リスクマネジメント
「う~~暑い! いやもう熱い!」
「たしかに、エアコンは必要ですね。耐える限界が迫ってます」
翌朝、魔石を採取しに出かける前に、俺は皆に声をかけた。
エアコン必要じゃないか? と。
そこからエアコン会議が始まり、可及的速やかにエアコンを設置したいと雪代達も言っている。
「でもエアコンって相当MP必要じゃないですか? 確認したら10000MPでしたよ!」
日出の言いたいことはもっともだ。
ただでさえ入り用な昨今、さらに10000MPも捻出するのは家計に厳しい。
しかしだからといって夏をエアコンなしで乗り切るなど自殺行為。
であればとる方法は一つ。
「収入を増やす。魔石を大量に集めればMPも大量に集まる」
「それはそう、だけどそんなアテあるの?」
「魔獣と戦った時のことは覚えてる? あいつら魔石を遺しただろう」
「あ! そういうことね! しかも結構大きな魔石もらえた気がする」
「狩りに行こう、魔獣を」
雪代は腕を振って早速やる気になった。
しかし楓は結論を急がない。
「たしかに魔石を大きく稼げるかもしれませんが、しかしリスクもありますよね、魔獣は危険ですから」
「リスクは百も承知。ただ慎重に行ってる間に暑さで体調を崩すリスクもあるからな、どっちもリスクがあるなら、涼しく過ごせる分魔獣と戦うリスクを取る方がいい」
「そうですね、まったく戦ったことがないわけでもありませんし。やりましょう、九重さん」
よし、みんなやる気だな。
俺たちは実際に倒したことあるんだ、それに前は2人だったり3人で魔獣と戦った。今は4人いるんだから、さらにあの時より俺たち優位になっている。
「少し待っていただけないでしょうか!?」
注目をひいたのは日出だった。
「どうしたんですか日出さん」
「当たり前のように魔獣と戦う流れになってますけど、魔獣ってあれですよね? たまに廃墟をうろついてる不気味な生き物! 僕も何度か見てきましたけど、遠くで見たらすぐ回れ右してましたよ!? あれを狩るおつもりですか!?」
「そう」「うん」「はい」
「いえいえあっさりしすぎですって!?」
「でも俺たちってマホウを身に着けたわけだし。それでなんとかいけますよ」
「僕は腐った食べ物を解毒できるだけですよ!?」
「あ」「あ」「あ」
「ちょっと皆さん目をそらさないでいただけませんか!?」
たしかに、日出は戦える要素なかったか。
だが通販で武器も買えるからな、それで戦えばなんとかなる、きっと。
と考えていると、雪代が自分の部屋にいき、急いで何かを持って戻ってきた。
「日出さん、大丈夫、武器があるんだよ。ほら!」
「武器……それならば僕も戦えるかもしれません。いったいどんな武器が? 雪代さん」
「ほら、これこれ、鎖鎌」
ジャラリと鎖が小気味いい音を立てた。
あ、この前のガチャで引いてたやつだ。
「………………なぜファーストチョイスが鎖鎌なんですか!? 無理ですって素人がこれをぶんぶん振り回すの! 逆に自分が怪我してしまいますよ! 雪代さん!」
「あー、日出さんって鎖鎌苦手な人?」
「……得意な人とかいるんですか?」
もっともなツッコミを入れる日出だが、きっと得意な人は目の前にいる。
「それはともかく、日出さん、鎖鎌が苦手なら自分好みの武器を買ったらいいんですよ。通販で武器も売ってますから」
「そんなものまで通販にあるのですか? 見逃していましたよ」
まあ、武器なんて普通にしてたらチェックしようと思わないからな。
「実はあるんです。俺も見ての通りマホウは戦闘タイプじゃないけど、それで戦えましたから」
「そうなんですか。それなら希望がわいてきましたよ。僕も微力ながら一緒に戦わせていただきます。少々お待ちください、通販してきますので!」
日出が武器を得るために202号室に戻り、俺たちも各々準備を整えにいったん部屋に戻る。そして再びマンションのエントランスに集まった時、魔獣狩りの朝が始まった。
俺たちは魔獣を狙うために「東」へと向かった。
