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見つめる者

 ついに犬もマンションに来た。

 しかしその犬――ポメラニアン、ココアのおかげで新入居者の鳴瀬達も安心ということで、俺たちはこれまで通り探索に行くもよし、特に猛暑日なら家で休むもあり、と各々の裁量で個人で活動を気兼ねなくできるようになった。


 そんなわけで俺も、魔法のポーチを目指してMP稼ぎのために探索をしている。


「やれやれ、マイペースにやれるとやはり気楽だ。……そろそろ昼にするか」


 元マンションだった瓦礫の山の日陰に腰掛け、バックパックからのり弁を取り出した。通販で買った保冷バッグに保冷剤とともにいれているので猛暑でも安心だ。


 もぐ……もぐ……。


 やはりちくわの磯辺揚げは美味しい。


「これを食べたくて俺はのり弁を通販で注文しているのかもしれな……っ!」


 ごくり。

 突如気配を感じて俺はちくわを急いで飲み込んだ。


 まただ。

 また、視線を感じる。


「三度目の正直、さすがに気のせいじゃないな。確実に誰かが監視している」


 誰だ?

 どこだ?

 なんのためだ?


 弁当片手に考え、周囲をうかがった瞬間、


「あなた、そんなものどこで見つけたの?」


 俺が、ではなく俺に、声がかけられた。


「このご時世に新鮮なお弁当って、そんなことありえる? 怪しいわね」


 右手から姿をあらわしたのは俺と同じくらいの年格好の女だった。


「そっちは何者?」


 質問しつつ、俺はランチタイムの乱入者を観察する。


 最初に目につくのは、焦げ茶色のゆるいウェーブの髪。光でやわらかく揺れているが、そのゆるふわと裏腹に眼光は鋭くつま先から頭まで往復していて、遠慮無く俺を値踏みしている。


 まあそこはお互い様か。

 俺も初対面の謎の人物ということで、遠慮無く観察させてもらっているのだから。


 女はこちらに強気に近づいてくるが、腕を組んだままで用心深く疑っている様子がある。

 多少の距離があるところで止まると、彼女は顎をわずかに上げ、薄い唇を動かした。


「何者とかこの状況である? 七海ななみ天音あまね。単に毎日サバイバルしてるだけ。みんなそうでしょう?」

「九重玲司。だけど、サバイバルしなくていい方法がある」


 ピクリと腕組みした人差し指が動いた。


「それって、その妙なお弁当と関係ある?」

「ああ。興味出てきた? だったらうちに来たらいい、入居者募集中だから」

「…………はは~ん? そういう魂胆ハラね」

「魂胆?」

「天音はそんなイージーじゃないわよ。そうやって甘い言葉と食べ物で釣って、だまし討ちにかけようって狙いでしょ」


 どうもこの女は被害妄想が激しいようだ。


「それになんのメリットが俺にあるのかを考えるべきだな」

「焦ってる焦ってる、ふふっ。奴隷みたいにこき使って食料とか水とか魔石とかを搾取するつもりだったようね」

「いや違うけど」

「そういうの見たことあるんだからね、天音は。はぁ、危うく引っかかるところだったわ。悪いけど天音は退散させてもらうから! そんなものに釣られないってね!」


 後ずさりするように俺に距離を取りながら……あ、弁当見てる。


「なあ、本当はこれ食べたいんじゃ?」

「やっ、やめろお! これ以上天音を誘惑しないで!」


 太陽を見るときのようにのり弁からの威光に目をそらしつつ、天音は去って行った。


 初の勧誘失敗だった。

 せっかく人を見つけたのにもったいないが、来ないなら来ないでしかたない。

 来たくないものを無理に来させようとは思わないし、いずれまた別の人がマンションに来たいと言うだろう。


 俺は気を取り直して海苔弁の続きを食べることにした。


 …………の、だが。


「嘘だろ? まだ視線を感じるだと?」


 天音は去って行ったはずだ。


 それなのに視線を感じるということは……さっきの視線、いや最近視線を感じてた正体は天音じゃなかったということか。


 まさか、別の奴が……だとしたら……一番の対策は、こうだ。


「誰かいるのか! 見てるのかこっちを! だったら姿を見せてくれ! 危害を加えたりはしない!」


 素直に呼びかけよう。

 結局それが一番いい。


 ずっと見ていたなら、俺が天音に何も手を出してないことはわかってるはずだ。天音の被害妄想を真に受けてたら困るが、その場合はもう去っているはず。

 つまり、呼びかければあっさり出てくる見込みは低くない。


 突然、ぐにゃり、と10mほど先の地面が歪んだ。


 ひび割れたアスファルトが波打ったかと思うと、這いつくばった人間がその中から、否、その上に姿を現した。


「これはまさか、擬態?」

「そのとおりッス。自分の異能、擬態カメレオンで、ずっと見てたッス」


 立ち上がったその男はかなり大柄で角刈りで、実直そうな雰囲気だった。服装はジャージらしきものを着ているが、体格が良すぎてパツパツだ。


「自分は土屋つちやげんって言います」

「俺は九重玲司。あんな能力もってる人がいるとは驚いた。だがスッキリした、ここ何日か視線を感じてたのは、土屋だったんだな」

「すんません。でも今の世の中、悪い人間もいるんで、様子見たかったッス」


 食料要求してくるチンピラなんかもいたな、そういえば。

 終末世界で人間がいると思って喜んで近づいたら、ああいう輩だったとなれば最悪だ。人間不信にもなる。

 土屋のやったことは十分理解できる。


「理解した。それで、様子見た結果はどうだった?」

「九重さん、自分もそういうもの食える仲間に入れてくださいッス」


 土屋はビシッと腰から頭を下げた。


「こののり弁?」

「自分のり弁好きなんス。それに以前見た時は、もっと大人数でいたけど全員他のとこじゃ見たことないようなしっかりした格好してたし、バックパックなんて背負ってて便利そうだし、うまそうなサンドイッチや弁当とか食ってたんス。どういう集まりかはわかんないッスけど、自分もそこに加わりたいッス」

