はじめてのぼうけん
「さすがに滅茶苦茶だな」
建物が崩れていないからといって、中が無事というわけではない。
入り口の近くではプラスチックの破片となった買い物かごがえんじ色で床の上を彩り、壊れたレジが入り口付近まで転がってきている。
近くにあるパンの棚は倒れ、ビニールを破られ食い散らかされたパンや、踏みつぶされたパンだらけだ。
「無事なパンはなさそうかなあ。残念」と雪代が破れたビニールに入った変色したレーズンパンをかがみ込んで突っついている。
「魔獣が食い荒らしたんだろうな」
「魔獣って人間と同じもの食べるの?」
「……そう言われると知らないけど」
魔獣の生態って全然知らないな、近付くと襲ってくるくらいしか。
一度遠巻きに観察してみてもいいかもしれない。
「とはいえ魔獣以外にこんな風にぐちゃぐちゃにするやつもいないだろう」
「周りには魔獣もたくさんいましたしね。他のところもぐちゃぐちゃだし、ほとんど荒らされてそうで残念です」
楓の言う通り、パン以外の売り場もしっちゃかめっちゃかになっている。
これでは物資は……。
「あ! でも待って! たしか日出さんなら腐ったものでも食べられるようにできるんじゃなかった? それならこういう潰れたパンも」
「僕できます! ……けど、味は変わりませんがよろしいでしょうか? この潰れたパンは多分ジャリジャリしてパサパサして臭いと思われます」
「え、それはちょっと……」
さすがに食い荒らされたもの食べるよりは通販で買ったもの食べる方がいいな。節約のためでも腐った味を我慢するのは厳しい。ただし、どうしても食料足りなくなったいざという時にはここを覚えておくと助かるかもしれないな。
俺たちは引き続きスーパーの中を探索していった。
どこもパンのコーナーと同じように、荒らされていてまともに使えるようなものはなかなか見当たらない。
売り場を離れて惣菜コーナーの奥にある厨房に行ってみると、そこもドロドロに汚れていて、鍋もベコベコに凹んでいたり、ほとんど使えなさそうだ。
しかし、探し回っていると、無事な鍋とフライパン、お玉などが少しだけ見つかった。消毒してからなら使えそうなので持って帰ることにする。
まあ俺は通販で出来合いのもの買ってるだけで料理してないんだけど。
雪代が通販で少しずつ自炊の準備を整えているらしく、欲しいと言ったので雪代がリュックにいれていた。
惣菜の厨房を出て、さらに手分けして売り場を見て行く。
何か使えそうなものは……。
「缶詰だ。無事な缶詰があったぞ!」
シーチキン、サバの味噌煮、コンビーフ、さらにおつまみ牡蠣まで。
小さくて頑丈なのが功を奏したか、棚から落ちて地面に積もった商品の山から掘り出すと、生き残った缶詰が結構あった。
もちろん、金属の缶でも容赦なく壊れてるものもあったけれど、それでも結構な数の缶詰を俺たちは手に入れた。
「素晴らしいじゃないですか! これならしばらくご飯に困りませんよ」
「ああ、食事にMPを使わなくてすむなら、家具や電化製品を早く揃えられる」
「それにこういうの最近食べてませんでしたから、気分もあがりますね!」
缶詰を回収して、さらに他の場所を見てまわると今度は。
「あ、お菓子が生き残ってる!」
雪代の嬉しそうな声が響いた。
「カラムーチ○にブラックサ○ダー、他にもいくつか。この包装で生き残ってたのは奇跡的だな」
「私これめちゃ嬉しいよー。いっつもこれ食べてたからさあ。ほら、通販だとお菓子はあってもこういう特定の商品がないじゃない?」
雪代の言う通り、マンション通販でもチョコやポテトチップスのお菓子は注文できるけれど、それは特定のメーカーの特定の商品ではなく、マンション通販オリジナルのものだ。
もちろん味が悪いわけではないのだけれど、食べ慣れたあのお菓子とは少し違って物足りない。舌がいつもの味を求める。
だからここでいくつかのお菓子が無事だったのは大変良い。
賞味期限もお菓子は長めのものが多いのでまだまだいけるし、俺たちは各々自分のお気に入りのお菓子をバッグにつめていった。
「缶詰にお菓子、なかなか良かったな。他には……もうないかな」
さらにスーパーを歩いて見て回ったが、他には利用可能な状態のものを見つけることはできなかった。ラップとか地味に便利だと思うんだけど、箱ごとぐしゃっと潰され中身もビリビリ。強力な力で引っかかれたあとがあるし、魔獣は食べ物とかなくともとにかく暴れたくなる時もあるようだ。
「とりあえずこれで全部かな。……一階は」
「そうですね。二階も見たいところです」
スーパーマーケット「エブリデイ」は一階が食品や惣菜など売っているスーパー本体で、二階には100均やドラッグストアが入っている。
なので二階も見て置きたいところだが。
「だめだあ、階段崩れてるよお」
外から見たとおり二階は一部崩壊していたので、そのせいで階段が埋まってしまっていて上れない。
「こんなことがあっていいのでしょうか、外から見たら二階も一部は無事そうでしたのに。生殺しというやつですよこれは!」
「諦めるのは惜しいな。うまく登れそうなところはないのか」
他に登れるところを探すと――ん?