最初に魔獣と出会ったのも、倒したのも、マンションからひび割れたアスファルトの上を東へと探索してた時だった。
その事実が示す通り、マンションから東に向かうと比較的近い位置から魔獣の姿が見え始め、その数も多い。
それゆえに危険だから東にはこれまで行ってなかったが、逆に言えばそれだけ多く稼げる。魔獣をたくさん狩れる。
しかも今はあの時より魔石の力で各々マホウを強化もした。以前より俺たちの戦力は増しているのだから、そろそろ進撃しても良い頃だ。
「こっちの方ってあんまり来ることなかったから、ちょっとワクワクするね」
ひび割れた道路に倒れた街路樹をまたぎながら、雪代が声を弾ませた。
「同意。どこも廃墟だけど、結構違いがあるんだよな。あ、あの街路樹葉っぱが魔石になってる」
倒れていない街路樹の何本かの葉が、青紫色の結晶になっていた。
植物も魔石化することがあるんだな、珍しいものを見た。
昼間でも無音の道路に、太陽の光を乱反射して輝く結晶の葉の街路樹が立っている。まるで異世界に迷い込んだような気分になってくる。
散らばる屋根瓦や折れた標識。魔石の侵食をたまたま受けず、まったく往事と同じ姿ながら一切の動きも物音もしない家に、逆に家ごと崩れ道路まではみ出した家財道具。
廃墟になった町の光景も見慣れてきたつもりだったけど、まだまだ俺の知らない崩壊世界はあるんだな。
「東の方に魔獣が多いことがわかってるなんて驚きました、方角によって違うとは」
日出も周囲の光景を見まわしながら、誰にともなく話かけた。
「地図を描いた成果が出たってとこですね。こっちは駅とか繁華街がある方だけれど、栄えてるところには魔獣も栄えてるのかも」
「なるほど! そういうことだったのですか」
「いや適当に言っただけです日出さん」
「いえいえ、仮令そうでも、ひょっとすると真実をついてるかもしれませんよ。魔獣の正体は不明ですけれど、でも何かしら豊かなところに魔獣も数多くいる方が自然な感じすると思いませんか?」
そう言われると、そんな気もしてくる。
砂漠より熱帯雨林に生物がたくさんいるように、何もないところに魔獣がたくさんいるよりは、色々な物で溢れかえっていた場所に魔獣が多くいる方が、ありえそうな雰囲気はある。
「エネルギー保存則的な。まあ、マホウとかある今の世界でエネルギー保存則がなり立つのかっていう問題はあるけど、魔力とかそういう未知のものも含めたエネルギー保存則みたいなのは成り立ってるのかもしれない。そう考えると賑やかなところほどエネルギーは多そうですね」
「ですよねえ! 九重さんにも同意していただけて嬉しいです」
俺たちは雑談しつつも足は止めず東に進んで行き、やがて以前はじめて魔獣を討った場所を通り過ぎた。
ここからは魔獣が出てもおかしくない、気を引き締めて行こう。
警戒しつつ進むと、橋が川の上に架かっているところまでやってきた、そして。
「いるいる……みんな魔獣いるよー……」
囁く九重に、楓も頷き囁く。
「あれは……見覚えありますね。大鼠です、ただ前に相手したのよりさらに大きいようですが」
「それに……トカゲ人も……集まってるよー……」
わざわざ囁かなくてもさすがにこの距離じゃ聞こえないと思う。
ともあれ、見たことのある魔獣だけのようで助かったな。
大鼠は楓と出会った時に、トカゲ人は各方面の魔獣を倒してた時に戦ったことがある、二足歩行で棒とか石とかを手に持って戦う魔獣だ。
「どちらも倒したことがあるし、油断しなければいけるな」
「皆さん待ってください、橋の向こうにも魔獣の姿が見えてないでしょうか?」
日出が言うように、橋を渡った先の道や、河川敷にも魔獣の姿がちらほら見える。
やはりこちらは魔獣が多い、今まで探索してたとよりずっと。
「つまり良い稼ぎ場ってとこじゃないですか。これならエアコンだけじゃなくて、マンションの植物のために肥料も一気に買えるかもしれない。そうとくれば行くしかない。もちろん、落ち着いて安全マージンを十分取りながら」