「そういうことなら、うちのマンションに入居すればいい」

「マンションに入居……? 今のご時世にマンションが残ってるんスか? そんなことあるなんて驚きッス。飯もマンションにあるんスか?」

「想像とはちょっと違うかもしれないけど、来ればわかる。どうする?入居する?」

「……うす、お願いしまッス」




 擬態を使えば魔獣にも気付かれずに隠れることができる。

 それを利用して、魔獣が多くいて他の生き残った人間が立ち入らないような場所にも行くことができ、それゆえ生存に必要な物資を集めやすかった。


 それが、土屋が世界崩壊からこっち、生き残ることができた秘訣らしい。

 とはいえそれにも限界があり、快適に生きるということはできてはいなかった。それと、突然この辺りの魔獣の数が少なくなって何か異変が起きていると思っていたところに、俺たちを見つけ、これはと思って様子を見ていたということのようだ。


 そして俺はそんな土屋に、マンションに帰る道すがら、今までと同様にマンションの説明をして――。


「……ッス!」


 門をくぐってマンションを目にした土屋は言葉を失っていた。


「こんなの、ありえるんスか?」

「ありえてなければ、ないだろう。マホウの力に感謝ってとこだな」

「あざッス! テンション上がるッス! ……俺が前に住んでたアパートよりすごいッスよここ。芝生もあるし、宅配ボックスもあるし」

「アパートに住んでたのか」

「そうッス。就活苦労して、それでもなんとか通って、ちょうどいい場所にあるアパート見つけたってのに、それからすぐ大災害が起こって、マジ終わってるって思ってたんスけど、こんなきれいな建物があるなら世の中捨てたもんじゃないッスね」


 再び腰を折って深々と礼をする土屋。

 やがて頭をあげると、静かに噛みしめるように新たな住処を踏みしめながら、303号室に入っていった。


 はしっこが好きらしい。




 これで7人と1匹。


「マンションに住む住民、一気に増えたな」


 こんなに賑やかになるとは。犬もいるし。

 最初はここに俺が一人だけでいたとは信じられないな。


 さらに人数が増えただけじゃなく、野菜もついにマンションで収穫できるようになった。

 菜園に行けば、見事に赤くなっているトマトを見ることが出来る。


 ついに野菜が実ったのだ。

 魔法の肥料のおかげで成長はぐんぐん促進され、トマトが真っ赤に熟れている。

 他の野菜も――ジャガイモとかキュウリとかも軒並み収穫可能になっている。魔法の肥料は名前負けせずマジカルだ。


 トマトを一個もいで今日のおかずにすることにする。

 一人何個までなど厳格には決めていない。そこは各々空気を読もうということになっている。

 今のところはそれで問題ないだろう、最近住民が増えているとはいえ何百人もいるわけではないし、ルールをしっかり定めなくとも。


 部屋に戻り、海苔弁にもぎたてトマトを添えた食事を取っている時、しかしふと気になった。


「最近になって、本当に住民が増えてるよな。これまでよりずっと急速に」


 最初の頃はあまり人と出会うことがなく、マンションの住民も少しずつしか増えなかったのに、最近は立て続けに増えている。

 住民にはならなかったけれど天音のような人ともエンカウントした。

 ひょっとすると、何かが以前とは違ってきているのかもしれないな。


 理由を考えるなら皆動かざるをえない状況ということだろう――


 これまでは各々自分が見つけた安全圏にこもってサバイバルしていたのが、時とともに物資が足りなくなってきて、あるいは魔獣が餌を求めて移動したなど、そういった事情で新天地を求めざるをえなくなってきた。

 それで動き回るようになった結果、人間同士が出会う頻度が増えた。


 ――と想像できる。


 そうであれば、何かしら俺も状況の変化にあわせて対応する必要があるな。

 そしてこのマンションでの『対応』と言えば、通販によって成されるもの。


 通販端末を開き、そして【強い魔法の品物】の項目へと移動した。


 これはマンションが成長したことで最近表われた新たな項目。

 たとえば魔法の肥料もここで購入したもので、その性能はこのトマトを見ての通り。


 マジックポーチやマジックポーションなど、強いファンタジーな力を持ったものがラインナップに並んでいる。

 その中に、俺が扱っているものに近く、しかしそれをレベルアップしたものがある。


─────────────

【強い魔法の品物】


◆ マジックポーション 500MP

◆ マジックポーチ 5000MP

◆ マジックファーティライザー 1000MP

◆ 中級魔道士の杖 10000MP

    ・

    ・

    ・

─────────────


◆ 『中級』魔道士の杖 10000MP

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― 新着の感想 ―
まあ、面倒なムーブする人間追いかけるより礼儀正しい人間入居させますよね まだ信頼できる人間かは不明ですけど 警戒は必要だとしてもチャンスを手にできるかも生き残るには必要な要素だとわかる回でした 入居者…
2025/08/21 17:21 通りすがり
平和だ…平和過ぎる。 崩壊世界なのに生き残った人達が平和過ぎるのは何故? 崩壊世界だと「ヒャッハー!力こそ正義だ〜!」みたいなのが生き残りそうだけど、子供?高齢者?ワンコ?いや、そんなのは保護者でもい…
そろそろ入り口移動かふたつめの入り口が開放されないと枯渇しそう
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