101号室
「ここは……そうだ、魔法(仮)でマンションが出てきてそこで俺は」
目を覚ました時、俺はまだ板張りの廊下にいた。
やはりあれは夢じゃなかったらしい。
……ってことはあの現象も!?
マンションの部屋を見るのは後だ、それよりも町の様子を!
エントランスを通り抜け、石畳を逆に辿ると、その出口に簡素な門がある。
その門にはオブラートの膜があるように、奥の草原と空の風景がくすんでいて、空間が歪んでいるようだ。
この門が入ってきたところで、そして外に出ていくところだろう。
あの風景とあの魔獣を思い出し不安になるが、意を決して門をくぐった。
俺を追いかけてきていた魔獣はいなくなっていた。
見える範囲に他の魔獣の姿もない。
ひとまずは安全そうだが、これは……。
広がっていたのは終末の光景。
ほとんどの建物が倒壊し、大小のガレキが散乱し、物音も生物の姿もない中で太陽の光だけがしらじらと輝き、紫色の結晶を怪しく輝かせている。
世界は崩壊した、と考えざるをえない姿に変貌していた。
マンションに入った時みたいな、崩れる音や走る魔獣、叫び声、そんな喧噪はなくなって静かなものになってる。
だいぶ時間が経ったのかな、眠っている間に。
あの眠りはちょっと普通じゃなかったし。
「でも、静かだとむしろ終わってしまった感が増すな」
魔獣の気配もないので、しばらく周囲を歩いて様子を見てみる。
元住んでいたマンションは完全にガレキの山と化していて、私物を取り出すのは不可能だ。剥き出しになった鉄筋が痛々しい。
そこから近所を歩いたが、変化はなかった。
人の気配も魔獣の気配もなく、ひたすら静寂だけ。
なるほどな。生き残った人は他にいるのか、他の場所はどうなってるのか、気になるけれど、少なくともすぐにわかることではないみたいだ。
わかっているのは、少なくとも俺の目に入る範囲の世界は崩壊していて、そして俺は安全な空間にマンションを作る特殊能力を身につけたということ。多分、例の『接触』の影響で。
このどこも同じような崩壊した世界より、あのマンション空間の方が快適に過ごせるのは間違いない。調べるならあっちのマンションだな。
マンションに戻ってきた俺は、今度は101号室の中を調べることにした。
中はなんの変哲もないマンションだ。
2LDKで部屋の広さも普通。
なんなら俺が住んでたマンションより部屋数多いし部屋も広いのでこっちの方がいい。
床はフローリングで照明もついていて、風呂トイレキッチンクローゼットなどなど設備も完備。住む上で不都合はなさそう。
……いや、不都合は普通にあるな。
部屋の中身は空っぽだ。机もテーブルも椅子も電子レンジもない。いることはできるけど、いることしかできない。
一つだけあるのは、リビングの壁の一部に埋め込まれたモニター。
ボタンなどは何もなく、黒い画面をじっと映している。
普通のマンションにはこんなものはない。明らかに異質だ。これがこの魔法のマンションの要所に違いない。
ボタンがないということは、タッチパネルか?
指でモニターに触れると案の定画面が起動した。
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マンション専用通販:注文したものは宅配ボックスに置き配されます。
野菜セット・梅 100MP
果物セット・梅 100MP
肉セット・梅 100MP
魚介セット・梅 100MP
日替わり弁当3個セット 100MP
水 2l×12本 100MP
筆記具セット 100MP
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所持MP 500MP
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なんだこれ。Amaz○nか?
通販ってことは通販だよな。
たしかに俺は元から通販で色々買ってたけど、それがここでもできると?
