家賃↑↑
「雪代何騒いでるんだ? ……っと、洗濯機ではしゃいで今日の昼飯を忘れてた。注文しとくか」
雪代はまあいいだろう、それより今日はパンが食べたい気分だ。
サンドイッチを注文し、宅配ボックスへ取りに行く。
「九重さんも注文したんですか」
楓がちょうど自室の宅配ボックスを開けてるところだった。
マンションの機能を使いこなしているようで結構。
「ああ、昼飯を。楓ももう慣れたもんってとこだな」
「はい。これ本当に便利ですね」
「俺はさっき洗濯機と靴を注文したんだけど、楓は? 何か注文しておいた方がいいものとかある?」
「私も靴注文しましたよ! もうずたずたになってたので。これで外を歩いても怪我せずに済みます」
楓も俺と同じ結論に達していたか。さすが楓だな。
楓は段ボールを手に持ったまま言う。
「本当に助かります、九重さんのマホウ。私達にも恩恵があるなんて」
「共存共栄ってやつだな。ただ、恩恵には見返りもいるけどね。家賃はきっちり納めてもらいます」
「う……でも外がこんな状況なのに快適な建物の中で暮らせるならそれくらいは当然の義務ですよね。ちゃんと残してあります、家賃分は」
「くくく、助かります住民の皆さ――」
「九重さあああああああんん!!!」
その時、マンション共用部に喧しい叫びが響きわたった。
直後に雪代がサンダルをつっかけて部屋から飛び出して来た。
「どうしたんですか? 雪代さん」
「どうしたじゃないよ楓ちゃん、家賃見た!?」
「入居してすぐにその週の分を払って、その後はまだ見てませんけど……」
「やばいことになってるよ。どういうことなの九重さん!」
雪代が俺に目と鼻の先まで迫ってくる。
しかし俺には意味がわからない。もしかしてさっき上から聞こえた声のことか。
「何がどういうことなのかさっぱりわからない。ちゃんと説明してくれ」
「家賃が上がってるの! これまで週1000MPだったのに、1500MP、いきなり五割も!」
え?
「本当に上がってる」
雪代の201号室に行き端末を起動して家賃を見ると、たしかに『家賃支払い 1500MP 期日4;17:04:25』と表示してあった。
以前は一週間あたり1000MPだったと記憶しているから、雪代の言うとおり1.5倍になっている。……って、雪代その目はなんだ。
「俺が家賃をあげたと言いたいのか」
「だって九重さんがこのマンション能力の持ち主じゃないですか。大家さんじゃないですか。じゃあ家賃変えてもおかしくないじゃないですか」
「冤罪だ、だいたい変えて俺に利益なんて……利益は、まあ、あるな。俺の懐に入るMPが増えるし」
「ほらあやっぱり!」
「利益があってもやってはいないって! そこまで俺も鬼じゃあない。そもそも家賃を変える方法なんて知らん。……楓はどうだった?」
いったん自室に確認に行っていた楓も201号室に来たが、質問には首肯した。
「私の家賃も今週分から増えてました。九重さんが増やしてないなら……どうしてでしょう?」
「うーん……何かやったか? 二人とも」
「別に変わったことなんてしてないけど」
「秘密にしてることはありません」
二人ともわからん!という顔をしている。
そして俺もわからん。
勝手に家賃が上がったわけだが……そもそも最初の家賃はどうやって決まったのだろうか。最初の1000MPも別にその値段じゃなきゃいけない理由はなく、何かしらの基準で決まったんだと思う。
先週と今週の間で変化したこと……。
「あ、そうです!」
楓がはっと指をあわせた。
「これ、あとでお尋ねしようと思っていたんです。でも家賃上がったことで忘れてました」
「何かあったんだね! 楓ちゃん!」
「はい。秘密ではないですし私が何かやったわけではないんですけど、変わったことがあったんです」
「変わったこと?」
「多分こちらの端末でも……失礼します」
楓は通販や家賃など諸々できる端末を操作していく。
画面をスクロールし、項目を色々とタップしていくと。
『通販ガチャボックス! 1000MP』
メロンや肉の絵、高級そうなダークブラウンの家具、剣や杖、そんな色々な品物の絵が箱から飛び出ている絵とともに、『通販ガチャボックス! 1000MP』の文が書いてるページにたどり着いた。
ご丁寧に箱には?マークもついているし、これは。
「……ガチャだな」
「どうみてもガチャです。説明も見ましたけど、色々な商品の中からランダムで届けられるらしいです」
まじか。
こんな商品がラインナップに加わっていたとは。
怖すぎるだろさすがに通販ガチャって。なんでもガチャになる世の中だけどここまで来たか。
「ええー!? 面白そう! やってみようよ、ね、皆で頼んで誰がSSRひけるかさ!」
「雪代お前ノリノリすぎ。こんなん絶対はずれの方が多いだろう」
「でももし大当たりひけたらおいしいんだよ九重さん」
「そりゃそうだが。…………なるほど、そういうことか?」
いきなり生えてきたガチャコーナー。
そして上がった家賃。
俺の頭は一つの結論を導き出した。
「多分だけど、このマンション通販がアップグレードしたから、それで家賃が上がったんだ」
「どういこと?」
「実際のマンションって、部屋の大きさとか立地とか部屋のきれいさで家賃が変わるだろう?」
「うん、都会で駅前だと狭いのに高いよね! 許せんわ!」
「で、まあ立地とかが変わったわけじゃないけど、通販機能がアップグレードしたことで、部屋でできることが増えた――つまりこのマンションがよりよくなったとも言える。だからその分家賃が上がったと考えられないか? オートロックがないよりある方が家賃が高くなるみたいなノリで」
雪代が感心した表情で頷いた。
「おおー、冴えてる九重さん!」
「たしかに、理屈が通ってるように思えます」
もちろん、推測にすぎない。俺自身マンションの全てを把握してるわけじゃない。だが、考えられる可能性としては蓋然性があるだろう。
そして、それが正しいならば――。
「待って!」雪代が高い声を出した。「もし家賃が上がったのがガチャのせいなら、ガチャって家賃が上がるほどすごい効果があるってことにならない? これはやるしかないでしょ! 家賃上がった分取り返すためにね!」
そう、雪代の言うとおりだ。
マンションの機能が強化されて通販ガチャが出来たなら、それは得な機能でなければ筋が通らない。つまり期待値プラスのガチャのはず。
「雪代、意見があったな」
「九重さん、それじゃ」
「ああ、俺も自分の部屋で引く。ガチャの時間だ!」




