地道が一番
蜂に対してどう対処するか、マホウを使ってサクっとやるのは難しそうだ。
それならもう、とるべき方法は一つしかない。
「わかった、地道にやろう。蜂駆除に必要なものを買って、安全第一で作業だ」
俺と日出と土屋は、通販で蜂を駆除するための道具を買った。防護服、スプレー、ノコギリに頑丈な袋。
「本当に大丈夫なんスか、この服」
「通販の商品紹介ページには大丈夫って書いてあったから大丈夫だろう」
「もし説明文が間違ってたらどうするんスか?」
「クーリングオフすればいいさ」
虫を怖がる土屋をなだめながら、作業に入る。
防護服を着てベランダに出ると、蜂が近くに飛んでくるが、分厚い防護服に阻まれて針が俺たちに届くことはなかった。
ほらな?と目で言いながら、巣にスプレーをかけてまず弱らせる。
スプレーがあまりかからなかった蜂は怒って襲ってくるが、防護服があるので問題ない。
しかし土屋は「ひっ」「来るなッス!」と必死に身をかわしていた。防護服があるんだから必要ないのに理屈じゃないんだろう。
それから巣に袋を被せて、巣をノコギリでベランダから切り離して袋の口を閉じる。
一連の作業中も蜂は邪魔しようと試みてきたが、防護服のお陰で刺されることもなく無事にすんだ。やはり戦いにおいて鎧は大事ということか。
「念のためもっとやっておきませんか?」
と日出がいったん閉じた袋をもう一度開いて袋の中にスプレーをたっぷり放出してからあらためて口を閉じた。この男、容赦ない。
だが容赦ない攻撃は効果的だったようで、袋の中からは羽音一つ聞こえなくなった。
これで袋破られたりすることもないだろう、鉢の巣の処理は終わりだ。
あんなにうまくいくだのいかないだの、うだうだ言っていたのが嘘のようにあっさりと素早く終わってしまった。
やはり専用の道具と専用の手段を用いるのが一番ということだな。
マホウがいつでも普通の道具や方法に勝るわけではない、ということは今回の教訓として頭に刻み込もう。
元々巣から出ていた蜂はぶんぶんとそこらをまだ飛んでいるが、女王蜂がいなければすぐに路頭に迷って死んでしまうだけなので気にする必要はない。これで解決だ。
「はぁ。なんとかなってよかったッス」
「本当ですね! これで生乾き臭からもサヨナラですよ」
ほっと胸をなで下ろす土屋と日出。
隣に住んでた二人からしたら死活問題だっただろうな。
「崩壊した外の世界だけじゃなくて、マンションの中でも問題が起きるとはな」
「本当ですよ、ある意味魔獣より恐ろしかったです」
「はは、たしかに。まあ、またあったら次は道具もあるしサクッとやっちゃいましょう。それじゃ」
そして無事に蜂騒動は解決して俺たちは解散した。
マンション内のトラブルってのもそれはそれで厄介だな……むしろ外なら何が起きてもマンションに帰ってくれば解決するけど、マンション内じゃそれができないから一番厄介かもしれん。
日出の言ってた通り、魔獣より困りものだ。
「念のため他の場所も見ておくか」
まさか他の場所にも蜂の巣ないだろうなとマンションの廊下や壁などを見て回る。
その時、蜂ではないがふと気付いたことがあった。
最初はなかった雑草がマンションの周りに伸びてきている。
気にしてなかった時は別に草なんていちいち目に入っていなかったのだが、一度意識にのぼるとたしかに、最初からあるきれいな芝生や、後から植えた木々や野菜とは別の、雑草が勝手にいつの間にかそこかしこに生えていることが気にかかる。
これも俺たちと一緒に入って来たのか?
