マンション美化委員会と門
◆サルスベリ
◆ツツジ
◆ヤマボウシ
◆パンジー
◆ペチュニア
◆アジサイ
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等々の種を俺たちは通販購入することにした。
俺は草木や花の名前はあまり知らなかったけれど、通販ページに画像もあったので、あっこれ見たことあるとわかった。
たとえばヤマボウシは白い手裏剣みたいな花をたくさんつける木だった。見たことあっても名前は知らないものって結構あると崩壊した世界で気付かされたね。
マンション通販では植物は全て種で販売されていた。
300MPで統一されていて、入っている個数が種類によって異なる。また苗木とかはなく全部種での販売だけど、洗濯機のことを思い出せば、ガーデニングの知識がなくても育つような特別製の種なんだと思う。
洗濯機は洗面所に配置するだけで水道との配管が自動的にされて、配管知識がなくても使えた。そのように、マンション通販は一般住民が購入しても利用できるようになっているのだろう。
というわけで通販を使えば色鮮やかなマンションにできそうだということはわかった。となると次にやるべきことは。
「で、どれくらい買う?」
俺の部屋に3人が車座になっていた。
通販端末にはさっきまで見ていたサルスベリの画面が映し出されたまま。
どこに何をどれだけ植えていくかっていう相談だ。
「門からマンションのエントランスまでの石畳の両サイドには何か植えたいですね」
「いいね! 花壇にして花置いたら帰ってくるたびにアガるよ」
「並木道もありだと思う」
「どっちもいいですね。しかし両サイドを埋め尽くすほど買えるでしょうか」
俺は自分の画面を確認する。
残りMPは二千数百だ。
「私は1000ちょっと」
「私は3340MPあります」
「ってことは3人あわせて6000MP使えるね」
雪代が笑顔でそう言った。
……そりゃ雪代はニコニコになるだろうが。
「ちゃっかり出すな。普通最低値に全員あわせるだろ」
「ふへへ、ばれたか。じゃあ3000MPだね、10個は買えるけど……足りなさそう」
種は一袋にいくつか入ってるとはいえ、ちょっと不足か。
「まあ、いきなり全部やる必要はないし、少しずつ増やしていけばいい」
「そうですね。じゃあどこからやりますか?」
「石畳は議論が紛糾してるから、芝生のところに木を植える計画から着手する」
「さんせー。芝生の木陰でチルタイムできたら絶対気分いいよ」
楓もそれに同意し、まずはマンションに木を植えることにした。
というわけで、植物を植える前にマンションの敷地を再確認しておく。
まず外界とマンションのある空間を繋ぐ門がある。
門からは石畳が伸びていて、それはマンションのエントランスまで辿っている。
それ以外は全部柔らかな芝生になっていて、半径数十メートルくらいの範囲までは歩けるが、それ以上進もうとすると重力が背中の方にかかるような感覚があり、どんどん強くなってどうしても前に進めなくなる。
俺たちが木を植えるのは、マンションの裏手に広がる芝生のところだ。
「まず中央に大きいのが欲しい!」
「芝生だけのエリアもある程度残しておきたい」
「じゃあ裏手の半分は何もなく開けた芝生にして、もう半分は木々を植えますか?」
あれこれ議論しつつ、どこに植えるかを決めて行く。
が、そこでさらに思い出したことが。
「あ、そうだ。家庭菜園も作ろうって話してたよな。それはどこにする?」
「そうでした。裏は憩いの場にするなら、必然的に表や左右になりますね」
「うんうん。それで何育てよっか。毎日イチゴが食べたいなー私は」
イチゴ、スイカ、さくらんぼ、みかん、メロンなど多様な意見が出たが、最終的には栄養あるしそのまま食べられるし、ということでトマトとプチトマトを育てることにした。雪代はトマトよりプチトマトの方が好きらしい。
