MP
マンションのある空間から出ると、入った時と同じ場所に出た。
景色に変化はなく、崩れたマンションや住宅、ガレキに覆われ、アスファルトがひび割れた道路が視界に広がっている。
その灰色の景色の中で紫色の結晶が怪しく光を反射している。
あれが魔石か。
とりあえず手近な住宅の塀から生えているような結晶を手に取った。
む、とれないな塀と一体化してるのか。
だったら適当な石で根元を叩いてやれば……よし、剥がせた。硬度はそれほどでもないな。普通の石より柔らかいくらいだ。
ソフトボール大の魔石の結晶を手に入れた。
さらに崩れた家の屋根にも同じような結晶があったので、それも採取。
しかし、あの時はもっと激しく魔石化してたような気がする。
建物や道路の一部が紫色に変質していったが、その範囲はもっと大きかった。その割には見つかる魔石の塊は小さいし少ない。どうしてだ?
どこかガレキの影にでもあるのかと探して見て、俺は解を得た。
そこら中にキラキラした砂粒があった。比較的大きめの粒を見ると、うっすら紫がかっている。魔石が粉状に砕けたものだ。
魔石は強度が劣っていた。
そのため、建物が倒壊したときにほとんどのものは砕け散り砂となって風に吹かれてそこら中に飛び散ってしまったのだろう。それらはもう回収不可能だ。
そのため、運良く塊で残っているのはごくわずかしかないんだ。
「魔石を集めるのも結構大変かもな。とりあえずこの二個がどれほどのMPになるか確かめてみよう」
門の場所に戻り、マンションに入る。
そしてリサイクルボックスに魔石を投げ入れた。
箱がぶおぉんと光り、上部についている液晶に『MP+100』と表示が浮かび上がる。
同時にマンションの空気がふっと澄んだ気がした。
――この瞬間、崩壊した世界の中で俺は水や食料を得る権利を獲得した。そしていずれは、かつてあった全ても。
「MP100ももらえたか、結構いいじゃないか。あの魔石二個で三食分のうまい弁当が買えるってことだもんな、うまい話だよ」
魔石は思ったより少ないとはいえ紫色はちらほら見えていたし、飢えることはなさそうだな。
これなら通販で快適に暮らしていけそうだ、魔石をかき集めるぞ。
それからは【マンション】の周辺にある魔石を日が暮れるまで集めた。
魔石の塊の大きさによって手に入るMPは変化して、小さければ少なく大きければ多い。一番大きかったのはメロンほどの塊で、それは一気に500MPほども手に入った。
「ふう……こんなもんかな」
夜101号室に戻り、通販モニターでMPを確認すると【1820MP】まで貯金できていた。
魔石を取ること自体は難しくないけれど、いかんせん塊が少なく、結構歩き回らなければいけないので疲れたな。
しかも地面がひび割れていたり、ガレキが重なっていたりで歩きづらいし、ただ移動するのも一苦労。
まあ、惨憺たる状況を思えば、これくらいのことは全然問題にならないか。
晩ご飯に唐揚げ弁当の蓋を開いた。
唐揚げはニンニクとショウガの風味が効いていてうまい。どこから配達されるのか全くの謎だが、いい味付けだ。一日外で石を採取して疲れた体にガツンと来るね。
しかも味がいいだけじゃなく、大きめの唐揚げは五個も入っているし、リーフレタスも少し添えてあり、漬物も完備、ご飯にはゴマがふっていると完璧な唐揚げ弁当だ。
お米も安い弁当にありがちなベタベタ感がなくておいしいし、外の惨状からは想像もできないおいしい食事を取れているな。
謎の特殊能力だけど、この【マンション】召喚魔法みたいな能力を身に着けられてよかった。
外の惨状か……。
いまだに生存者の姿は見ない。
こんなところにいてもしかたないとどこか避難所や安全な場所に集まってるのか、それとも誰も生き残ってないのか……。
今のところはどちらとも言えない。
でも、間違いなく言えることは俺は運良く生き残ったってことだ。
だったら、あれこれ考えるより生き残った命を生き延びさせることだけを考えるべきだろう。
世界がどうなったとか知ってる人達はどうなったとか、もちろん気になるし心配ではあるけれど、心配してもどうにもならないからな。
どうにもならないことで悩むより、どうにかなることをやる、それが俺の哲学だ。
紙コップに入れた水を飲んで、夕食終了。
いい夕食だった。
じゃあ今やることは。
「……寝るか」
外は真っ暗で危険だし、やることもない。明日に向けて体力を回復させるのが今できること。
俺はフローリングの床に寝転んだ。
……布団も欲しいな、MP貯めよう。
決意しつつ、俺は世界崩壊後初の夜に眠りについた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
『ブックマーク』や画面下の『☆☆☆☆☆』から評価をして応援していただけると嬉しいです。
この小説を面白いと思ったら、どうぞよろしくお願いします。