地図を見よう
住宅街方面を探索していたら日が暮れてきたのでマンションに戻った。
まずは魔石をMPにするが、そこで天音が。
「あっ、そうよ! ここで使えばいいじゃない」
「なにを……なるほどリプレイか」
リサイクルボックスに魔石を投入する時に、天音の能力のリプレイで二倍にしたら、MPも二倍になるという作戦を天音が提案した。
いきなり収入100%アップが成功したなら、これはもう革命だ。
「いくわよ」と期待に胸を膨らませて天音がリサイクルボックスに今日得た魔石を投入する。ガラガラと小気味いい音を立てて箱に吸い込まれていき、リサイクルボックスのディスプレイには1600MPと表示された。
すかさず「リプレイ!」と天音がマホウを使う。
リサイクルボックスの投入口に魔石がふっと出現し、ガラガラ音とともに箱に入っていく。
「やった! できたわ!」
「これはおいしいな……いや、待て」
だが、ディスプレイの様子がおかしい。
同じ金額の1600MPと再び表示されると思ったのだがそれが出ず、ぶううううう……んんと唸っている。
異音だけが響く数秒の間の後【偽造禁止】とディスプレイに赤文字で表示された。
「ひぃゃっ!? ば、バレてるじゃない!」
「偽魔石を察知する機能があるとは、まさかだな。うまい作戦だと思ったんだが……」
恐るべしマンション。
偽札を見破るがごとく能力で不正に増やした魔石は受け取ってくれないらしい。
どういう仕組みになってるのかはわからないが、作戦は失敗だ。
「だめみたいだな」
「あーあ、せっかく贅沢できると思ったのに。九重くんのマンションでしょ、なんとかできないの?」
「できたら俺は今頃億万長者だよ」
そうね、という表情で皮肉っぽく笑う天音。
残念ながら地道に稼いでいくしかないということがわかった。
残念、二倍になったらよかったんだがな。
魔石二倍計画は失敗したが、しかしもう一つの計画は実行可能だ。
そう、住民で地図の完成度を高めようという計画は。
俺と天音はマンションエントランスの掲示板へと向かい、地図を見た。
今朝に比べて差異が……。
「ないじゃない、誰も書き込んでないわよ。せっかく作ったのに」
「こっちの計画も駄目なのか。面倒臭がってるのか?みんな。少しでいいからだるいと思わず書いて欲しいんだけどな」
それとも、一番にやるのは気が引けるのかな。
たしかにそういうのってあるな、自分が最初にやるのは遠慮してしまうってこと。特に原型の地図が天音が気合い入れたおかげで綺麗だから、逆にやりづらいのかもしれない。
そうなるとここは俺が一肌脱ぐしかないか。
まずは俺が今日見てきたものを書き込むことにした。
西の住宅街で魔石を取ってきたが、日暮れまでにもちろん全て回って取り切ることはできなかったので、まだ魔石が点在しているはずだ。
住宅街には魔石があるという情報と、二本並んだ桜の倒木の近くは俺たちが今日見たのでその周辺は避けた方がいいだろうという情報を書き込む。
そして、天音から聞いた話。
南の国道沿いには店が多く無事な物資もありそうだが、危険人物が徘徊しているために近付かない方がいい、ということも注意喚起に書いておく。
「これでよし。一人目が書けばあとに続くだろう」
とその時、ちょうど探索を終えた楓がエントランスに入って来た。
「あ、こんばんは」と言いつつ俺が書き終えた地図と手に持っているペンを見比べる。
「これ、書き込んだんですか?」
「ああ。今日の探索でわかったことを。こうやって皆で書いていけば、情報が集約されていいだろう」
「はい、良いアイディアだと思いました。でも、私が一番に書いちゃっていいのかなと思って……」
やはりそうか。
まあ気持ちはわかる。
「俺が書いたから一番じゃないな。今日気付いたこととかばんばん書いちゃってくれ」
「はい。じゃあ……」
楓は倒壊しかけのマンションが北西の方角にあると書き込んだ。
マンションといっても、本当の普通のマンションだ。8階建てでギリギリ持ちこたえているが、今にも倒壊しそうらしい。だが、その内部から青い光が漏れ出している。
つまり中に多くの魔石があるハイリスクハイリターンな場所ということらしい。
「へー、美味しそうな場所ね」
「でも、危険ですよ。私も中には入りませんでした。欲をかいて潰されては何にもなりませんし」
「たしかにそうね。でも丁寧な暮らしの源がたくさんあるとわかってて、みすみす見逃すのもしゃくね。なんとかならないかしらね」
天音が地図とにらめっこしながら考え込んでいると、次は成瀬くんが犬のココアと橘さんとともに帰ってきた。
俺たちが地図の前にいるのを見ると、成瀬くんも書き込んでいく。
「ココアが鼻をくんくんってして、走り出したんだ。ついていったら、これがあったの」
成瀬くんが橋向こうの南東のあたりに四角い建物を描く。
10歳なのに結構うまいな。
そして文で補足説明。
【ココアが反応。倉庫? でも魔獣がたくさん】
倉庫を囲むように、狼の頭みたいなものを描いていく。
「ここに倉庫があったんだ?
「うん。すごく大きくて、色々ありそうだった」
橘が「ロゴが見えたけど、運送会社の商品が集まる倉庫じゃないかと思うのよね~」と補足する。
なるほど、配達途中の宅配便とか、あるいはスーパーやデパートに運ぶ商品とか、そういうのの中継点か。それだけ大量に物資があるなら、ダメになったものがあったとしても尚かなりのものが残っている可能性が高い。
「行こうと思ってるの? 九重さん」と成瀬くんが心配そうに見上げてくる。
「偵察くらいはしてもいいかもな。魔獣とは戦いなれてるんだ」
「魔獣と!? すげー!」
おお、魔獣で急に興奮した。
おとなしくても10歳っぽいとこもあるんだな。
「ちょっとちょっと、九重くん、危ないことしないでちょうだいよぉ。そんなところで物資集めなくても、ここで魔石と交換すれば食べ物も飲み物も手に入るじゃないのぉ」
いさめてきたのは橘だ。
たしかに橘の言う通り、あえてリスクを犯す必要はない。
初期のあらゆるものが足りなかった時ならともかく、今はもう生活にほとんど不自由しないのだから、無理をしても損なだけ。
――とはいえ、楽に回収できる魔石を取らないのもそれもまた損なだけだ。
魔獣が弱ければ単に美味しいだけの場所なのだから、一度確認くらいはしておいていいだろう。それにまだまだ上の暮らしは目指せるのだから。
この場所も覚えておくべきだな。
「おお! 皆さん地図の前でどうしたんですか!? すごいですよねえ、この地図!」
さらに日出も帰ってきた。
さらにさらにマンションの門まで続く石畳の道を歩いているのは雪代だ。
続々と帰ってくる人達は次々に自分が見たものを知ったものを地図に書き込んでいく。
地図で情報共有作戦、こっちは紛れもなく成功だ。




