第一市民
朝日の眩しさで目が覚めた。
カーテンがないのでダイレクトに朝日が入ってくるのだ。もっとゆっくり寝てたいんだけど、カーテンも必要だな。
そういえば、このマンションのある空間も昼と夜がある。外の世界と連動して時間は経過しているし、太陽や月や星もある。そういう点でも分かりやすく暮らしやすい。もし24時間穏やかな光に包まれそよ風が吹く楽園だったら、時間感覚がなくなって睡眠がうまく取れなくなってしまうところだった。
さて、起きたことだし食事をとって今日も魔石を集めに行こう。
昨日注文したハンバーグ弁当、まあいけるだろう。一日くらいなら。冷蔵庫はないけど。
「………………」
変な味はしないのでセーフ。
これにて昨日通販で買った弁当は全てなくなったので、今日の食事を買わなければ。
モニターにタッチして通販発注画面を表示させる。
食べ物を探して……昨日から肉しか食べてないから野菜も食べたいな。しかし料理はできないし、できても調理道具がないし、出来合いのサラダとか……お、あった。
日替わりサラダセット MP100を発注。
基本出来合い品は日替わりらしい。日替わりで色々食べられるなら飽きにくくていいな。
それと、お、あった。
バックパック MP1000を発注した。
昨日外を探索しててわかったことのだけれど、袋がないとまじで不便。
ちょっと魔石拾っただけで両手が塞がるし、そうなればすぐにマンションに帰ってこなければいけなくなる。効率が悪すぎる。
お値段は高めだけど、これで魔石集めの効率が上がればMP1000は取り返せるはずだ。
宅配ボックスに荷物を取りに行くとやはり即配送されていた。
サラダセットは、パスタサラダ、サラダうどん、ポテトサラダ。
主食では?
バックパックはカーキ色で容量が大きく、ポケットが多いので使い勝手が良さそうだ。品質はなかなかいいよなこの通販。
早速パスタサラダと水のペットボトルをリュックに入れていく。
これもリュックのいいところだな。
食べ物はまあなくてもいいけど、水分を持ち歩けるのは嬉しいところだ。
「よし、行くか」
これなら魔石をたっぷりと収集できる。
そしてMP大量取得からのマンションで生活に必要なものを買いあさるんだ。
ただ食料と水だけっていうんじゃ、生きてはいけても快適ではないからな。せっかく生きるのなら快適に生きたい。誰だってそうだ。
まず欲しいのはテーブル……いや冷蔵庫が先か?
いや電子レンジも欲しいな弁当温めたいし、ああでも背中が痛いからベッドか布団も欲しいし。
マンションの部屋をカンペキにするために必要なものは尽きない。
脳内でリストアップしながら、廃墟と化した彩葉市内を歩いて魔石を採集し、今日買ったばかりのバックパックに入れて再び次の魔石を採取しに行く。
いちいち戻らなくていいとペースが段違いで、昨日より離れたところまで魔石を取りに行ける。背中に感じる重みも結構なものになってきたし、換金タイムが楽しみだ。
「だ……れか……いませんか……」
気のせいかと思った。
「だれ……か……声が……聞こえたら……」
もう一度聞こえた。気のせいじゃない。
人がいる。
この崩壊した世界に俺以外にも生存者はいたんだ。
声のした方へと走っていくと、ガレキの合間に倒れている女の人がいた。
「大丈夫ですか」と駆け寄ると、生気のない目だけがゆっくりと俺の方に向いた。
「あ……人……み、水……」
ちょうどよかった、今日はバックパックの中に水を持ってきている。
ペットボトルを差し出すが、彼女は蓋を開けることができず白い指が空回りする。
そこまで体力が減っていたとは見抜けなかった、「ごめん」と蓋を開けてあらためて渡すと、ゆっくりと喉を鳴らす。
少しずつ水を飲み、しばらく体を休めると、ついに彼女は体を起こすことが出来た。
「ふ……う……。ありがとうございます、助かりました」
女の人は長い時間さまよっていたのか、体中埃っぽく汚れてる。焦茶色のボブカットも砂や魔石粉だらけになっているし、ここまで大変な道のりだったんだろうな。
年齢は俺より何歳か若そうで、専門学生か大学生か、そんな雰囲気だ。もっとも、もう学校なんてものはなくなってしまったのだろうけど。
「ペットボトルの水がまだ残っているところがあったんですね。近くにコンビニとかスーパーがあったんですか?」
「いや、これはマンションで手に入れたものです。ずいぶん大変な目にあったみたいですけど、ずっと飲み物もなかったんですか?」
「はい。こんな有様で、お店の場所を思い出して行きもしたんですけど、売り場も倉庫も崩れてとても取り出せなくて。奇跡的に無事そうなコンビニを見つけても、そこには強そうな魔獣がいてどうしようもなくて、ここで限界に」
やっぱりそうか、建物が崩れたら中身も簡単には取り出せないし、店の品物には期待できないな。MPなしでただで色々手に入るなら嬉しかったけれど、ウマい話はないか。それに魔獣もいるんだな。
「ずっと飲まず食わずで歩き続けてたと。じゃあお腹も」
ちょうどそのとき、ぐー、と女の人のお腹がなった。
照れ笑いを浮かべて、俺と目があう。
「食べ物もありますよ。ここで食べてもいいけど、歩けるなら俺が拠点にしてる場所に来たら落ち着いて食べて、休むこともできるけど」
「大丈夫です、脱水状態も治ったから、腹ぺこでも歩くことはできます。安全で落ち着ける場所があるなら、そっちの方が!」
「じゃあ決まりだ。こっちです、そんなに遠くはないですよ」
「え…………え!?」
俺のマンションを見た女の人は言葉を失った。
うん、そりゃそうだよね。
世界崩壊してるのに、空間に裂け目はあるし、そこに入ったらマンションがあるし、理解不能だよね普通に。
「待って! なんでマンションがあるの!? なんでここ平和なの!!? そもそもさっきの空気の穴みたいなのはなに!!??」
「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、これは俺の特殊能力で作ったマンションなんだ。ほら、あの『接触』で人間が魔法みたいな力を身に着けられるって話だったじゃない?」
「うん、そうだけど……それがこれ? マンションを作る魔法って何!? 人を殺す魔法より意味わからないんだけど?」
「俺も意味わからないけど、作っちゃったものはしかたない。受け入れるしかないよ」
女の人は俺の顔とマンションを何度も視線を往復させた後「はぁーっ」と諦めたようにため息をついた。
「意味はわかんないけど、たしかに受け入れるしかなさそう。実際あるんだもんね。あの大崩壊と同じで」
「そうそう、受け入れよう」
「うん……あっ! 驚きのあまり普通に話しちゃってました」
「そのままでいいよ。世の中こんな風になっちゃって年功序列もないでしょ。俺も普通に話す方が楽だしさ」
「そうですか? まあそっちがいいなら私も楽だし、普通に話すね…………あ、名前聞いてなかった! 私は雪代琴」
「俺は九重玲司。今後ともよろしく」