ためしに日替わり弁当3個セットの欄をタッチすると、画面が切り替わりコンビニ弁当のような弁当の画像が三つ出てきた。
さらに日替わり弁当3個セットですという商品説明と、カートに入れるという文字。
完全に通販だ。
これも俺の目覚めた特殊能力、としか考えられないよな。
マンションの中にはめ込まれたモニターの中で起きてることだし。
とりあえず……ご飯は必要だから弁当セットは頼もう。あと水も必要。
あとは食器が欲しいな、お、画面がスクロールできる。ふむふむお茶、ジュース、使い捨て食器セット、あ、これいいね。これもポチろう。
よし、カートに移動。
画面にはカートに入れた弁当、水、使い捨て食器(割り箸、紙皿、紙コップ)の3点が表示されてることを確認し、購入ボタンをポチる。
『ご購入ありがとうございました。当日中に宅配ボックスに配達されます』
これで買えたのか? 本当に?
画面の下部に表示されてるMPという数値は500から200に減っている。多分この通販で使う電子マネー的なものだと思うが、減ってるなら注文は通ってるってことだろう。
「宅配ボックスに配達されてるらしいが……」
部屋を出てエントランスに行くと、宅配ボックスはすぐ見つかった。
101というプレートがついたボックスを開くと、そこにはもう水の入った段ボールと、弁当が3つ入った袋、そして割り箸等が入った袋が置いてあった。
「うわ本当に配達されてる。速すぎる」
これはAmaz○nもびっくりの配達速度だ。翌日配達どころの騒ぎじゃない。時代は一秒配達に突入した。
荷物を部屋に持って帰って開封。
お弁当は海苔弁、唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当だった。コンビニやスーパーの食品コーナーにあるようなごく普通の弁当だ。つまり俺の普段の食事ってことだな。
水を紙コップに入れて、割り箸を割って、ご飯の時間とする。
うーん、どれにしようかなあ。やっぱり最初は基本の海苔弁からいくか。それでこの弁当達の評価が定まる。
海苔弁には白身魚のフライとちくわの磯辺揚げがちゃんと海苔の上に乗っている。これは間違いない。大事なポイントも抑えている本物の海苔弁だ。
ちくわの磯辺揚げは青のりのいい香りがふわっと口の中で広がる、本物のちくわの磯辺揚げだ。これはおいしいな。
長時間眠っていたのかお腹も減っていたので、すぐに弁当はきれいになくなった。
いいランチでした。
「しかし……床で食べるのはちょっとどうにかしたいな」
テーブルも机もないので、全て床に直置き。
これはこれでレジャー感があっていいけれど、そのうちテーブルは欲しいな。
再びモニターを触って商品リストを見ると、テーブルやちゃぶ台もラインナップにあった。しかし必要なMPは1000。かなり高額だ。俺の手持ちMP200じゃまったく届かない。
というか、そもそもMPってどうやって稼ぐんだ?
どこかにその説明はないかな……とタッチパネルを色々と触っていると、その説明が見つかった。
【魔石→リサイクルボックス→MP】
めっちゃ簡素だが、こういうことが画像付きで説明されている。
魔石っていうのは……あの紫の石だ。建物の壁やガレキが変質した紫の物体、今は結晶化しているのが外にあったけれど、あれが魔石か。
やっぱり魔法の力が世界にもたらされたんだな。
魔法のある別の宇宙と『接触』したことでこの世界が変質したっていう自称専門家の与太話、案外的を射ていたのかもしれないな。
そしてリサイクルボックスは、マンションの外にあるらしい。
エントランスを出て裏手に回ると、大きな金属性のゴミ箱みたいなものがあった。これに魔石を入れればMPが得られる。
魔力を魔石から抽出して、マンションの特殊能力として使うエネルギー源にする、みたいな感じなのかな。
「さて、やることは決まった」
この世界じゃ食べ物なんて滅多に手に入らないだろう。
ということはあの通販が生命線だ。
つまり食料を得るためにMPを稼ぐ必要があり、そのために魔石を採取する必要がある。
この崩壊した世界で生きていくために、何はともあれ魔石を採取する。
逆に言えばそれさえすれば、おいしい海苔弁を安全なマンションの中でウーバーしてもらって食べられる。
俺は快適に生存するために、マンションの門をくぐり崩壊した世界へ外出した。