「で、結局MPが足りない!って話になるわけだな」
「そうですね。魔石を稼ぎに行かないと」
「私達いつも稼いでるよね」
まったくもってその通りだ。
まあでも慣れてきたらガレキの中を探索するのも悪くない。廃墟って雰囲気があっていいし。
裏手の木と横手の家庭菜園のため、俺たちはいつものように稼ぐ。
公園を目指して北に進みつつ、見つけた魔石をしっかり回収しつつ、ガレキの下も採れるのは採って、丁寧に魔石を回収し、回収した魔石をリサイクルボックスに入れてMPを得つつ、また翌日もさらに北へ進みつつ、といってももちろんまっすぐ北に進んでいるわけでなく、北方面を広く探索しつつ、魔石を回収しつつ、MPを溜めつつ、ということを繰り返していると、そこそこ3人のMPが溜まってきた。
そこで家庭菜園と裏庭の木を幾本かまずは植える。
注文した種はホムセンで売ってる種の袋みたいな、表にでかでかと植物の画像がある小袋に入った状態で郵送されてきて、袋の裏面にはどこでもいいから土に埋めれば育つと書いてあった。
説明、雑すぎる。
けど本当にそれで育つんだろう、洗面所に置けば勝手に水道管と繋がった洗濯機と同じようにお手軽な特別製ってわけ。考えてみれば、これを入手するために使ってるMPの源が魔石だからな。魔法みたいな特別さがあるのは理に適ってる。
「これって、どれくらいで育つんだろう?」
早速種を植え終わった後、地面を見おろして雪代が呟いた。
あ、ちょうどいい機会だからシャベルも購入したよ。やっぱりシャベルは万能だ。
「普通なら……野菜なら半年とか? 木はどうなんだろう。1年じゃ大きい木になんて育たないだろうし……3年くらいかかるもんなのか?」
「わかんないよねー。木とか花の名前はわかっても、そこまでは私も知らないしなー。野菜はともかく、木は気が長すぎるよね、木だけに」
「まあそれは無視するとして。結局世界がこんな風になっている以上、長いことここで過ごすんだし、気長にやってけばいいんじゃないかな」
「まあそうねー。すぐにはできないからって後まわしにしたら、もっと遅くなっちゃうもんね。3年後か……外はどうなっちゃうんだろうね、3年経ったら」
雪代がここからは見えない外の廃墟に視線を投じている。
3年か。どうなってるかなんてさっぱりわからないな、3年前にこんな風になってるなんて想像もしてなかったし。
ずっとこのままだったら……ま、それならそれで生きてくしかない。
幸い、マンションはある。3年間でどれだけ快適な暮らしができるマンションになってるかを考えたら、むしろやる気が出てくるくらいだ。
「九重さんって、冷静だけど前向きだよね」
「そんな顔してたか?」
「うん」
俺って意外と顔に出るタイプだったのか。
「じゃあ雪代も前向きに生きた方がいい。どこかで聞いた覚えがあるけど、人間の幸福度は、今の高さがどうかじゃなく、高さがどう変化してるが大事らしい」
「それって本当かな~?」
「さあ、聞いた話だから本当かは知らないけど、でも的外れでもない気はする。ってことで、上がるために魔石を集めに行こう」
「……うん、そうだね。リュック持ってくる!」
魔石を入れるためにリュックをとりに雪代がいったんマンションの中に戻った――その時だった。
カン、カン。
……なんだ?
カンカンカン、コンコンコン。
なんの音だ?
どこからか硬いものを叩くような音が聞こえて来てる、どこから……。
耳を澄ませ、音を待ち構え――コン、カン――門だ!
門を何かで叩いてるような音がしている。
だがもちろん、俺の見ている門は何にも叩かれていない。
「ってことは、外だ。 外の本当の世界にある門を誰かが叩いてる」
誰だ?
誰がうちのマンションにやって来た!?
俺は門から勢いよく飛び出た。
「うわああああ!?」
「なっ!」
近っ!?
