QOL
ゴシ……ゴシ……。
ゴシ……ゴシ……。
「ふう。手洗いって大変だな」
俺は風呂場で額を拭った。
何をやっているかと言えば、服の洗濯だ。
新しい服をそろえたが、当然服は着れば汚れる。
汚れた服は洗わなければいけない。
しかも、崩壊した街中で一日中歩き回ってるわけだから、汗はかくし埃まみれになるしで崩壊前の頃とは桁違いに汚れきるわけだから、汚れを落とすのも大変だ。
排水溝へ流れる水は見事に茶色く汚れている。
人力って大変だったんだなと実感。
「それに時間もシンプルにかかるからなあ」
パンッとシャツの水気を払いながらまだ洗ってない下着に目をやる。
これ全部洗ってる時間も、外の探索にあてれば、周辺の状況もわかるし、魔石も一個二個多く集められて、それが一週間、一ヶ月と積み重なればバカにならないMPになる。
……やはり洗濯機が必要か。
贅沢だけれど、時短すればその分MP稼げるわけだから結局は損しない。
「よし、次の目標は洗濯機だ! ……っと、それと靴だな」
靴も汚れているが、それ以上に問題なのは傷だらけになっていること。
地面は大小の瓦礫だらけになっているので、それで切り傷がどんどんついてしまう。
もうすでにちょっと穴あいてる。
裸足であんなところ歩いたら即、足がずたぼろになるし、靴は消耗品と思って常に予備を用意しておかなけりゃいけない。
何はともあれこの二つ。
そこを目標にしばらくは地道にMPを稼いで行こう。
楓を見つけた時の遠征やその後の探索によって、MPは3000超まで回復した。
1000MPくらいはいかなる場合でも食料と水のために残しておきたいので、実質使えるのは2000MP。
そうなるともう少し溜めてから使いたいところだ。
とりあえず5000MP、いや1000MPは別にとっておくなら6000MPを目標にして、そこまでは溜めターンでいこう。
それから数日、俺たちは魔石を地道に集めた。
近辺の魔獣はあらかた退治したので、さほど危険もない範囲は各々が個人で探索をした。3人一緒にいても魔石が増えるわけでもないからな、安全なら別個にやる方が効率がいい。
そして五日後には6000MPを余裕で超えることができた。
「さて、ちょっと散財させてもらおうかな」
俺は通販用端末をタッチし起動し、家電製品のコーナーに行った。
──────マンション専用通販───────
縦型洗濯機 5000MP
ドラム型洗濯機(乾燥機つき) 15000MP
──────所持MP 9370MP───────
さらに洗濯機でソートすると、このように縦型とドラム型があったわけだが……縦型とドラム型、で値段が違うと。現実と同じだな。
ドラム型だと干す時間もかからないからさらなる時短ができる……が、さすがに10000MPはでかすぎるな。
干すのは洗うのに比べたら全然手間かからないし、洗う時間の時短が5000MPでできるのに、そこから干す分で10000MP追加っていうのはコスパ悪くないか?
ここから追加で稼ぐよりは、早く洗濯機を導入しよう。
その分早くMP稼ぎの効率があがるし、その分早く俺のQOLを上昇できる。これ大事。
こんな世界でもできる限り快適に生きていきたいんだ俺は。いや、俺でなくても誰でもそうだ。
「よし、縦型洗濯機でゴーだ」
縦型洗濯機を注文し、あと800MPの靴を注文した。もちろん歩きやすくて丈夫なやつ。デザインよりもね。
しかしデザイン重視のサンダルとかハイヒールとかも用意されてたけど、あえてそれを買う人いるのだろうか?この世界で?足がボロボロになって終わりそうだが。
ま、早速とりにいきますか。
宅配ボックスに行くともう段ボールが配達されていた。
軽く両手で抱えられるサイズと重さで明らかに洗濯機が入ってるには無理があるが、洗面所まで持っていって蓋を開けると中からぬるっと洗濯機が出てきた。
なにげにこの重さも大きさも無視する箱が俺のマホウの中で一番すごいかもしれない。
この段ボールの機能が使えたら外探索する時に荷物運ぶのにめちゃくちゃ便利だと思って再利用しようとしたときあるんだけど、一度開封するとすぐに霧のように消滅しちゃうんだよな。うーん、残念。
ま、今は洗濯機だ。
洗面所の洗濯機を設置する場所の側で開封すると、そのままうまくその場所におさまってくれた。
そして水道と自動でつながり、使用できる状態にまでなる。
これ、助かる。
自分が一人暮らし始めた時は業者の人に設置してもらったけど、そういう難しいこと抜きで自動で動く状態までなってくれるの、普通の洗濯機とは違うって実感するね。
「その証拠に洗濯機に書いてあるメーカー名らしきロゴが謎のルーン文字になってるし。地球上のどんなメーカーの洗濯機でもない」
まあ、操作なんかは普通の洗濯機と変わらないんだけどな。
早速使ってみよう。
洗濯物と洗剤を投入し、スイッチオン。
ゴゥン……ゴゥン……ゴゥン……。
低い音を立てて洗濯機が回り始めた。
一分くらい文明の音に浸ってたけど、洗濯機の前にいたらせっかく買った意味がない、その間にリビングで書きかけの地図を描こう。
床に広げた画用紙にこのマンションを中心とした地図を描いていく。
最優先はランドマークになるもの。
東にある橋、北の方にあるコンクリートが崩れ鉄骨だけが残ったマンションのスケルトン、など探索する上で目印となるものを。
またこれまでに魔獣が居た場所や、魔石が多かったポイントも記録していく。その近辺は注意して探索する必要があるだろう。
次の探索に役立てられそうだ、それにどんどん書き加えて行けばマンション外でも安心して活動できるようになる。
「地図にまとめると、傾向として東西には魔獣が多く、南北はさほどでもないというのが見えてくるな。安全を求めて南北に足を伸ばすか、魔獣の魔石を目当てにあえてリスクを承知で東西を探索するか。悩みどころ――」ピー、ピー、ピー「終わったな」
洗濯終了の音を聞いたら地図を描いてる場合じゃない。
さあ出来映えは?
「…………完璧な仕上がりだ。汚れ一つ残ってない。俺が手洗いするよりもっときれいになってる。さらにこの間に地図も書けたし、買って良かった」
俺は笑みを浮かべて洗い終わった洗濯物を干していった。
崩壊した世界でまた一つ、文明の欠片を手に入れたな。
こうして俺は我が101号室のQOL上昇に満足したのだった――。
「待って待って!? え、待って!? 嘘でしょ!?」
――開いた窓から、雪代の慌てふためいた声が降ってきた。
この時、マンションには俺の思いも寄らない事態が進行していた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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