かし続け、なんとかエントランスの掃除は終えた。
しかしメンタルは削られたので地図を見て癒やされよう。
先日楓や成瀬が書き込んでくれたところをじっと見る。
倒壊仕掛けのマンションに安全に入る方法を見つければ、大量の魔石が手に入る。
魔獣に囲まれた荷物倉庫を解放すれば、大量の物資が手に入る。
どちらも得るものは大きい、うまくやる作戦を立てて一足飛びにマンションの俺の101号室を素晴らしいものにしたいが果たして…………。
「よし、メンタル回復した」
地図を見て崩壊世界での探索を夢想したことで再びテンションが上がってきた。
部屋に戻って今後どこに行くか作戦会議をしよう。
そうだ、あともう一つMPがたまったらやろうと思ってたことがあったんだ。その成果を見てから作戦をたてる方が有効にできるだろう。
ふふ、楽しみだ、何が手に入るか。
清掃用具を片付け、101号室へと帰った俺は、通販端末の前に一直線に向かった。
「さて、じゃあやるか」
通販端末の前に立ち、画面を操作した俺が表示したのは、
『通販ガチャボックス! 1000MP』
の画面だ。
だいぶ前だが、通販機能が進化した時に現われた新たな項目。
ガチャを引くことで、ランダムに色々なものが手に入る機能だ。
これが出てきた時に何回かやったけれど、期待値ではプラスだけど、外れを引いたときが辛いってことで少しやっただけで終わらせた。
それをなぜ今また表示させたか。
当然、ガチャを引くためだ。
以前引いたときに考察したことだが、このガチャは比較的いいものが出やすいということだった。
つまり期待値でMP1000よりプラスになるガチャということだ。
もちろん外れを引くこともあるが、くじは試行回数が多ければ期待値に近付く。
つまり十分なMPを用意すれば、このガチャは引き得なコスパ最強の通販商品になる。
そして今は20000近くMPがある。
これだけやれば、何回かは当たりが引けるだろう。
実のところ、ガチャをたくさん引くチャンスが来るのをずっとうかがっていた。
せっかくマンションが成長して増えた能力を封印するなんてもったいない。最高レアSSRを引きたい。ひそかにそう思っていた。
それが今、これまでの探索でMPをためこんだ今がその時。
期待値もプラスだから、SSR狙っても損はしないはずだ。
……いや、それでもガチャはやっぱり……?
「ダメだ雑念を払え。やらないのはいいが、やることにしたのを中断するのはダメだ。中途半端が一番失敗する。やると決めたら、とことんやる、それしかない」
決めた、当たりを引くまで引き下がらない。
いくぞ、まずは一度目、購入ボタンをタップ!!!
俺は覚悟を決めて、通販端末の画面を人差し指でタップした。
………………。
「ああそうだ、この画面では特に何も起きないんだった」
購入完了しましたと表示されるだけで、ガチャ結果は届いた箱を開けた時に発表されるんだったな。
宅配ボックスに行くと、いつもの宅配の箱とは違う、リボンのついたプレゼント箱が入っていた。それを見ると前にガチャをした時の記憶が蘇る。
そうそう、こういう箱だった。
そして箱を開けたときにも特殊演出があって、当たりとか外れとかがわかるんだよな。
箱を抱えて部屋に戻り、リビングの真ん中に置く。
そして俺は、一気に箱の封を解いた。
箱を開くと、中からクラッカーのようにテープと神吹雪が飛び出てきた。いい演出、だと思ったがそれだけでは終わらない。
さらに箱からサーチライトのように光が出てきて、しかも色が赤→黄色→緑→白と様々に変わっていく。
この光は前にガチャしたときにもなかった演出だ。
これは、もしかすると……。
ふっ、と光が消えた。
同時に派手な音を立てながら桃色の煙が箱から立ち上りリビングを満たす。
こんなド派手な演出があるってことは間違いない、『SSRをいきなり引いた』と視界ゼロの煙の中で俺は確信した。
シークレットにされていた最高レアの景品とはいったいなんなんだ?
期待に胸を膨らませていると、煙が薄れていく。
そして俺は見た、ガチャの大当たり、SSRの景品を。
「お初にお目にかかります、私はデモンの執事、アンドラスと申す者です。以後お見知りおきを」
黒い燕尾服に身を包んだ男が恭しく頭を下げていた。
アンドラスと名乗った男――デモン――とか言ってたけれど、彼は黒い燕尾服に身を包み、白い手袋を着用していた。その指先の動きひとつすら流麗で、まるで舞台に立っているかのような立ち居振る舞いだ。
整った顔立ちの穏やかな笑みは嘘くさいほど完璧で、だが口の端からは尖った小さな牙がのぞいている。さらによく見ると背中の方には小さな羽もあり。
羽、角、牙。たしかにこれは……悪魔だ。
「いやまさか。冗談だろ? ……まさかガチャの大当たりは悪魔だったっていうのか?」
「左様でございます。あなたがガチャの購入者様でございますね。大当たり、おめでとうございます」
完璧な礼儀正しい執事の悪魔、それがガチャの大当たりだった。
さすがにそんな景品は想像の埒外だ。
マンションの自室で、通販の箱から出てきた悪魔と会話をするという意味がわからなすぎる状況には、さすがにどうしたものかと考え込んでしまう。
「なんなりとお申し付けください、私はマンションに関する仕事をするようできていますので」
「マンションに関する仕事を? するように『できている』?」
「魔力生命体、とでも申しましょうか、私はそういう存在です。説明が難しいのですが、要は喋る道具だと思って遠慮無くお使いください」
といわれても人間に近い形をして同じ言葉を喋られると道具扱いするのは難しいな。かつてはAIに何か聞くときでも、意味ないと頭ではわかっていても質問に答えてくれたらありがとうと返していたし。
道具みたいに扱うよりも普通に接する方が俺にはむしろ楽だから、アンドラスにもそうさせてもらうか。それで文句を言われることはないだろう。
それより、アンドラスは今『マンションに関する仕事』をするって言っていたよな。
それってつまり。
「じゃあ共用部分の掃除とか、外の草むしりとか」
やってもらえるのか悪魔に?
「もちろんです。今すぐ作業にかかりましょうか?」
悪魔がやると言っている。
その瞬間、理解した。
これは神引きだ、一番欲しかったものが来てくれた。
最高のガチャ結果だ。
「ああ、頼む。エントランスは掃除したけど、二階より上はしてないから」
「かしこまりました」
アンドラスは恭しく一礼すると、俺の部屋から出て行き二階の廊下へと階段を登っていく。そしてマホウなのかなんなのか、箒とちりとりを召喚すると廊下にある千切れた草なんかのゴミを掃き掃除しはじめた。
その所作には淀みなく、しっかり掃除もできている。
悪魔が掃除なんてできるのかと思ったけれど、なかなかどうして完璧な仕事ぶりだ。
これでマンションをいつでも最高の状態にメンテしておける。
探索して世界を知り生活を改善していくことに集中できる。
悪魔とガチャのおかげで、マンション生活の前途は、明るい。