目の前に、いた。
中指を丸めて、門を不思議そうに叩いている男が、そこに立っていた。
そして、近かった。
俺とその30代半ばくらいの男の鼻の頭は5cmも離れてない。
「なっ、何もないところから人が!?」「門の前に人が!?」
驚きもダブってしまう。
驚きの理由は違うけど。
ちょっと落ち着こう。
相手も俺もパニックになってたら話が始まらない。
こっちが落ちついてれば、相手も次第に落ち着くもんだ。
「ふぅ……。あなたも生き残り、ですか?」
「え? 生き残り?」
「あの日の大異変から生き抜いてきたんですよね」
「あ、そういうこと? そうですよね、うん、うん。そうです、なんとか生き残ってこれたんです。ええと、僕は日出正って言います」
「日出さんですか。俺は九重玲司です」
少し落ち着いたかな。お互いに。
とりあえず、門を弄ってたからってマンションに何かしようって気ではないみたいだ。それなら、よし。
「生き残りに会えてうれしいです」
「いやいや、こちらこそですよ。こんなことになっちゃいましたから、人間に出会えるなんてもう、驚くやら嬉しいやらです。ははは」
日出正は人の良さそうな笑みを浮かべながら話している。
衣服はすり切れてぼろぼろだが、体調がぼろぼろって感じの表情はしていない。割と余裕ありげで、丁寧な空気の30代半ばくらいの男だ。
「ところで日出さん」
「ん? なんですか? 何か僕失礼でもしちゃいましたか? だったらすいません! せっかく生き残りどうし会えたのに」
「いえ。ガチ恋距離すぎませんか、俺たち」
「あはは……いやいや、本当に近かったですね、驚きで気付きませんでした」
俺たちは適切な距離をとった。
適切な距離とは適切な距離ということだ。
「あらためて、『接触』からここまで無事に生きてる人と会えて良かったです」
「いやー、本当にそうですよね。僕みたいななんの取り柄もないおっさんでも生き残れるなんて自分でも驚きですけど、なんとあの日以来変な魔法みたいなのが使えるようになったんですよ。そのおかげです、本当。って言っても、その力もなんかこう全然ゲームの魔法みたいに派手なやつじゃなくてお恥ずかしいんですけど、はい」
魔法。
日出もやっぱり使えるのか。
「どんな魔法か聞いても?」
「全然全然、全然いいですよ! えっとですね、なんていうか、どんな腐ったものとか、泥まみれになったものでも、食べられるようになったんですよね。泥水飲んでもお腹壊さないし。なんていうか、解毒みたいな力が身についたみたいなんです。あの、知ってます? 魔法異世界研究家の先生が世界がこんな風になる前に言ってたんですよ、異世界との接触で魔法が使える様になるって! 僕はその人の動画見てたんで、毒を消す魔法が使えるようになったんだと思ってるんです! でも本当お恥ずかしいです、火を出したり心を読んだりするすごい魔法じゃなくて」
なるほど。
普通だと水や食料がなかなか見つからないし、見つかってもガレキで潰れて泥まみれでとても食べれない状態だったり、もう時間が経って腐ってるけど、この人はそんなものでも食べれるから、飲み食いに困らず生きて来れたのか。
そう言われてよく見ると、顔の肌とかツヤツヤして栄養たっぷり取れてる感じがする。
「むしろこの崩壊世界じゃすごく役に立つ力じゃないですか」
「ええ、ええ。潰れたスーパーとかコンビニとかのあった場所に記憶頼りに行って、まあ普通じゃもう食えないような状態になってたんですけど、それを食べて凌いだりして。あとは雨の後の水たまりの水を飲んで喉を潤したり。みすぼらしい生き残り方で恥ずかしいですけど」
「なるほど。それであちこち転々とした末にここに来て、この門を叩いたんですね」
俺が門に手を置くと、日出は門を指差してうんうんと頷いた。
「そう、そうなんですよ。この辺通りかかった時に目にして、こんなキレイな形で残ってる門なんて珍しいし、建物がないのに門だけキレイにびしっと立ってるから、なんだこれって思って。それで近くで叩いて見たんですけど、そしたら、ええと、九重さんが……そう! 急に何もないところか現われたんです! 門の前に突然!」
あの音の理由はわかった。
この門は入居者にしか開けないから、日出にはただ謎に立ってる門だったんだ。
「それでうちのマンションの門がコツコツって鳴ったんですね」
「そうそう、君の……え、マンション?」
どこにあるんだと言いたげにきょろきょろする日出に俺は言った。
「この門を俺とくぐればわかります。今、入居者募集中なんですよ」
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