しかし虫みたいに飛んで入ってくるわけでもないだろうが……いや、植物の種もふわふわ風に乗るって話を聞いたことはあるな。
あるいは、むしろこっちの方が可能性はありそうだが、靴にくっついてきた可能性も高い。外の世界歩くときに、種や草があるかどうかなんて確認せず歩いているから。
「理想郷のように整っていたマンションに外から侵入してくるとは不届き者だな。……むしるか」
実害はないだろうが、一度気になるとな。
蜂を駆除したついでだし、今日はマンションを汚すものどもの排除デイにしてしまおう。
そう決めたら早速草をむしり始める。
もちろん、蜂駆除と違って特別なものなどいらない。
しっかり根っこから引き抜く。ただそれだけ。しいていえば、雑草を入れるためのゴミ袋が必要なだけだ。
そうして俺は黙々と草をむしり続けた。
すると、いつの間にかとなりでむしってる人がいた。
「手伝います、九重さん」
「楓。ありがとう、助かる」
「いえ、自分の住んでるところですから、当然のことです。むしろ今まで気付かなかったのが不覚です……結構草が茫茫に伸びていますね」
楓も一緒に草むしりをはじめてくれた。
人手が増えるのはありがたい。シンプルにその分はやく仕事が進む。
手を動かしながら楓は言う。
「なかなか大変ですね。しかしこれだけ雑草があるのに、なぜ今まで気にしてなかったのか自分のことながら不思議です」
「世界崩壊してぐっしゃぐしゃになっちゃったからな。そんな外の景色を毎日目にしてたら、雑草くらいじゃなにも思わなくもなるさ。でも最近は段々余裕が出てきて、崩壊した景色にもなれてきたから、細かいところに気がつくようになってきたんだろう。俺もね」
「それでしたら、しっかり抜いておかなきゃいけませんね」
「ああ。こういうのは処理しておかないと増えるからな」
汚れでも雑草でも、気付くまでは目に入ってもなんとも思わないが、一度気になってしまうと永遠にそこに目がいく。
それに気付いたら終わりなのだ、面倒でも対処するしかない。
そうして草むしりをしていると、楓以外にも見かけたマンション住人が草むしりに加わってくれた。
人数は段々増えていき、最終的にはほとんどの人が集まり、そのおかげでテキパキとことは進み雑草は見事に全部駆除できたのだった。
「終わりましたね、皆が手伝ってくれたおかげで」と楓が額の汗を拭いながら言った。
「ああ、おかげでだいぶ早く終わった。これで………………いや、待てよ。なんか、汚れてない?」
また気付いてしまった、
マンションの周囲を綺麗にしたことで浮き彫りになった、マンションのエントランスや廊下の汚さに。
考えてみれば当然だ。
毎日のように荒れた廃墟の町を歩き回ってその足で帰ってきてるのだから。
「どうしたんですか?」
「廊下……汚れ……。つまり、そういうこと」
楓は俺の言葉を即理解し、草むしりの流れのまま、マンションの清掃が始まった。
泥や千切れた草木や虫の死骸をはいてまとめて捨てていく。
さらに草むしりに気付いてなかった住民もやってきて、ついには住人全員が集まり大清掃大会が始まり、豊富なマンパワーで掃除は順調に進んでいった。
「随分きれいになりましたね」
「ああ、元はこんなんだったんだな」
掃除する前はくすんでいても当たり前だと思っていたが、掃除をするとこんなにきれいなマンションだったのかと驚かされる。そういえば、崩壊する前の世界でもそういう気分に定期的になってた気がするな。
「あらあら、きれいになったわねえ。ありがとうねえ、九重くん。九重くんが呼びかけてくれたおかげできれいになったわー。私もたまに気になってたのよ~。あ、成瀬くんも頑張ったわねえ、ちゃんとお掃除して偉いわ~」
橘さんが俺と成瀬くんを交互に褒める。
小学生と同じ視点で褒められているような気がするのは気のせいだろうか?
いやまあ橘さんから見れば俺も成瀬くんもどっちもまだまだ子供かもしれないが。
ともあれ、住民総出でやったおかげで清掃は早く済み、俺たちは各々きれいになった廊下を満足して踏みしめ自室へと戻っていった。
「それでもさすがに疲れたな。みんな手伝ってくれたけど」
蜂駆除、草むしり、掃除のコンボはなかなかにしんどい。
こういうの定期的にやるのって、正直かったるいよな。
とはいえ放置して荒れ果てたマンションになるのも困るし、我慢してやるしかないのか。
崩壊前の世界で住んでたマンションじゃ、業者が定期的に掃除とかしてくれてたけど、この世界にそんな業者はいるはずもない。
掃除をしてゴミを消すマホウ、なんかが使えるような人がいれば住人に即スカウトするんだけどな。
「はは、まさかそんなピンポイントな人間がいるはずないか。馬鹿なこと考えてないで晩飯でも食おう」
俺は通販端末を起動した。
今日は暑い中働いたし、キリッと冷たいおろし蕎麦でも食おう。