「あのエスカレーターのところ、行けないか?」
「あー……でもあれ、壊れてませんか?」
エスカレーターも階段と同じく、崩れてきた二階の建材でひしゃげて折れてしまっている。しかし。
「たしかにエスカレーターは壊れてて使えない。けど、崩れてきたガレキが積もって二階に上がる坂になってる。多少ガタガタするけど、登れないことはなさそうだ」
「ああ! たしかにあれなら上に行けますね! ただ、足元は相当悪そうですが」
日出の言う通り、落ちた二階の天井や二階の物などが積もってるだけなので、少々危なっかしいが、登れそうなのはそこしかない。
しばらく崩れないか観察した後、結局俺たちはそこから二階に上がることにした。
「うん……うん……大丈夫そうだ、ゆっくり慎重にいけば十分登れる」
俺が先頭でそこを進み、無事に二階まで上がった。
後から他の住民達も上がってくる。
……ガラッ。
「ひぁゃっ!? わわわわっ!?」
最後に登った雪代が登り切る直前、足元のガレキが揺れてバランスを崩した。
「雪代さん!」という楓と日出の声を聞きながら、俺は身を乗り出して振り回している手を掴んだ。そして、そのまま雪代の体を引きよせる。
ふう、なんとか上がれたか。
「ありがとう~、九重さん~」
「やっぱりちょっと危なかったかなここ登るの」
「まあ登れたから問題なし! 引っ張ってくれてありがとう、おかげで、おお、二階だあ」
少し危なかったけれど無事俺たちは二階に上がることができた。
胸をなで下ろしたら、今度は二階の探険だ。
「あ! これ使ってたトリートメント!」
二階も一階と同じく荒れていて、まだ使えそうな商品はほとんどなかったが、それでも少しはドラッグストアに無事な物資があった。
「やっぱりこれが一番なんだよねえ。楓ちゃんも使ってるのあるんじゃない?」
「私は通ってる美容院で買ってたので、残念ですがここにはなさそうです」
「え、まじ? いいもの使ってるなあ」
俺も以前使ってた商品がないか探してみよう。
……と思ったが、なかなか都合よく残ってはいなかった。
だがシャンプーやボディソープをたっぷり補給できたのは幸いだ。この辺のお風呂用品の棚はうまく難を逃れていて、かなりの商品が健在だ。
入浴剤まであるし、ここに取りにくれば風呂事情は安泰だな。
そのかわりというかはわからないが、他の棚はどこもひどい有様で、風呂関連のもの以外はさっぱりだった。
絆創膏とか解熱剤とか欲しかったのだが、これは通販に頼るしかないか。
ドラッグストアを一通り見回った俺たちは次は二階の半分を占めるもう一つの店、百均を見ようとしたのだが。
「日差しが眩しいですね」
屋根が落ちていた。
外から見たときに二階は半壊していたが、それは百均のところだったようだ。
ドラッグストア側もヒビくらいはある程度入ってはいたが、百均がかつてあった場所はそれどころかきれいに天井が落ちて店内は全てガレキに埋もれ、開いた天井からは強烈な日差しが照りつけている。
「スーパー探険はここまでってとこかな」
「待ってください、崩れた天井には魔石がいくらか混じってるみたいです」
「本当だ青く光を反射してる。だからここの天井は脆くて崩れてたんだな。じゃあそれだけ取って出るか」
「は……い? あれは!? 皆さん上を!」
楓が天井の端を指差した。
俺たちが視線を上げると同時に聞き覚えのある音が響いた。
ッシィー。
ッシィー。
屋根の上から首を伸ばし、中をのぞき込む巨大ムカデの頭がこちらを見ていた。
「どうも、河川敷ぶり」
「河川敷……? きゃぁっ! あの時の巨大ムカデ、ここにもいたんですね!」
「ああ。でも一度は狩った相手だ、落ち着いて対処すれば問題ないはず。やろう」
俺たちは一斉に戦闘態勢に入った。
屋根から降りてきて向かって来る巨大ムカデは前回と同じく、その巨体を鞭のように振り回して俺たちに攻撃してくる。
その一振りごとに、ぶつかった棚が倒れ、壁や天井が軋む。
俺たちは後退しながら間合いを保ちつつ応戦する。
前回のサイコキネシス鎖鎌が大活躍だったので、攻撃は雪代に任せ、残りの三人は相手の攻撃への牽制や、強化した腕でのガード、また動きをよく見て回避するなどサポートに徹する。
巨大ムカデは暴れ回るが、二回目ということもあり、俺たちは前回より安定してムカデを細かく切っていくことができ、危なげなく撃退に成功した。
「ふう、一丁上がりってやつ!」
「雪代さん、相変わらずすごいです。鎖鎌の扱いも慣れたものですね」
「ふふふふっふ、自分の忍者の才能が怖いわ」
思わぬアクシデントだったけど、終わってみればスーパーの商品に加えて魔石も手に入って一石二鳥だったな。
ピキ。
「……ん?」
ピキ、ピシッ、ベキベキッ……!
「なんだこの音……………………おい嘘だろ!」
「どうかしたのでしょうか? 九重さん?」
「今すぐ一階に逃げるんだ!」
「え?」と三人が俺に目を向けた。
だが見るべきは俺ではなくその周囲。
脆くなっていた二階の天井と壁のヒビが広がり、コンクリートの欠片をパラパラと落としながら異音を立てているのだ。
俺は天井を指さして叫んだ。
「速く! 崩れるぞ!」
俺たちは全力で駆け出した。
直後、固いコンクリートが割れる派手な音を立てながら、二階の天井が崩落した。




